第17話 4人目の仲間と緊急スキルの後遺症

【異世界生活 4日目 16:00】


「とりあえず、明日乃あすの一角いずみ麗美れいみさんに今の状況を説明しておいてくれないか? 神様も顔すら出す余裕ないみたいだし、俺もこのクマを解体したいしな。ちょっとキャンプに道具を取りにいってくる」

俺はそう言って、2~3歩踏み出したところで、


「ぐぎぃ、あ、あれ?」

俺はいきなり体中に激痛が走り、足が思う通りに動かなくなり、足を絡ませて転び、地面に突っ伏す。


「りゅう君!! ど、どうしたの!?」

明日乃あすのが慌てて俺に駆け寄る。


「先ほどの緊急スキル『獣化解放じゅうかかいほう』の後遺症です。『獣化解放じゅうかかいほう』のスキルは一時的に、獣の本能を呼び覚ますことにより、15分ほど超人的な肉体操作が可能になりますが、スキルが切れると、スキルによる肉体への負担が襲ってきます。そこから半日以上、筋肉痛や神経のマヒなど体の不調をきたし正常な運動が難しくなります。1日休めば、後遺症もなくなり普段のように生活できるようになります」

秘書子さんが俺の状況を説明してくれる。


「さっき、クマに攻撃されたときに、『獣化解放じゅうかかいほう』っていう緊急スキルを使ったらしいんだけど、その後遺症で半日動けなくなるらしい」

俺は筋肉痛と手足のしびれで上手く動けなくなった体をなんとか動かし仰向けに寝そべり、明日乃あすのにそう答える。


「『獣化解放じゅうかかいほう』? なるほど、私のスキルウインドウにも追加されている。何々、これは使えそうだけど、後遺症が酷いね。使いどころを間違ったら全員動けなくなって全滅かな」

一角いずみが自分のスキルウインドウを開いて内容を確認し、そう言う。

 明日乃あすのもそれを聞いて自分のスキルウインドウを開く。どうやら全員にこのスキルが追加されたようだ。


「なあ、一角いずみ、とりあえず、クマの死骸を解体したいから、俺の代わりに石包丁とか解体道具を取りに行ってくれないか?」

俺は一角いずみにそうお願いする。一角いずみはうなずき、キャンプに走る。

 海の方までクマの死骸を運んでもいいんだが見た感じ、50キロ以上はありそうだし、4人いれば運べるかもしれないが、女の子だけでは運ぶのは難しいだろう。ここで解体するしかないだろうな。


麗美れいみさんは、こっちにきて、明日乃あすのから、この世界の話と状況の説明を聞いて欲しい」

俺が首だけ麗美れいみさんに向けてそう言うと、麗美れいみさんも俺のそばに寄ってきて、明日乃あすのから事情を聴く。俺も少しだけ口を挟みながら、麗美れいみさんが納得するまで説明を続ける。


「神様が作った新しい世界、この異世界を開拓しなくちゃいけないのね。そして、元の世界には自分の分身が残っていて帰ることはできないと」

麗美れいみさんが説明を聞いて自分なりに解釈しようとしている。


麗美れいみさんも元の世界に帰りたいよね? もう少しで医者の道も開けるところだったし、やりたいこともあったでしょ? なんかごめんね」

俺は体に自由が利かず、弱々しい言葉で言う。そして謝る。もしかしたら俺が、この世界の開拓者に選ばれて、俺の関係者だからって、巻き込まれた可能性もあるしな。


「そうだね。一方的に呼ばれて帰れないっていうのは腹ただしいけど、まあ、流司りゅうじクンに会えたからいいかな。というか、流司りゅうじクンのせいって言うなら穴埋めとして、たまにでいいから、お姉さんに流司りゅうじクンの体を貸しなさいよね」

麗美れいみさんが、本気なのか冗談なのか分からない口調で妖艶な笑みでそう言う。


「そ、それはダメです」

明日乃あすのがそう言って俺の貸し出しを却下する。


「別にいいでしょ? 流司りゅうじクンに私の彼氏になって欲しいわけじゃないし、たまに欲求不満の解消がしたいだけ。それで神様の希望する子孫が増えたら神様も喜ぶんでしょ?」

