【三題噺】クラウソラス死すクライシス

端役 あるく

第1話

橋、光、輝く剣


1

死が絡むこと、こんなことは探偵に頼むことではない。いや確かに、警察に届けることではないのだけれど、だからと言って僕のような変哲のない一般法人探偵になぜこんな依頼が来たのか。


しかも、語りなんて最悪である。

河童を溶岩で泳がせるようなものだ。

いやいや、気にしないでほしい。


それはある国の、あるところにあった。

まさしく、あった、存在したものが、ある時死んでしまったということに先んずる話である。


死んだというのもまた、暴投と言えるほどではないが、それは的を得ているとは言えない。

ストラックアウトの骨組みに当たって、板を飛ばしたような具合だろうか。


正確に言うなら、被破壊物の扱われ方なら、そう取りうれば、死んだが正しく、私の目からは壊れたとしか見れないと言うことである。


これも分かりにくいな。

例えが下手なんだよ全く済まない。

僕に語りを合わせるなんて、弘法に絵筆を渡してるようなものなんだ。

またも下手だな。


そう、出来る出来ないとか、言うのではなくて、やる前に文句が出るようなものなんだ。モチベーションもそんなだから敵わない。


しかも、話が逸れてしまった。

よりもよって語りはダメだと言うのに。


話を戻そう。

それが死んだと言うことへのアプローチの差だったかな。つまり、ある人が死んだと言い、私個人は壊れたと言う差の話か。


この差異の根本は宗教観かな。無信仰だから、信仰的な扱いから見える被破壊物の立ち位置というものが僕には正しく見えないのだ。

いや、これも間違いなのか。


信仰的というよりかは、一件は神話的と言える。

破壊されたものがかの伝説の剣。

クラウソラスの成れの果てだと言うのだから。


2


『何をぶつぶつ話しておるんだ。飼い主様よ。』

僕の横を偉そうに胸を張りながら、彼女は話しかける。


「僕だって適任でないことは分かってるよ。しかし語り役なんだよ。話さなきゃ始まらない。」


『また何かの例えか、飼い主様よ。』


「例えじゃなくてね。つまりね、日曜休みの宮大工に、わざわざ日曜大工をしてるってのと同じだと僕は言いたいのさ。」

彼女は訝しげにいや、かわいそうにこちらを見ると、またすぐに目を背け、なんのその。


『まぁ、私は好きだからいいけど。普通の人相手にはやめときなよ。』

引かれるからね、とまた偉そうに。

ふりふりと尻尾を振りながら上機嫌に進む。


「人相手なんて上手いことを言うね。自分のキャラクターの紹介かい?」


『いらん振りをするな、飼い主様よ。聡い者なら、簡単に想像がつく。私の存在なんてとっくのとうに。』

彼女は髭を弾く。



何から説明したら良いか。

そうだな、事件の概要は追って話すとして、僕らについて話せば良いのかな。

名前は辿多度江たどたとえ さとし

職業、探偵である。


隣にいるのは飼い猫のアイリーンである。

訳あって、人と話すことができる猫である。

『おい、飼い主様よ。私は話せるのではない。正確をきした方が良いと思うが。』


おいおい、心の声にちゃちゃを入れるなよ。

僕の説明が下手なことがバレるじゃないか。

ヴヴん、と咳き込んでと。

そう、言うなればこれは、鬱患者が壁と話しているのと同じようなことだ。


『これまた、例えるべきでないところでやってしまったな、飼い主様よ。少し伝わると言うか、迂遠を狙わなければ大抵上手くいくのが玉にきずか。上手くいっているからバカにしてる感が出ている。』

やれやれと言うな、飼い猫よ。

まぁ、そう。つまるところ。卵とか、鶏とかでは無いのだ。

はっきりとしている、話せるのが彼女なのではなく、口を聞けるのが僕と言うだけなのである。いや、これも怪しいのかな。 


3


ある辺鄙な国。

某国にはある特殊な点があった。


国の中央部。

円形の国に配される、住民のほど全てが住んでいる地域のど真ん中。


聖剣クラウソラスが突き刺さっていた。

光り輝くその姿は見る者を圧倒し、拒絶する。忠信を持つものには栄光を、敵対者にはその威光を持って履き払われんとする。


かの剣が破壊された。

残念ながら、僕は逸話のそれを見逃した訳だが。

住民に聞くところ、勿体無いということもないらしい。


以下、ある住人対談。

「見たかったなんて、面白いな君は。擬似的にも君達の世界の誰でも見れるのに。見てみれば良いのに。」


「それほどだったのですか。えと、かの剣の影響というのは。」


「それはもうね。近くにいると言うのはそれだけで厄介なものだよ。どれだけそれが素晴らしいものでもね。音楽を聴くのは好きでも、大音量なら騒音と何ら変わらないだろう。過ぎるのは何でも良くないということかな。」


「宙で火薬の燃え切らなかった花火みたいなものですかね?」


「え?」


「ああ、すみません。こっちの話です。えと、僕は神話にあまり精通していなくて、聞きたいのですが、かの剣は素晴らしいものではあったのですか?」


「まぁ、そうだろうね。私もそれほど、半可通だから意見は体験として語らせてもらうけれど、それはもう素晴らしいもの何だろうね。なくなって初めてその価値に気づくというか。」


