第55話 野生の牛とオオカミ

【異世界生活 58日目 13:00】

 

 小麦畑から野菜を求めて東に1時間ちょっと探索し、トマトやキュウリ、ナスを手に入れたところで牛の群れと遭遇する。

 人間を知らないせいか、警戒はされていないようだが、家畜として捕まえる方法も思いつかない。


 そんな感じで、牛の群れの様子を見ていると、突然牛が騒ぎ出し、すぐに群れが東に向かって走り出す。


「なんだ?」

俺はおどろいて、琉生るう麗美れいみさんに声をかける。


「オオカミの群れね。牛に気づかれないように風下から気配を消して近づいていたみたい。私も牛に気を取られて気づかなかったわ」

麗美れいみさんがそう小声で言って顎で、狼の群れを指す。

南の方から忍び足で近づいてきたようだ。俺も全然気づかなかった、危なかったな。


 そして、1匹の牛が逃げ遅れ、狼に後ろ足を噛まれその場にうずくまる。


「あの牛さん、妊娠してるんだ。だから逃げ遅れたんだよ。助けなきゃ!!」

そう言って、琉生るうが隠れていた草の陰から走り出す。


「こら、琉生るう、危ない、って、遅いか」

俺は琉生るうを止めるのに失敗し、琉生るうを追いかけるように草の陰から飛び出し、琉生るうを追い抜き、狼との間に入り、そのままオオカミに近接する。


「しょうがないわね」

麗美れいみさんもそう言って走ってきて、さらに俺と他のオオカミの間に入り、木の槍でけん制する。


 牛の足に噛みついているオオカミが2匹、飛び掛かろうとしているオオカミが2匹、そして後ろにもう2匹控えている。

 そして、倒れている牛。確かにお腹が大きい気はする。


琉生るう、噛みついている2匹をやるぞ。落ち着いて、骨の無い、首か横腹を狙え」

俺はそう言って、牛の後ろ右足に噛みついている奥のオオカミを、琉生るうは後ろ左足に噛みついている手前のオオカミを担当する。


 俺は冷静に狼の横腹に槍を突き刺し、牛の足から口を放したところで引きずるように槍をオオカミに押し込む。

 そして、地面に倒れたところで、腹に足を乗せて槍を引き抜き、のどにもう1撃、とどめを刺す。


 そして、琉生るうを見るとオオカミがいち早く足から口を放し、琉生るうの攻撃を回避すると、俺と琉生るうを見比べて、俺に飛び掛かってきた。


 俺は倒したオオカミの首から槍を引き抜く勢いで、そのまま、槍の穂先とは反対側の柄の先を、突っ込んでくるオオカミの口に突っ込む。

 もともと、黒曜石の穂先が抜けた時に使えるようにと、木の柄の先を削ってとがらせてある。

 オオカミの口の中を傷つけ、怯ませるには十分の攻撃だった。

 オオカミが怯んで、俺から一歩離れたところで、後ろから琉生るうがオオカミの横腹に槍を突き刺す。

 俺も、木の槍の柄の方で狼の左頬のあたりを殴りつけ、怯んだところで、槍を回転させ、持ち替え喉元に槍を突き刺す。


 オオカミ2匹を相手にしている麗美れいみさんが気になって慌ててそっちを向くと、ちょうどオオカミ2匹が左右から麗美れいみさんに襲い掛かるところだった。


麗美れいみさん、危ない!!」

俺はそう叫んで慌てて駆けだすが、


「これくらい大丈夫よ」

麗美れいみさんがそう言って、左からくるオオカミの鼻づらを柄の先で斜め下から殴り上げ、返し刀(槍?)で右からくるもう1匹のオオカミの喉元を軽く裂く。

 頸動脈が裂け、出血するオオカミ。致命傷で、慌てて逃げだすオオカミ。そして離れたところで力尽きる。

 さすが麗美れいみさんだ。一角いずみの父親のやっている合気道場にも通っていたんだよな。杖術の類だろうな。一角いずみよりさらに槍の扱いが上手い。


 俺は、麗美れいみの側に駆け付け、そのまま、麗美れいみさんに槍の柄で殴られたオオカミに駆け寄ると、脇腹に全身で飛び込むように全体重かけて槍を突き刺す。