麗美さんが俺で遊ぶために適当な理由を並べる。


「そ、それはそうだけど」

明日乃あすのが負けそうになる。

 神様が子作りを期待しているという部分を否定できないようだ。


「あくまでも、流司りゅうじクンの彼女で本妻は明日乃あすのちゃん。たまに貸してくれるだけでいいのよ。私は本妻の座とか興味ないし」

麗美れいみさんが本当に妻の座に興味なさそうにそう言う。この人はそう言う人だったな。


「か、体だけの関係なら、ち、ちょっとだけなら」

明日乃あすの麗美れいみさんの勢いと適当加減に屈した。


「というか、麗美れいみさん、俺に興味ないならほっといてくれよ」

俺は、明日乃あすのとの今の関係を守りたい気持ちもあり、明日乃あすのに助け舟を出す。


「興味ないわけないじゃない。実は、流司りゅうじクンが大きくなって、明日乃あすのちゃんとうまくいってなさそうだったら、もらっちゃおうっかなって、3年前からお姉さんはこっそり狙っていたんだよ。実は」

麗美れいみさんが俺を冷やかすようにそう言う。

 明日乃あすのも驚いた顔をする。


「まあ、明日乃あすのちゃんとうまくいったみたいだし、彼女の座は諦めるけど、この世界に男の子が流司りゅうじクンしかいないんだったら、少しくらい貸して欲しいなって。たまにでいいから、ね? いいでしょ?」

麗美れいみさんが言葉巧みに明日乃あすのを攻め落とす。

 麗美れいみさん、冗談じゃなくて、本気なのか? 麗美れいみさんのからかうような笑顔に真意がつかめない。

 結局、俺がそれでいいなら、たまに貸してもいいという結論にまとまってしまったようだ。俺の責任重大じゃないか?


「ちなみに、流司りゅうじクンには拒否権はないし、拒否させないから安心して」

麗美れいみさんが俺にそう言い、あっさり俺の明日乃あすのへの罪悪感の部分を破壊する。まあ、俺自身も麗美さんの事は嫌いではないけど強引過ぎる。


 元々、色素が薄く、色白で、髪の毛も目の色も天然の茶色、ものすごく美人さんだ。軽くウエーブのかかったロングの髪型は、いかにも憧れのお姉さんといった風貌。

 ただし、実際は医学知識以外に全く興味を持たない、生活能力ゼロのダメ姉さんだ。化粧やファッションにも疎く、俺のお袋から無理やり強要されて化粧水やお肌のケアを始めたくらい無頓着、家庭教師を始めたころなんて、上下ジャージに安そうなランニングシューズでうちに来ていた。しかも大学にはその格好で毎日通っていたそうだ。

 磨けば光るダイヤの原石なのに、無防備に道端に転がされている、自分はただの石ころだと思っている、そんな感じのダメ姉さん、それが麗美れいみさんだ。


 そして、麗美れいみさんもこっちの世界に来るときにけもみみが生えたみたいで髪の色によく似た茶色い猫のような耳と尻尾が生えていた。


「ま、まあ、とりあえず、明日乃あすの麗美れいみさんも仲良くしてくれ。特に、明日乃あすの麗美れいみさんは合気道もそうだけど、剣道も達人だから、剣道を習って少しでも戦えるようになってもらえると助かるよ。戦えないとレベルアップもできないみたいだしな。な? 俺も一緒に剣道習いたいし、な?」

俺はそう言って、なんとか2人が仲良くしてもらえるようお願いする。


 確か、麗美れいみさんのお父さんは警察官で、子供のころはお父さんみたいな警察官になりたくて剣道や柔道を習っていたみたいな話を聞いたことがある。

 ただ、麗美れいみさんのお父さんは事件に巻き込まれて、殉職してしまい、それがきっかけで、人の命を救う、ケガや病気で死ぬ人を減らしたいと、医師の道に進んだみたいな話を過去に麗美れいみさん本人から聞いたことがある。

 母親と二人、苦労しながら国立の医大に通った努力家の女性だ。そういうところには憧れていたし、好きになってしまった理由かもしれない。

 

