第61話 強いクマとスキル総力戦。

【異世界生活 98日目 8:30】


 嫌な気配を感じ、戦闘態勢を整えたところで現れたのが、巨大なクマ、今まで見たことがない大きさのクマだ。

 そのクマが、牛の親子をちらちらと見ながら、のそりのそりと藪から這い出してくる。


琉生るう、このクマさんの目当ては、牛の親子みたいだぞ。美味しそうな物を見る目でチラ見しているんだが」

俺は、空気を和ませるように琉生るうに笑いながら冗談を飛ばす。


「そりゃ、私が丹精込めて育てたから美味しいはずなの。でも、クマさんにはあげないよ。クマさんにあげるくらいなら私が食べたいし」

琉生るうがそう言って笑い、槍を構え直す。


 異常な大きさに、クマにスキル『鑑定』をかけてみると、


なまえ エルダーベア(オス)

レベル 23

少し強いクマ。中型のクマ。

力がとても強く、足も速い。

固い毛皮に覆われ防御力は高く並みの武器では刃も通らない。

意外と手先が器用で木を登ることもできる。

レッサーベアが進化するとエルダーベアに。さらに上位種としてグレーターベアがいる。


「エルダーベア!? いつものクマの上位種だ。格上の敵だ。真望まも、最初から全力でいくぞ。強化系のスキルを使え」

俺は真望まもに指示をする。

 

 真望まもも日課の剣道教室のおかげでレベル11の壁を越え、レベル14。神様から『オーラ使い』のギフトを貰い、『すばやさ上昇』というスキルも貰った。

 俺の『ゾーン解放』(一時的にステータス全般を上げ、時間がゆっくりに見えるようになるスキル)の劣化版? 時間はゆっくりにはならないが、俺よりさらに速く動けるようになる、素早さ特化のスキルのようだ。ちからが上昇しないので攻撃力が上がらない残念スキルでもある。


