第2話

5


猫を隣に侍らせてどこに向かっているかといえば、探偵業には欠かせないお方。

依頼人のもとである。


閑古鳥の我が事務所に依頼が舞い込むのは横の黒猫のお陰なのだが、一体どうやって依頼を貰ってくるのかは未だ謎だ。


せっかくだから、今回の依頼主にも聞いてみようかな。教えてもらえないだろうけど。


ランプ式の街灯を左右に見やる。

まだまだ、十分とはいえない過密さで設置されてといる。

大きな国の割に街灯をそそくさと未だに付けているところも見られる。


剣があったらしい広場からの十字路ではなく、さらに内側に入り込んだ中路に目的地はあるらしく、街灯はさらに減る。

街灯を横目に一本、二本、三本と数えながら進んでいると、やがて依頼人宅へ到着した。


依頼人宅。

種々雑多、さまざまな色が散りばめられる外壁。

およそ、国民総出で作り上げられたこの多色の建造物が悪意で生まれた物でさえなければ、何かしらの栄誉が貰えることだろう。


それくらいに依頼人宅と目される建造物は罵詈雑言によって書き巡らされていた。

絵の具、ペンキ、腐った食材までもが投げ捨てられている。

酷い有様である。


あまりの壮大さに立ち尽くしてしまう。

集合と暴力が感じられた。

浮かび上がる感覚に意識が完全に奪われるより先にカラフルな扉が開く。


「こんにちは、探偵さんですか?」

白く細い指先で扉の木を掴み、開く。

扉の約半分強と言った身長の男の子だった。

今回の依頼人の登場である。


「こんにちは。探偵です。」

今回の探偵である僕は挨拶を返す。

返しただけで、一瞬足は進まなかった。

動かなかったが、先に目の隙を黒猫が通り抜ける。


『ほら、行くぞ。ご主人様よ。』

返答はせずにじっとりと僕は歩を進めた。



6


「すみません、家には僕一人で何も用意するものがなくて。」

手持ち無沙汰にしながら、どうぞと椅子だけを少年は提示した。


座りかける僕に、すっと割り込みが入る。

黒猫である。

安楽椅子に黒猫が体を丸くしながら座る。


安楽椅子なのに、僕が探偵なのに。


およそ母親と父親の椅子だろうというものがまだテーブルには入れられていたが、少年はそれを敢えてこちらには提示しなかった。

ここから、こちらに差し出してくれたのは少年の物なのだと予想した。


少年は部屋に立つ。


僕は壁に腰掛ける。


「今日は依頼に答えていただき、ありがとうございます。僕の名前は落堕おちた 研牙けんがです。」

よろしくお願いしますと、研牙少年は頭を下げる。

そそり立つ背骨が皮膚に露出する。


……

一通りの挨拶を済ませた後、僕は少年へと質問をし始める。

「では質問を始めるけれど、まず君は何故うちに依頼したのか、改めてそこから聞いて良いかな。」


「探偵さんが見てきた通りです。この国は病気にかかっているのです。水も、食料も何もかもがかつての姿を想像できないほどになりました。剣が殺されてからです。これは剣の呪いなのです。みんなそう思っています。」

みんなそう思っているか…

僕が聞いた限りではあまりそんな風でも無かったが、年齢層の差なのかな。


インタビューした人は確かに高齢とは言わずとも、街にいた一般の大人を中心に行った。偏りは必ずある。


「剣の呪いの根本は、剣への今までの不当な扱いかい、それとも剣殺害への恨みかい。」


「分かりません。みんな、分からないんです。知らないことばかりと大人も言う。もっと子供は知らないのに。」

顔から不安が染み出る。

青く、なっていく。


「そして、彼らは言うんです。呪いは僕ら家族の業なのですと。僕はその疑いを払拭したいのです。呪われた家であるとは言われたく無いのです。」


「呪われた家?」


「そうです。呪われた家。かつて、僕のご先祖様の家が建っていたのはこの国中心部、北に王城域、他の方角に橋を持つ十字路の中心。かの剣の落下位置だったのです。」



7


「我が家はかつて中心部にあったのです。もう、数千年も前のことにはなるらしいのですが。」

剣が呪いを振り撒いていると言われる。

その落下地点に選ばれた家族をも住民は道連れにし、矛先にしているようである。


「始めこそ、この家系は安定しましたが、剣の衰退、それほどまでの眩しさで疎まれるようになってしまった。時代は流れ、僕たちの家系も、栄華の時代の家を失い、今はここに流れ着いたのです。しかし、血は残り続けている。」

