第26話 二度目の恋占い

 気まずい空気を打ち消すかのように、アーノルト殿下は立ち上がって私の方に手を差し出した。


「ディア、ここは冷えるだろう。それに山の天気は変わりやすい。さっさと占いを済ませて山を降りよう」

「そうですね。少し雲が出て来たようですから急ぎましょう。水のある所がいいので、この場所で大丈夫です」

「……そうか。足元が暗いから気を付けてくれ」


 殿下から差し出された手には触れず、私はもう一度小川の流れに目を向けた。この辺りは川の上流で、大きな岩がゴロゴロと転がっている。岩陰など流れが緩やかな場所を探せば、占いは問題なくできそうだ。


 ――いよいよ、二度目の恋占い。

 アーノルト殿下の運命の相手は、一体誰なのだろうか。


 夜空を見上げると、殿下の髪色に似た金の半月が光を放っている。しかしその半月のすぐ近くまで、厚い雨雲が迫って来ていた。


(……雨が来る?!)


 私はローズマリー様のランプを傍らに置き、急いで小川を見渡して月が映る場所を探した。私の様子を見た殿下も空を見上げ、雨雲が近付いていることに気付いたようだ。


「ディア、急ごう。一雨降られる前に山を降りなければ」

「そうですね。早く、月の光が集まる場所を……」


 靴を履いたままであることも忘れて、私は小川の中にバシャバシャと入っていく。月の映った場所まで来ると、自分の体を川に沈めて流れを堰き止めた。


(できるだけ水面が川の流れで乱れないようにしなきゃ。運命の相手の顔がハッキリ見えなくなるもの)


 雨雲が近付いてさえいなければ、もう少し流れの緩やかな場所を探す余裕があったかもしれない。しかし空を見上げると、上空の強い風に流されてあっと言う間に分厚い雨雲がすぐそこまで迫っている。


「ここでやるしかないわ」


 私は右手を川の水面にかざした。

 この恋占いが終わったら、私はアーノルト殿下とお別れだ。早く結果が見たいような見たくないような複雑な気持ちを振り払うように、私は全身の魔力を右手に込める。

 ローズマリー様のランプの光とは少し色味の違った青白い光が、水面をゆっくりと覆っていく。


「……ディア! 思ったより雨雲の動きが早い。もう行こう!」

「いいえ殿下。もう少しだけ……! すぐに結果が分かります!」


 下弦の月の光が、ゆっくりと私の右手の下に集まって来る。

 焦る私の気持ちをあざ笑うかのように、ゆっくりとゆっくりと。


 漸くぼんやりと人の影のようなものが見えて来た時、ただでさえ川の流れで乱れた水面に、雨粒がポタポタと落ち始めた。


(――もう少しだけ待って! あと少しで顔が見えるの!)


 腰のあたりまですっぽりと小川に浸かるようにして、私は水面をじっと見つめる。雨粒は少しずつ大きくなり、せっかく見えかけていた女性の姿を消していく。


「雨がっ……!」


 泣きそうになった私の目の前で、それまでポツポツと降っていた雨が一瞬止まった。驚いて上を見上げると、上着を脱いだアーノルト殿下が上着をかざしてくれている。


「ディア、今のうちに占いの結果を」

「あっ、ありがとうございます。今、映し出されるところです」


 私と殿下が水面を見ると、ぼんやりと女性の姿が浮かび上がっていた。二週間前の満月の夜に私が泉に映したのとは違う、赤いドレスが水面に揺れている。


「これは……!」


 川の流れと雨粒に邪魔されていても、私とアーノルト殿下には水面に映る女性が誰なのかがすぐに分かった。


「リアナ・ヘイズ侯爵令嬢……だな」


 アーノルト殿下が手を滑らせてしまったのか、上着はパシャンと音を立てて川に落ち、そのまま流れていく。水面に映った女性の姿は、殿下の上着から上がった水しぶきにすっかりかき消されてしまった。

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