 俺は真望まもに指示するのと同時に『ゾーン解放』のスキルを使う。

 真望まもも『すばやさ上昇』のスキルを使ったようだ。


すずさん、牛さん達お願いします」

琉生るうがそう言って、気配を消す。

 テイマーのスキル、『ヘイト管理』。動物から見つかりにくくなったり、注目させたりするスキルだ。欠点は、俺達からも何処にいるか分からなくなることだ。


 俺、真望まも琉生るう、3人の全力攻撃だ。

 クマに対して俺が右から、真望まもは左から、琉生るうは多分、後ろに回り込んでいる。


 クマも臨戦態勢、二足歩行で立ち上がり、俺達を牽制する。

 立ち上がると2メートルを楽に超える巨体、デカいな。それが俺の感想だった。


 俺が、『投擲』スキルで石斧を投げ、鼻面を狙うが、腕でガードされる。

 それでも、腕が痛かったのかうめき声を上げるクマ。


 その隙を突いて、真望まもがヒットアンドウェイでクマの左脇腹に槍を突き刺すが厚い毛皮に阻まれる。

 真望まもを払い除けるように右手を振り下ろすが真望まもが綺麗に避ける。


 俺もその隙を突き、クマの右脇腹に毛並みと肋骨を避けるように下から槍をねじ込むがほとんど刺さらない。

 ただ、腸までは達したようで、腹の内容物と混ざった汚い血が流れる。


「いつものクマ以上に毛皮が硬すぎるな」

俺は、自嘲するように笑いそう言い放つ。


 そんな感じで真望まもが隙を作り、俺が脇腹や頸動脈に浅い傷をつける攻撃を繰り返し、琉生るうが、突然、クマの背後に現れて背中に一撃喰らわせて、また消える。


 その攻撃にクマが振り向き、混乱しているところを真望まもと俺が追い討ちをかける。


 クマが俺に腕を振り下ろし、紙一重で避け、距離をとる。今のは危なかった。

 真望まもほど、すばやさがないので、俺が狙われると避けきれないのだ。


 俺が距離をとってしまったせいで、クマに一瞬、考える時間を与えてしまう。


 そして、冷静に仔牛を狙い定めると、仔牛に突撃するクマ。


「ダメぇ」

琉生るうが叫びながら、クマの後ろから飛び出して、後ろ足を槍で突き刺すが傷が浅く止まらない。


 どんどん、牛の親子に迫る巨大なクマ。母牛はおどろいて逃げるが、仔牛は逃げ遅れる。

 俺達も追いかけるが車より速く走れるとも言われるクマにはさすがに追い付かない。


 誰もが、クマの突撃に対応できなくなったところで、クマと仔牛の間にクマを遮るように人影が現れる。


「もう、MPがもったいないなぁ。神様、力をお貸し下さい。『炎のファイヤーアロー』」

すずさんが、仔牛とクマの間に入り、槍をクマに向けて立ち、そう唱える。


 槍の少し先から火の塊が生まれ、クマの顔に向け飛んでいく。そして、クマの顔が火に包まれる。


 流石に、クマも予想外の攻撃に、顔を押さえてのたうち回る。


 追いついた俺と真望まもが首に槍を何度も突き刺し、すずさんが冷静に正面から槍で目を潰していく。


 クマの後ろから琉生るうの攻撃も加わり、一方的な攻撃になる。


 そして、頸動脈と脇腹からの失血で膝をつくクマ。

 敗因は四つん這いになり目や首、急所を俺達が手の届く場所に晒したことと、すずさんの魔法の不意打ちってところかな。

 二足歩行で暴れ続けられたら、俺か琉生るうあたりは危なかったかもしれない。


 クマが動かなくなったところで、


「今日は焼肉パーティーだね!」

琉生るうが嬉しそうにそう言う。


 レベル20越えの強敵だったが、俺達も日頃の鍛錬と熊肉を食べてレベルが上がっている。

 そして、数の優位性はこの世界ではかなり大きいようだ。

 あと、スキルを使えるのも大きいな。

 その辺りの優位性は魔物との戦いでは通用しなくなりそうだが。


 ちなみに、仲間のレベルは現在こんな感じだ。


流司りゅうじ レベル15 レンジャー(オーラ使い) 

明日乃あすの レベル15 神官(神聖魔法使い)

一角いずみ レベル15 弓使い

麗美れいみ レベル16 賢者(精霊使い・神聖魔法使い)

真望まも レベル14 戦士(オーラ使い)

すず レベル15 鍛冶師(精霊使い)

琉生るう レベル14 テイマー


 日頃の麗美れいみ先生の剣道教室とクマやイノシシの肉を食べることでレベルが順調に上がっている。

 なんか、一角いずみ琉生るうのギフトは神様が悩んでいるっぽいようで保留中のようだ。


 クマが完全に動かなくなったので、琉生るうが丁寧に血抜きを始め、俺も手伝う。

 真望まもは水を汲みに行き、すずさんは牛に水をあげて落ち着かせる。

 牛も俺たちを信用していたのかあまり暴れなかったな。


 真望まもが汲んでくる水で洗いながら、クマを解体していく。なんか大量の肉と脂身、そして大きな毛皮が手に入った。


流司りゅうじ、クマの油作るわよ。捨てるなんて、絶対に許さないからね」

真望まもがそう言ってクマの脂身を死守する。クマの油の石鹸に目がない真望まものせいで、ここで3泊することになってしまった。 

 まあ、川もあるし、食糧も手に入れたし、クマの肉も干し肉にしたいし、まあ、いいか。

 最後に、クマのいらない部分を神様にお祈りしてマナに還すと、経験値として帰ってくる。骨と内臓しか残っていないので大した経験値にはならなかったけど。



【異世界生活 98日目 12:00】


 クマに遭遇した所から少し先に進んでキャンプに良さそうな少し開けた場所でテントを張り、薪を集めて、焚き火を起こし、ここで干し肉作りとクマの油作りをすることにする。


 真望まもは慌てて麻糸作り。明日までに油を濾す布を3枚以上つくるのだ。


 すずさんは笹っぽい細い竹みたいなものを見つけてきて荒縄を上手く使ってすだれみたいなものを作ると一夜干し籠みたいな物を手早く作っていく。しかも、折りたたみ式らしい。