負の遺産だけが、僕に流れ着いて、体を流れるのです。と肩を震わせる。

鎖骨に皮がべっとりと張り付く。

少年は明らかに弱っていた。

精神が衰弱し、栄養失調で倒れる前に、もうすでに崩壊寸前というようだ。


話す言葉に重さがある。

選ぶ言葉に大人気がある。

いやに、子供らしくなく、目の前の少年に似合わないと思った。


「大丈夫だよ。必ず、君の血が呪われていないことを僕が証明してやる。」

軋む壁の板から背を取り外す。

両足で持って、優しく強く踏み締める。

壁も床も抜けそうである。


崩れかける家。

研牙少年の内に入ったようであると思った。



8


暗い室内から外へ出ると、目が光に刺される。

手翳ししながら、汚れた門前に出ると、人が一人立っていた。


「研牙くんのお客様ですか?」

身なりの小綺麗だが、それとは不釣りあいに大きく厚い体を持った男である。

声も凛々しく、通り抜けるようである。


「えぇ、彼から依頼を受けた。探偵です。」

変哲のない受け答えをし、男へとバトンを返す。


「そうだったのですか!良かった。」


「良かった、ですか?」


「はい、良かったです。こんなことでお越しくださる人というのも昨今珍しいのです。」

「街の調査団体、警察というのもあるにはあるのですが、聖剣殺しなんて馬鹿げた話誰もマトモには取り合ってくれないのです。」

翳りが男の顔に走る。

この男もまた、呪われているのであろうと思われる。というより、呪いに自身で向き合っているといった感じか。


「あなたは彼とはどう言った関係で?」


「すみません、申し遅れました。私は上水流かみずると言います。彼との関係と聞かれると難しいのですが、彼の立場の保護を行いたい人と言えば十分であると思います。信じていただけるかはお任せします。」

身なりから考えて、一般人ではない。

貴族とも言い難いが、少々偉い人、政治家に近い役職の何かだと一つ考察する。


派閥でもあるのだろうか、剣保守派と剣対立派。

政治は人気投票の側面もある。

仮に剣対立派があるなら、優勢はそちらで、この大男は劣勢なのだろう。


劣勢につきたいなどという若々しい思考の、嗜好はもう無い。

若い男の溌剌と情熱の視線が突き刺さる。

黒猫もまたこちらを見ている。


「分かりました。信じましょう。それではまず当の現場に案内してもらってもいいですか?」


「はい、喜んで!」



9


「剣が殺されたのは、四ヶ月前の祭りのあった日です。いえ、正確には祭りのあった日の晩、でしょうか。」

聖剣跡地、国の中心、広場にたどり着いたのち、男が話始める。


「はい、それは聞いています。国民のほぼ全ての人がこの広場に密集するとか。」


「そうです。広場には人が集まっていました。視線は間違いなく散りばめられ、抜け目はほぼ無かったはずです。」


「ほぼとは?抜け目はあったと言うことですか。」

頭をポリポリとかいて、垂れる。

この質問には男は狼狽えた。


「確かにありはしました。クラウソラスはそれほどに眩しい物でありましたから。厚い石で囲われて居なければ、光が街を包み込んでしまうのです。よって人が見続けていた訳ではなく、石によって視線は欠けていました。」


「完全に囲ってあったのですか?」


「いえ、十字路側以外です。」


光剣クラウソラスの状況をまとめると、祭りの場で衆人環視のもとであったが、抜け目として、十字路方向以外つまり、住宅街の部分に光が当たらないように石で囲われていた訳だ。