「とりあえず、医学の知識がある麗美れいみさんが来てくれて本当に助かったよ。確か外科だっけ?」

俺は、明日乃あすの麗美れいみさんの間に流れる微妙な空気を払拭しようと、麗美さんの良いところをPRしようと必死になった。


「ああ、でも、この世界では元の世界の医学知識は全く役に立たないと思った方がいいわね。道具もなければ薬もない、傷を縫う針も糸もないし、麻酔もなければ、消毒するアルコールすらない。私にできるのは内科医としての口先だけのアドバイスと外科医のフリした、死ぬか生きるか博打まがいの殺人行為だけよ」

麗美れいみさんが少し悲しそうに言う。


「でも、知識があればそのうち、薬とか道具とかも自作できるんじゃ?」

俺は麗美れいみさんをフォローするようにそう言うが、


「薬なんて作れるわけがないじゃない。そんなこと考えるのは科学を知った気でいる素人だけよ。ペニシリン一つにしたって奇跡の産物、パンをカビさせればできるものではないし、カビが偶然に抗生物質を生み出すようになったとしても、それがペニシリンかどうかなんてわからないし、人体に悪影響がないかもわからない。抗生物質一つにしたって、それを生み出し、同定して、人体へ効果があって副作用が少ない物を選別して、本当に無毒か動物実験で確認して、やっと薬になる可能性が見えてくる。そこから成分を濃縮したり、人体への効果が最適な濃度を見つけたり、製造する際にすべて同じ濃度になるような製造方法や同定方法をみつけたり、科学、特に薬学に関しては作り方が分かればすぐに作れるって甘い世界ではないのよ」

麗美れいみさんがそう言って薬が簡単にできるものではないことを力説する。


「鉱物由来の薬だってそう。そもそも薬を作るには原料が必要で、その原料は混ざりものがあったら知っている製法がうまくいかない事なんて山ほどある。たくさんの鉱物や酸や塩基などの溶液、それらを集めてかつ、純物質で、濃度一定で、大量に用意できて器具もそろっていないと作れない、しかも時間も人手も必要。科学知識がある2~3人が集まったところで数千年の科学の歴史は再現できるものではないの。原料を作るところから、器具を作るところから、たくさんの人が必要で、たくさんの経験と歴史が必要で、原料を掘る人、純度や濃度を上げる人、濃度や分量を量ったり質を一定にしたりする人、それが原料にも器具にも大量に必要になる。科学って、長い歴史とたくさんの人の努力とその積み重ね、文明が発達した社会自体が科学であって、科学には絶対不可欠な要素なのよ。私一人の知識でどうこうなるものじゃない、それが残念だけど科学であり薬学であり、医学なのよ」

麗美れいみさんは少し口惜しそうにそう言って自分が医師として役立たないことを表明する。


「まあ、アルコールくらいは作りたいわね。飲んでも美味しいし、消毒薬になるし、少しだったら麻酔の代わりにもなるし。でもアルコールにしたって、原料の麦やトウモロコシ、米などの農耕文化を擁立させないと作れない。発酵させるにも酵母や麹、アルコールを作る菌とその知識が必要になる。科学って失ったら、ゼロから作り直したら膨大な時間と人が必要になるものなのよ」

麗美さんが綺麗にまとめるが、この人はただ、お酒が飲みたいだけかもしれない。この人、お酒も大好きだったもんな。


「まあ、そのあたりは、神様にいっぱい祈れば、原料とか、アルコール作る酵母とか神様が作ってくれるんじゃないかな? 薬とかも少量なら神様が作ってくれるっぽい?」

明日乃あすのがそう言ってフォローしてくれる。


「だったら、神様に一生懸命祈らないとね。アルコールを下さい。薬を下さい、ってね」

麗美れいみさんがそう言って笑う。やっぱりこの人、お酒飲みたいだけ、っぽい。


 とりあえず、知識だけではどうにもならない壁があることを俺たちは知らされた。

まあ、この世界は魔法が使えたり、鑑定スキルとかおかしなものも使えたりするから、そこらへんや、秘書子さんの知識を使えば何とかなる気もするな。少なくともリアルなサバイバルではできなくても異世界サバイバルならできる。ってことはあるかもしれない。