「住民の皆さん、かの剣に価値を見なしていなかったということですか?」


「そうです。ドラゴンだって、悪魔だって、天使だって、この世界にはいないんですよ。さらに戦争さえ無いんです。武力以外で聖剣の価値なんて物はゼロに近くなるでしょう。そう思うのが普通でしょう。」


「では、最後になりますけれど、誰が壊そうと、いえ、殺そうとしたと思われますか?」


「こんなことを言うと、悪いと思うけれど、みんな、思っていたよ。誰一切問わず、老若男女の全てが殺したいと。」


「私は犯人じゃないけれどね。」

彼は最後に付け足す。


概ね、道を歩く、それこそ老若男女に質問を行ったが返ってきた回答は同じようなものだった。


『可哀想だね。殺されてから価値を感じられるなんて。』

西洋かぶれの街並みを背に黒い猫は言う。

この意見に僕は芸術家を思い出す。

死んでから価値が出る芸術。

それを『認められて良かった』と人の意見を聞くことはあるが、本当にそうだろうか。


人より短命で、出来ることの少ない猫はそう言う。

やはり、可哀想であると。


…………

「価値の発見。芸術家の歴史が発掘され、かの人の作品に厚みが出るように。記録が見直されることに価値は付随するということ。であれば、可哀想と言うのは芸術家が生きている間に記録が見られないことにあるのか?」


『いや、違う。それもあるが、正しくは死んでから、どう扱われたが価値に付随されるからだ。あたかも釈明のようにな。』

脚に力を加えると、俊敏に街並みの窓枠に飛び移る。


『産み落とされた作品が各個別の道を歩く。その認められた道が人に回帰する。私にはこれが個人を凄いと言っているようには思えないんだよ。』


「自分の作品は自分と同義とまではいかなくても、自分の一部と言えると思うけれど。」


『自分の子供の活躍を自分のものだとひけらかすと言うことか?飼い主様よ。』

そう言ういわれをすると言い返せない。

確かに子供の活躍は子供のものである。

物であろうと、者であろうとそれはあまり変わらないのかもしれない。


『かの剣もまた、その生命のうちに褒められることは無かった。死んで初めて、その価値を認められた。しかも、その価値は存在ではなく、作用である。これを可哀想と言わずしてどうするというのか、ご主人様よ。』


「でも、住人も少なくとも作用について価値を感じたようだから良かったと僕は思うよ。子もダメだと言われる親なんて可哀想と言うのも申し訳なくなる。」


『であれば、これからは価値によく目を配るのだな。発見の方法も見方も、色々ある。何に対して価値を抱くのか、意味を考え、色々試すのだ、ご主人様よ。』

高く聳える塀の縁で、猫は笑う。


価値の発見には色々な方法がある。

今回、住民が剣の有無を比較出来たことで気づいたように。

ではなぜ、無くして気がつくような価値をそれまで住民は知らなかったのか。


ここは調べるべきか。



4


事件の概要をすっかり忘れていた。

いやいや、話すのが不得手と言っても、これではダメだと自分でも思うんだよマジで。


ことの始まりは二ヶ月前。

国では盛大に祭りが行われていた。

数百年にもにもおよぶ、古き伝統のあるお祭りがその日にも、陽の照る時間から、陽の落ちる時までみっちりと行われていた。


人は光剣の周りを大きな火で囲い、かつてを模した、刃のない剣を振り上げて、踊る。


その日の晩だった。

祭りを終えて、皆が朝起きてみれば、光剣がその威光を完全に消失させていた。


無惨に、真っ二つに斬られていた。

斬ることが出来ないから伝説の剣であったというのにだ。


もちろん、伝説の剣といえど、殺せないということはない。伝説には伝説で対応する。


奇しくも、隣国にはあの名だたる聖剣、エクスカリバーが刺さっていたという。

しかし、それを疑うのもまだ早い。

さらにさらに、真か偽か、さらにその隣国にはミストルテインまで刺さっていたというのだから。


エクスカリバーに、ミストルテイン、クラウソラス。

これらが本物かなどという無粋な質問は今はしないけれど、もちろん、この国の者はクラウソラスが本物であると信じている。それと同様にして、隣国もその鉄塊をエクスカリバーと信じているし、そのまた隣国もミストルテインと信じきっている。


だからこそ、この聖剣殺しを三国間で問題にならざるを得なかった。


エクスカリバーで斬り殺した。

ミストルテインで突き刺した。

理屈はどうでも良いといった様に、疑義を呈して、また否定しの水掛け論の平行線だというのだ。


こんなことだからこそ、僕の様なものにまで話が飛び火しているのだけれど。

アイリーンも要らん事件を持ってきたものだ。


では何故、クラウソラスを無くしたこの国が他国にここまで焦りを隠せないのかといえば。

まぁ、現状のこの国を見れば、それは明らかであって。


水質の汚染、食糧の品質低下、疫病の蔓延。

これら三大問題が起こってしまった。

加えて、クラウソラスの価値がここで露見した形である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る