落ちこぼれ聖女ですが、呪われ王太子殿下と結ばれる運命のようです?恋占いスキルと命がけのレッスン【書籍化】
秦 朱音 Ι はたあかね @書籍発売中!
序章
プロローグ
王城の庭園で開かれたティーパーティーには、大勢の招待客が集まっている。
様々な色のドレスに身を包んだ美しいご令嬢たち。
美しく整えられた並木道、彫刻の施された噴水。
色とりどりの花が咲き誇る花壇。
田舎街から出て来たばかりの私にとっては、どちらを向いても初めて目にする珍しいものばかりだ。
危うく今日のティーパーティーの目的を忘れてしまいそうになるほど、私は夢中になってその光景を眺めていた。
「クローディア。向こうにいる赤いドレスの女性が、私の婚約者候補のリアナ・ヘイズ侯爵令嬢だ」
私の耳元で少し身をかがめて囁いたのは、イングリス王国の王太子アーノルト殿下だ。長身で引き締まった体、低くて甘い声。誰が見ても分かりやすい、超が付くほどの美男子である。
……その頭に兜を被ってさえいなければ、だけど。
王太子らしく品のある高貴な装いとは対照的に、頭の上のいかつい兜だけが黒々と異彩を放っている。
そんなアーノルト殿下が真っすぐに視線を向ける先には、リアナ・ヘイズ侯爵令嬢。彼女は、由緒あるヘイズ侯爵家の一人娘だ。
この国の高位令嬢でありアーノルト殿下の幼馴染でもあるという彼女は、今日の招待客の中でも群を抜いて美しい。
艶のある銀髪にサファイア色の瞳。扇子の端から時折のぞく唇は、まるで果実のような瑞々しさである。
「……おおっ、あの方がリアナ様ですか! とてもお可愛らしいです」
リアナ様の美しさを目の当たりにしてはしゃぐ私の隣で、アーノルト殿下は「そう思うか」と言って満足そうに微笑んだ。そしてそのまま視線を移してリアナ様(の唇)をじっと見つめると、緊張した様子でゴクリと唾を飲む。
「今から、リアナ嬢を庭園散策に誘おうと思う」
「うわぁ……! 至近距離であんな美女と見つめ合うなんてキュンキュンしますね。頑張ってください!」
「ああ。そしてあわよくば散策の途中で彼女にキスをして……」
「いやそれはダメでしょ!」
私は殿下の言葉に全力のツッコミを入れる。
(まだ正式に婚約していないご令嬢に、公衆の面前でキスをするなんて。いくら王太子殿下と言えど、その貪欲ぶりは頂けないわ)
しかもアーノルト殿下は兜を被ったままなのだ。あの状態でどうやって彼女にキスするつもりなのだろうか。
私は兜に包まれたアーノルトの顔をまじまじと眺めた。
「殿下、とりあえず落ち着いてくださいね。恋愛と言うのは少しずつ少しずつ、じれじれモダモダと近付いて行くのが醍醐味じゃないですか。いきなりキスだなんて、リアナ様もドン引きですよ」
「そういうものだろうか」
「そういうものです。しかも、まだリアナ様は婚約者候補ですから。過度な身体的接触は不可です!」
「分かった。クローディアがそう言うのなら仕方がない。その通りにしよう」
アーノルト殿下はそう言って頷くと、リアナ様の方に向かって歩き始めた。
(ふう……危なかった)
私が止めなければ、アーノルト殿下は早速今日この場でリアナ様にキスをしていたに違いない。
「殿下のファーストキスを、そう簡単にリアナ様に捧げて頂くわけにはいかないんだから」
私はアーノルト殿下の背中を目で追いながら、誰にも聞かれないようにぶつぶつと小さく呟いた。
何を隠そうアーノルト殿下のファーストキスには、彼本人の命がかかっているのだ。下手にキスをすれば、命を落としてしまう可能性だってある。
(――それに、殿下のファーストキスを奪うのは私の役目になるかもしれないしね)
爽やかな笑顔でリアナ様に向かって腕を差し出すアーノルト殿下を遠目に見ながら、私はひっそりと心の中で決意を固めるのだった。
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