 俺と琉生るうはクマ肉を薄切りにして、土器に塩水を作って浸けていく。すごい肉の量なので、これだけでも大仕事だ。そして、南の拠点に着いたら塩を作らないと帰りの分が足りなくなりそうだ。

 

 牛は草の生えた所で優雅に食事を楽しんでいる。

  

 干し肉の仕込みが終わったところで遅めの昼食。脂身の多い部位を串焼きにして食べる。

 干し肉にできるのは赤身の部分だけ、脂の多い部分は腐る前に早く食べないといけない。

 焼けるだけ焼いて、焚き火で燻して早めに食べる感じだ。


 琉生るうが串焼きを美味しそうに食べる。


琉生るう、脂身の多い部分は腐っちゃうから早めに食べないといけないから、どんどん食べろよ」

俺はそう言って、どんどん焼く。


「本当に? じゃあ、久しぶりに食べ放題、やっちゃおうかな?」

琉生るうがそう言って、串焼きをどんどん平らげる。


 琉生るうが常人の5人分くらい食べたところで、


琉生るう、お兄ちゃんが悪かった。少し加減してくれ。明日の飯まで無くなる」

前言撤回、俺は琉生るうに謝る。


「もう少し入るんだけどなぁ。まあ、腹八分目っていうし、ごちそうさまでした」

琉生るうがそう言って、手を合わせる。

 そして、膨らんだお腹を満足そうに撫でる。

 起伏のない幼児体形にぷっくり出たお腹のせいで更に幼児っぽさが増す。

 琉生るうはまだまだ子供だな。

 そして、驚異の食欲。食べた肉はどこにいくのか不明すぎる。


 午後は、俺が、クマの脂身の処理をする。適当な大きさに切って、土器で煮込む。

 赤身の塩水への漬け込みもあるので持ってきた土器がフル回転になる。

 琉生るう真望まもを手伝って麻糸作り、すずさんは一夜干し籠を4つ作るらしいので2つ目に取り掛かる。


 クマの脂の煮込みを見ながら時々かき混ぜ、水を足す、の繰り返し。合間に俺も麻糸作りを手伝う。

 麻糸を作る時に必要な独楽のような道具、スピンドルを真望まもは二つしか持ってきてなかったみたいで、すずさんが俺用に糸巻きにもなるなんかカッコいい、スピンドルを即席で作ってくれて、真望まもになんか嫉妬された。


 そんな感じで、スピンドルをくるくると回しながら麻糸を作っていき、糸がある程度集まったところで真望まもが木で作った四角い枠で麻布を編んでいく。手作業で縦糸一本ずつ交互に横糸を通していくなんか面倒臭そうな作業だ。

 俺はひたすら麻糸作り。暇つぶしの為と言いつつ、真望まもはかなりの量の麻の繊維を持ってきていたようだ。


 俺はそれから、クマの脂身を焦がさないように弱火で煮ながら、たまにかき混ぜて、水を足して、合間に麻糸作り。その繰り返しだ。

 脂身が箸代わりの枝で挟んで崩れるくらいの柔らかさまで煮込んだら煮込み終了。火から降ろして粗熱を取る。

 麻布作りの進捗が悪いので、俺も麻糸作りに専念する。



【異世界生活 98日目 18:30】


 お昼に焼いたクマ肉を焼き直して晩御飯として食べる。

 食後は、すずさんが作った一夜干しの籠に塩水に浸けたクマ肉をとり出し並べて風通しのよさそうな木に吊るす。

 クマの脂は、油を濾す麻布が出来上がらないのでそのまま蓋をして放置、朝に温め直して布で濾す予定になった。本当は夜のうちに油を濾して夜の寒さで固めたかったんだけどな。


 夜は俺が見張り役だったのだが、真望まもは麻布ができるまで寝られないと、夜なべで麻布作り。俺も麻糸作りを手伝う。

 琉生るうすずさんは夜が弱いので20時になると先に寝て、1時ごろになると琉生るうが俺と見張りを交代する為に起きてくる。

 真望まもは麻布3枚目に取り掛かる。今日は徹夜して麻布ができ次第、昼間寝るらしい。


 琉生るうは、真望まもが起きているのを見て、俺と二人っきりでイチャイチャしたかったのに、と残念がっていたが、そもそも、俺が妹扱いの琉生るうとイチャイチャするつもりがなかった。

