第3章 運命の相手は誰ですか

第19話 懐かしい部屋で

「ディア! 体調はどうかしら。ここは前にディアが過ごしていたお部屋なんだけど覚えてる?」



 修道院の一室。私が残り二週間を過ごす予定の部屋に、ローズマリー様が入ってきた。その腕には、可愛らしい花をたくさん抱えている。

 ベッドの横に置いてある花瓶に花を器用に生けると、荷物を片付けていた私の横に座った。


 美術館の庭園の池で溺れたままの状態で神殿にお邪魔したので、早速体を洗わせてもらい、ローズマリー様のお洋服をお借りした。こうして聖女様の服を着て懐かしいこの部屋に入ると、昔を思い出してくすぐったいような気持ちになる。


 ローズマリー様と並んで座っていると尚更だ。



「ねえ、ディア! 明日は王城に行くのはお休みしたらどうかしら? 無理をしない方がいいわ」

「ローズマリー様。実は私、期間限定の家庭教師なんです。お休みを取っていたら、やるべきことが終わりません。私なら大丈夫。明日も普通に頑張れますよ!」



 ガッツポーズをする私を見て、ローズマリー様は「変わらないわね」と言ってくすくすと笑った。しかしその笑顔もすぐに曇り、眉を下げて小さくため息をつく。



「ごめんなさいね……もしかしたら、貴女をこんな目に遭わせたのは……リアナかもしれないの」

「え? 違いますよ! 大丈夫です。ローズマリー様の妹がそんなことをするわけがありません」

「お父様からリアナをすぐに連れ帰るように頼まれた、と言ったでしょう? 実はリアナの振る舞いに対しては他家から申し入れが続いていてね。リアナが方々のご令嬢たちに嫌がらせをしていることは私も知っているの。だから多分あなたにも……本当にごめんなさい」

「でも……」



 ローズマリー様の話を聞きながら、馬車の中でガイゼル様が言っていたことが私の頭をよぎった。リアナ様が他の婚約者候補のご令嬢に嫌がらせをしていると、ガイゼル様も同じことを言っていた。

 リアナ様ほどの身分と器量を持った方がそんなことをするわけがない、と思って気にしていなかったのだが……。


(まさか本当にリアナ様なの? 他の婚約者候補のご令嬢たちと同じように、私にも嫌がらせの矛先が向いたということなの?)



「お詫びに、ディアの背中をマッサージさせて。覚えてる? 昔ディアが祝福の儀に臨む前日にも、こうしてマッサージしたわよね」

「もちろん覚えています。ローズマリー様のマッサージはとても気持ちよくて、祝福の儀の前日もあっという間に寝てしまいました」

「ふふ、マッサージをしながら回復魔法も一緒にかけているからよ。さあ、明日登城すると言うならすぐに休まなきゃ。灯りを消して」



 灯りを消してベッドにうつ伏せになった私の背中を、ローズマリー様がそっと撫でる。手のひらをかざして傷や疲れのある場所を探し、そこに回復魔法をかけてくれるのだ。

 池に落ちる前に揉み合った時にひねったのだろうか。少し腰や背中が痛むので、ローズマリー様の優しい手がとても心地よい。



「ディア。そう言えばアーノルト殿下の運命の相手のことだけど」

「はい……」

「殿下に呪いがかけられていることを知った上で占ったの? もし貴女の占いが間違っていたとしたら、殿下の命を危険に晒すことになるのに」

「そうですよね。私も占う前に呪いのことを知っていたら、お断りしていたと思います」

「殿下のこともそうだけど、私は貴女のことも心配してる。もしリアナが殿下の運命の相手ではなく、リアナにファーストキスを捧げた殿下が命を落としたら……ディアも責任を取って処罰されるはずよ。それが怖いの」



 ローズマリー様の手から放たれた魔力が、私の背中をチクチクと刺す。そこから全身にじんわりと魔力が広がっていく。心地よい疲れが私の瞼を重くする。


 ローズマリー様は私の背中に手を当てながら、殿下の恋占いの結果を取り消すようにと何度も私に言い聞かせた。眠気に襲われながら、私はなぜだか昼間見た夢のことを思い出していた。


(あの頃の私には、もっと強い魔力があったはず――)


 洪水の数日後、河原で身分の高そうな少年と出会った。

 村人に囲まれていた少年を助けた時は無我夢中だった。自分でも何をしたのか、はっきりとは覚えていない。

 濁流に放り込まれた後に自分の力で岸に戻ったのは確かだ。そしてその後は諍いがおさまるようにひたすら祈った。私の気持ちが通じたのか、少年を囲んでいた村人たちは平穏な心を取り戻し、その場を去った。


(あの男の子とは、どうやって別れたんだっけ)


 たまたまその場を通りかかったエアーズ修道院のシスターが、私を保護してくれたことは覚えている。



「私の魔力……一体どこに消えちゃったんだろう……」



 昔の夢を見たり、リアナ様の嫌がらせを疑ったり。心の中は色んなことで騒がしくて忙しいのに、体を包むローズマリー様の回復魔法の力には勝てない。


 私はそのまま、深い夢の中に沈んでいった。

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