第41話 半年後の私たちは
「聖女クローディアさまぁっ! 大変です!」
私の元に走ってきた小さな聖女候補生たちに取り囲まれ、聖堂の掃除をしていた私は慌てて汗を拭った。
お揃いの制服に身を包んだ少女たちは、私の腕や足にまとわりついて離れない。
「え?! みんなどうしたの? 目が回っちゃうよ……!」
「あのね、あっちの木の下でレティが転んで怪我したの!」
「クローディアさま! モリーナが私のお菓子取ったのよ!」
「ユリスが私のこと、お掃除が下手だって悪口言うの」
思い思いに自分の言いたいことを口にする少女たちの前で、私は地面にしゃがみこんだ。そして腕を大きく開いて三人一緒にまとめてぎゅっと抱き締める。
「いい? みんな聞いて。一つずつ言うね」
「「うん!」」
「まず、お掃除は、毎日頑張っていれば必ず上手にできるようになる。お菓子は喧嘩しないようにみんなでちゃんと分けてね。それよりも何よりも、早くみんなでレティを助けにいかなきゃ!」
私たちはみんなで手を繋ぎ、神殿の裏庭のレティの元に向かって走り出した。
――半年前、アーノルト殿下のお誕生日の夜。
ローズマリー様はアーノルト殿下に怪我をさせた罪で、ガイゼル様によって国王陛下の元に連れて行かれた。
ローズマリー様から呪いをかけられていたことを、アーノルト殿下は公にはせず、国王陛下にも報告しなかったのだ。
しかしローズマリー様の気持ちは、それではおさまらなかったらしい。十年前の洪水のきっかけを作ったのは自分だと国王陛下に直接申し出て、罰を受けることを望んだそうだ。
あれだけの大災害だったとはいえ、ローズマリー様も当時はまだ子供だった。国王陛下もローズマリー様を死罪にするのは難しいと考えたのだろう。
ヘイズ侯爵家は爵位と領地を剥奪され、ローズマリー様は辺境の修道院へ送られた。今は修道院で暮らす孤児たちのお世話をしながら、過去の罪を反省する日々を送っているらしい。
そしてローズマリー様の双子の妹のリアナ様は平民となり、今は働きながら一人で王都で暮らしている。ガイゼル様のご実家であるグノー男爵家のメイドをやっているとのことだ。
私はと言うと、あのあとイングリス神殿に聖女として戻ることが決まった。
何年も神殿を離れていたから、ここでの生活に慣れるのには一苦労だった。でも、こうして安定した職に就けたことで、私を育ててくれたエアーズ修道院への仕送り額も増やすことができた。
小さかった頃の私と同じような聖女候補生の少女たちに囲まれて、忙しいながらも充実した日々を送っている。
アーノルト殿下は、王太子として公務に邁進中だ。
あの誕生日の夜、殿下がローズマリー様の呪いで命を落とさなかった
いつ、誰に、どこでファーストキスを捧げたのか。
何も分からなかった私は、あの日アーノルト殿下に問いただした。
『自分の運命の相手にファーストキスを捧げた』
『……え? いつ? 誰にですか?!』
『運命の相手と一緒にいると、胸が締め付けられるような幸せと切なさが同時に押し寄せるんだろう? 私もそんな二つの想いを抱えた相手がいた』
『……?』
『――クローディア、君にだよ。私の運命の相手は君だ』
そう言って私の手に優しく口付けた殿下の顔を思い出し、私は火照る頬に両手を当てる。
『どっ、どういうことです? 私は確かに殿下とキスの練習はしましたが、本当に口付けてはいないはずです』
『君は覚えていないだろうね。イングリス山の土砂崩れで君が生き埋めになった時』
『……まさか』
『必死で君を土の中から助け出したけど、君は意識を失っていた。だから――』
それはキスではなく、ただの人工呼吸だ。
せっかくのファーストキスの思い出が、そんな悲惨な場面だなんて酷すぎる。
でもあの時私たちは、「アーノルト殿下の運命の相手はリアナ様だ」と思い込んでいた。
私に人工呼吸という名のキスをしようものなら、殿下の呪いは解くことができなくなってしまう。
それなのにアーノルト殿下は、自分の命よりも私を助けることを選んでキスをしてくれたのだ。
そこまで私のことを想ってくれていたのかという嬉しい気持ちが半分、ご自分の命を大切にしてくれなかった悲しさが半分。
そんな複雑な気持ちを抱えて何を言ったらいいのか分からなくなった私は、自分の感情を誤魔化すために殿下に食いかかった。
『ファーストキスが人工呼吸だなんて、納得できません! しかも私は意識を失ってたんでしょう? 何だかとっても残念だわ。私は恋愛小説みたいな素敵なキスを夢見てたのに!』
――そんなことが言いたかったんじゃない。
殿下が生きていてくれて嬉しかった。殿下のことが大好きですと伝えたかった。
一周も二周も回って可愛くない発言をしてしまった私を、殿下は優しく抱き締めた。
『クローディア』
『……何ですか』
『男に二言はない。君のファーストキスを奪ってしまったからには、私が一生傍に置いて大切にする』
『せっ、責任を取るってことですか?!』
そんなやりとりがあったのが半年前のこと。
実はその後、私はアーノルト殿下と一度も顔を合わせていない。
殿下も公務でお忙しいし、私も聖女としての仕事で多忙だったこともある。
でもそんなことよりも、「キスをしてしまった責任を取って一生傍に置く」なんて言葉、一人の恋する乙女としては到底受け入れられるものではない。
殿下が私のことを大切に想って下さっていることは分かっている。しかし私は平民で、そして孤児だ。
私が殿下の運命の相手なんだとしても、この身分の差はどうにも埋まらない。
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