 後ろで様子を見ていた、残りの2匹のオオカミを俺が睨むと、分が悪いと感じたのか、尻尾を巻いて逃げていく。


 一応、戦闘は終了したようだ。


琉生るう、牛は大丈夫そうか?」

俺は琉生るうにそう聞き、牛の様子を見る。


「後ろ足を怪我して歩けないみたい」

琉生るうがそう言う。

 確かに前足だけで必死に立とうともがいている。


「大丈夫だよ。落ち着いて。オオカミはみんな倒したから安全だよ」

琉生るうが優しくそう声をかけると、気持ちが伝わったのか、草の上に寝転ぶ牛。

 琉生るうが牛の首を撫でて安心させる。


「回復魔法使ってみようか? 多分、牛の骨格や筋肉の仕組みも理解しているからいけるような気がするわよ」

麗美れいみさんがそう言って琉生るうに聞いてくる。


麗美れいみさん、お願いします」

琉生るうがそう言って、牛を安心させるように撫でる。


「両足か。ちょっと待ってね」

麗美れいみさんがそう言って、いつものように神様にお祈りをする。

 MPを回復させたようだ。MP15がMP20になる。


 そしてもう一度神様にお祈りするように、

「神に力をお借りします。癒しの力をお貸しください」

麗美れいみさんがそう言うと、両手が光り出し、牛の足にその光を当てると、牛のけがが治っていく。

 

「これで左足の傷は大丈夫だと思うわ。ただ、右足も治療するとなるとMP不足。4日は祈らないとダメね」

麗美れいみさんが残念そうにそう言う。

 回復魔法は初期魔法で、MPが20必要らしい。しかも右足、左足別々に必要だそうだ。

  

「水で洗って包帯巻いて添え木をするだけでも違うよね」

琉生るうはそう言って、真望まもから新しく貰った麻布を三角巾の要領で折って包帯にすると牛の傷口を洗い、包帯を巻いて、落ちている枝を添え木にしてさらに包帯を巻く。

 

 処置が終わり、牛を優しく撫でる琉生るう。牛も琉生るうの気持ちが分かるのか落ち着いている。


 そして、突然、苦しみだす、ケガをした牛。


「大変、牛さん産気づいちゃったみたい!」

琉生るうが慌ててそう言う。


「マジか? どうすればいい? 何かすることはあるか?」

俺は慌てる。


「野生の牛だし、自然に産むとは思うけど、綺麗なわら、枯草みたいなのがあるといいかも」

琉生るうがそう言うので、俺は慌てて、周りから枯草をかき集める。

 麗美れいみさんは周りを警戒しながらも牛の様子を見る。


 枯草を一通り集めたところで、半分を牛の頭の下にひき、もう半分はお尻の方に広げる。

 牛の赤ちゃんが産まれた時にベッド代わりにするのだろう。


「お産は琉生るうちゃんと私で診るから、流司りゅうじくんは、すぐに帰れるように、オオカミの毛皮を剥いでおいてね。あと、周囲の警戒もよろしくね」

そう言って俺と麗美れいみさんが入れ替わる。


「あと、明日乃あすのちゃんを呼んで、あと、誰かひとり、明日乃あすのちゃんの護衛についてきてもらってきて。一角いずみちゃんがいいかな?」

麗美れいみさんがそう言うので、俺は明日乃あすのに魔法で連絡をとり、こっちに来てもらい、牛の説明と回復魔法のお願いをする。


 俺は周りを警戒しつつ、明日乃あすの達の到着と牛の出産を待つ間、4匹のオオカミの毛皮を剥ぐ。


【異世界生活 58日目 16:30】


「牛さん、もう少しだよ。頑張って」

琉生るうがそう声をかけるのが聞こえる。陣痛が始まって2時間くらいで、分娩が始まり、分娩の真っ最中のようだ。


「りゅう君、大丈夫?」

明日乃あすのと護衛の一角いずみも到着する。


「ああ、来てくれたのか。ありがとう。明日乃あすの一角いずみ明日乃あすのは牛のけがを治してやってくれ。一角いずみは周りを警戒しながら、オオカミの毛皮剥ぎかな? オオカミが2匹逃げたから警戒は続けてくれ」