そう言えば、街灯が少なかったことを思い出す。

つまり、ここの住民はクラウソラスの光で生活していたのだろう。だから、街灯は必要なかったのか。


「誰でも、触ることの出来る状況ではあったのですか?」


「朝晩問わず、国内の者なら誰でも触れることが出来ました。もちろん、晩に国の跳ね橋は上げられますから、その方角からは部外者というのも現れません。」


「当夜はどなたか来ましたか?」


「この国に訪ねてくる者は行商人が中心で、その日は来ませんでした。」


「かの隣国、エクスカリバーの刺さる隣国からはどうですか?」


「いえ、それもありません。かの国は隣国といえど、早馬で丸一日かかるほどに遠いのです。交流もほとんどありません。」


「貿易の類もしなかったのですか。」


「はい、この国は山岳に囲まれて、多くの扇状地に存在する土地である為、広大な平野と、潤沢の水源に恵まれて居ました。裾野に広がる農耕部はその恩恵を大きく受け、非常に豊かさを持って居ましたから。貿易というのが、ルート以上に得れるものが少ないという判断です。」


「農耕部と言いましたが、都市部の水源はどうですか?」


「都市部はそれほど多くはありませんが、山の水を都市の下。暗渠に通すようにしてあります。ほらあれです。」

道の先に存在する、何かを男は示す。

井戸だろうか。であれば、暗渠で通した水がそこに貯まっていく仕組みかな。


綺麗な道の下を通り抜ける水。

井戸の側面以外、どこからか入ることは出来るのか。


「改めて、聞いておきますけど、この国のクラウソラスは確かに伝説の剣で、絶対に壊せないはずだったのですよね。」


「壊せませんでした。どれだけ伸ばそうとも、曲げようとも折れはしませんでした。これは間違いがありません。」


「伸ばしたり、曲げたり出来るのですか?」


「最長は分かりませんが、柄を握って、三キロほど伸びた記録があります。また、面に沿う形ならば曲げること出来、捻ることは出来ません。」


「それでも、抜くということはもちろん出来ないんですよね?」


「抜けません。周りの土石を過去取り除いた記録がありますが、その場所に固定されているようで、宙に浮くのです。」

剣が伸びるのだとすれば、動かないであろうと擬似的に動かしているようなものである。

であれば、隣国への移動だって可能ではあるのか。


「隣国にエクスカリバー自体は存在しているのですよね?」


「クラウソラスを伸ばして、エクスカリバーに斬らせたと考えているのならそれは不可能であると思います。」

先手を打って男は返答した。


「一つは距離です。早馬で1日かかってしまうため。どのように運ぼうとも間に合いません。」

そうか。殺害に気がついたのが次の日の朝だとしても、当日の朝までには出発しなければならない。しかし、光で誰も見なかったのだとすれば、街から部分的になくなっていようと気づかれないのではないか?


「二つ目の理由は光です。前日から仮に気づかれずに街から持ち出せたとしても、その光は刃の部分だけではなく、柄の部分からも煌々と発されるのです。隣国内に入れば、その存在は丸わかりです。」

クラウソラスは運べるが、運べばバレてしまう。

エクスカリバーはバレないが、運ぶことがまず出来ない。


「では、ミストルテインはどうなんです。この国のさらに距離はあるのでしょうが。」


「国との距離は確かに更にあります。が私はそちらが怪しいと踏んでいます。」


「というと?」


「ミストルテインは抜けないということがありません。今も、どこかで英雄が腰に下げているはずです。」

ミストルテインは移動が可能なのか。

であれば、犯人はその持ち主でしかあり得ないのではないか。なぜ、そこを問い詰めないのか。


「しかし、ミストルテインの持ち主は噂によると、星の反対側にいるらしいのです。世界樹がどうとか聞きましたが。」

どうやら、エクスカリバーよりよほど遠い位置にあるらしいのです。と、男は推理の抜け穴を埋め立てる。


伸び、曲がり、何より光る聖剣、クラウソラス。

抜けないエクスカリバー。

現在行方不明のミストルテイン。


どうやって、二つの聖剣を一晩で近づけることが出来るのか。


まぁ、この条件なら、次に行くべきは…


「上水流さん。この国に図書館はありますか。歴史書があるなら本屋でもいいのですが。」


「はい、うんと新しいのが王城近くにあります。ご案内します。」

そう言うと男は進み始める。

広場には光剣の死骸が半分突き刺さったままである。


南と北に面を向ける死んだ光剣はその刃をこちらに向けている。

横目で睨まれるように、きらりと刃が光る。

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