 琉生るうと交代して、俺は寝る。

琉生るうが「キスしてキスして」とうるさいのでほっぺたに子供のキスをして、琉生るうが満足したのでテントに入って寝る。

真望まもが俺の琉生るうのほっぺたにキスを見て物欲しそうにしていたが、お互い気まずくて何もできなかった。昨日、散々相手したし、真望まもには我慢してもらおう。

この後は琉生るうが夜の見張りをしながら麻糸作りを手伝うようだ。


 ちなみにテントは3人用が1つと2人用が1つ。俺が2人用で寝て、3人用に女の子が3人寝る感じだ。親しき中にも礼儀ありってやつだな。



【異世界生活 99日目 6:00】


「おはよう、みんな。真望まも、まだ起きているのか?」

俺が起きると、真望まもがまだ起きて布を作っていたので驚く。


「もう少しで、麻布3枚目できるから、できたら寝るわ。クマの油は任せるからね」

真望まもはそう言って黙々と麻布作りを続ける。

 ちょっと目にクマができていて可哀想だった。


 朝ごはんも、クマ肉。脂身の多い肉を食べきらないと腐るからな。

 クマ肉を焼き直したものを食べる。

 すずさんが朝起きてきたあとに、見張りを任せつつ、琉生るうがキャンプの周りで山菜を取ってきてくれたらしく、野菜炒め風に味変してくれていたので美味しく食べられたが、そろそろ、クマ肉にも飽きてきたな。


 朝食を食べ終わるころに、真望まもが朝食を食べだす。麻布が完成したらしい。


真望まもは朝食を食べ終わるとそのままテントに直行する。

 クマの脂身も煮詰め直してあるらしいので、粗熱が取れ次第、麻布で濾して冷やす。冷やして固まったら、ひっくり返して、底の部分にたまった不純物や水を取り除いて、煮詰め直して、また固める、の繰り返し。これを数日かけて5~6回やり、それで不純物を取り除いていく感じだ。

 今回は川が近くにあるので、スイカを冷やす要領でクマの油を固める。これで結構時間短縮ができた。


 暇な時間は魚を捕ったりして少しゆっくり過ごす。


 俺が魚を捕っていると、すずさんがなんか、河原で不思議なことをしているので声をかけてみる。


すずさん、何やってるの?」

俺が声をかけると、すずさんが振り向いて、


「ああ、今はMPが余っているから、鉱石の不純物を取り除いているのよ。『精霊使い』ってギフトが面白くてね。金属を含む鉱石に向かって、動け、動けって念じると、こんな感じで欲しい金属が分離されるの。ただ、ものすごくMP使うけどね」

すずさんがそう言って、指先ほどの鉛色の金属を見せてくれる。


「少しだけだけど、錫を含んだ鉱石とかも落ちているから、たまに抽出しているのよ。これがたくさん貯まれば青銅器が作れるようになるし、鋼を作るよりは難易度下がるしいいかなってね。麗美れいみさんにもたまにお願いしているの」

すずさんがそう言って笑う。

 ただ、すずさんのステータスを見るとMPがかなり減っている。少量の金属をとり出すだけでもMPが大量に必要。『精霊使い』のギフトを金属加工で使うにはかなり効率悪そうだし、やはりレベルアップが必須なんだろうな。


 その後も、すずさんが『精霊使い』のギフトについて色々教えてくれた。色々な金属も精霊として色分けして見えるらしい。銅、錫、鉛、鉄、ケイ素。同じような石でも、何が含まれているか、なんとなくそれぞれ違って見えるらしい。

 そんな話をしているすずさんはなんだか楽しそうだった。


 そんな感じで、この場に3日間滞在し、クマの油作りと干し肉作り、そして川魚も干物にしたりして少しゆっくり過ごすのだった。


 次話に続く。

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