俺がそう言うと明日乃あすのは牛の方に行き、一角いずみは俺と一緒にオオカミの毛皮剥ぎを始める。

 まあ、オオカミの皮剥ぎも大体終わって、最後の4匹目に着手するところだった。


 一角いずみと手分けしてオオカミの毛皮を剥ぎ、30分くらいで毛皮を剥ぎ終えると、俺達も牛の様子を見に行く。


麗美れいみさん、大丈夫そう?」

俺は一生懸命な琉生るうに声がかけ辛かったので、麗美れいみさんに声をかける。


「足が出てきたからもうすぐ、出てくるわよ。まあ、私は人間のお産の知識しかないからよく分からないけれどね」

麗美れいみさんがそう言う。

 麗美れいみさんはあくまでも人間のお医者さんだからな。獣医ではないし、人間のイメージでアドバイスしているだけらしい。


「けがは直しておいたから、もう大丈夫だと思うよ」

明日乃あすのがそう言う。

 明日乃あすのの治癒魔法は100%信仰心任せなので、牛だろうと、人間だろうとなんとなく効いてしまうようだ。

 知識中心な麗美れいみさんの治癒魔法とはちょっと違うみたいだな。


 そして、牛のお産も、前足が出て、頭が出たところで一気に子牛が生み出される。 

 母牛は起き上がり、子牛を舐めて羊膜や粘液を取り除いてやる。

 ケガももういいみたいだな。そしてよろよろと子牛が立ち上がり、無事出産も終えたようだ。

 母牛が子宮から押し出された胎盤を自分で食べているシーンは結構グロテスクだった。


「よかったね。無事に子牛が生まれたよ。私、ちょっと感動しちゃった」

明日乃あすのが少しべそをかきながらそう言う。


「ああ、すごかったな。自然のすごさと母親の強さみたいなのを感じたよ」

俺は明日乃あすのの意見に同意し、感動したことを告げる。


「りゅう君も赤ちゃん欲しくなっちゃった?」

明日乃あすのが俺をからかうように言う。


「もう少し生活が安定して落ち着いて子育てができるようになったらかな?」

俺はそう言う。今の拠点も落ち着かないような状況では子育ても大変になるだろうしな。


「りゅう君、赤ちゃん欲しくなったら言ってね。私も頑張るから」

明日乃あすのがそう言って笑う。

 本気なのか冗談なのか分からないが、なんかよく分からないが、笑う。



【異世界生活 58日目 17:30】


「そういえば、昼ご飯食べてなかったな」

俺はそう言う。


「じゃあ、夕ご飯食べちゃう? 多めに作るよ?」

明日乃あすのがそう言うので少し移動して、草の無い、近くに林のある、土の見える場所で薪を集めてたき火をつける。

 俺の持ってきた土器で保存食のクマの干し肉をお湯で戻してさっき採ったナスと炒める。

 それとトマトとキュウリは良く洗ってそのまま塩で食べる。もちろん、鑑定で安全性は確認済みだ。


「すごいね、トマトとキュウリだよ。久しぶり過ぎて少し感動かも」

明日乃あすのがそう言う。


「トマトに塩もいいが、砂糖をつけてもうまそうだな」

一角いずみがそう言う。


「マジか? お前、トマトに砂糖つける派?」

俺は一角いずみにそう言う。


「お前はトマトで戦争がしたいようだな?」

一角いずみがそう言って少しキレる。


 トマトに砂糖論争はしてはいけない。特に夫婦間では禁忌だと聞いたことがある。夫婦の不仲につながる危険性もある危険な論争だ。

 似たものに、目玉焼きに何をかける、目玉焼きは半熟かよく焼くか、あと、玉子焼きは甘い派か出汁派かとか、結婚は異文化交流で、失敗すると戦争(夫婦喧嘩)につながるらしい。

 

 まあ、とりあえず、トマトとキュウリに塩をかけて食べる。

 天然の野菜なので味が少し雑で、トマトは甘みが少なく酸っぱい。

 だが、久しぶりの野菜らしい野菜だったのでみんな美味しそうに食べていた。


 そして、夕食兼昼食が終わったところで、


「で、その牛の親子どうするんだ?」

琉生るうの後ろで草を食べている母牛と、母乳を飲んでいる子牛を見てそう言う俺。


「なんか、ついてきたいみたいだよ。命の恩人で、安心して暮らせそうみたいな事を考えている感じ? 牛の群れにも置いていかれちゃったみたいだし」

琉生るうがそう言う。

 琉生るうの職業、テイマーのスキルなのか、なんとなく動物の気持ちが分かるし、動物になんとなく気持ちを伝えることができるらしい。

 そして、この親子牛は、牛の仲間達にはもう、オオカミに食べられたのだろうと諦められてしまったのかもな。


琉生るうが飼うと、全然安全なきがしないけどな」

俺は笑ってそう言う。


「さすがに食べないよ。赤ちゃんもいるし、多分、牛乳も搾れるよ。これなら」

琉生るうがそう言って、一生懸命母乳を飲んでいる子牛を見て微笑む。


「一緒についてきたいなら連れて行ってもいいんじゃないか? 乳製品が作れるようになるのは嬉しいしな」

俺はそう言って牛の親子を歓迎する。


 俺達に、人間以外の仲間が増えたのだった


 次話に続く。

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