 そして話が一段落したところで、一角いずみが石包丁などを持って帰ってくる。


「キャンプはクマに荒らされて結構ひどい状態だったぞ」

一角いずみが残念そうに言う。


 一角いずみの話では、一角いずみ明日乃あすのの家が壊され、土器を乾かしていた家も壊され、土器も半分が壊されていた。柵も何カ所か壊され、干し肉を干す籠はバラバラにされ干し肉は食べつくされていたそうだ。

 火は消えずに残っていたので、薪をつぎ足してくれたそうだ。あと、俺が作った塩も無事だったらしく、一角いずみにとってそこが一番嬉しかったらしい。意外とグルメな一角いずみらしい反応だ。

 

「帰ったら、まずは家を作り直さないとな」

俺は寝たままそう言う。俺が今日一日動けなそうなのが口惜しい。


「それに、クマの肉も食べられるらしいし、解体して食料にするといいよ」

明日乃あすのが絶望的な状況をフォローするようにそう言う。


「そうだな。とりあえず、クマの死体を解体して、毛皮と肉を確保しよう」

俺はそう言ってみんなを鼓舞するが、スキルの後遺症で俺自身は起き上がることもできない寝たきり状態でかっこ悪い。


 とりあえず、秘書子さんにクマの解体のしかたを聞きながらみんなに伝え、一角いずみ麗美れいみさんの二人で毛皮を剥ぎ、肉を切り分ける。

 麗美れいみさんが見事に心臓を一突きし、血抜きをしてくれていたのと、麗美れいみさん自身、医者で外科医なので刃物の扱いも得意で、クマの解体もスピーディに進んでいく。まるでドラマでよくある名医の手術を見るようにクマの皮が剥がされ、骨が外され、肉が小分けされていく。


「とりあえず、竜司りゅうじクンは私がおんぶして運ぶから、2人は、クマの肉を運んで。毛皮はその後かな?」

麗美れいみさんが、解体を終え、テキパキと指示をする。

 なんだかんだ言って、麗美さんが一番体力あるし、医学部で急患の運び方とかも練習しているのか自信がありそうだ。第一、明日乃あすのには俺を運べないだろうし。


「あ、クマの骨とか内臓とかを、全能神様にお返ししないと」

明日乃あすのはそう言って、毛皮と肉とは離れたところに放置された、クマのいらない部分の前で祈りを捧げて、マナに還す。そして、少しだが、経験値として戻ってくる。


「そういえば、今回使った、魔法による連絡? これって、結構マナ使うみたいだから、使うタイミングは慎重に考えないとな。今回、2回使って、マナを使い果たし、連絡手段を失って、行き違いみたいなことが起きてしまった。今回は俺のミスだ。本当に申し訳ない」

俺はチャット機能への注意喚起と今回、みんなを危険な目に合わせてしまったお詫びをする。


「というか、竜司りゅうじ! さっきの飛び出しは無謀過ぎる、なんだ、あれは!」

一角いずみが凄い勢いで俺に怒声を浴びぜる。


「なんだと言われても、一角いずみがクマに襲われそうだったから反射的というか、やっぱり、女の子が怪我するのは嫌だから、飛び込むのは当たり前だろ? って」

俺は素直にそう言う。明日乃あすのはもちろん、一角いずみにだって怪我して欲しくはない。


「なっ!? そ、それで、竜司りゅうじが怪我したり、下手をすれば死ぬことだってあったりするんだぞ。そんな事になったら、明日乃あすのが悲しむし、私が明日乃あすのに合わす顔が無くなるじゃないか!」

一角いずみがそう言う。

 俺の体の心配より、明日乃あすのとの関係が悪くなるのが嫌みたいだな。一角いずみらしいや。


明日乃あすのも大事だけど、一角いずみだって、守りたい大事な仲間だぞ。俺は、女の子は守りたい。古臭いタイプの男なんだよ」

俺は笑ってそう言う。

 最近は男女平等とか色々あるけど、俺はか弱いお姫様を守る王子様になりたい古臭い考えの持ち主だからしかたない。


「なっ!?」

一角いずみが言葉を失う。そして、ちょっと顔が紅い?


「りゅう君はそういう人だよ。結構、頼れる男の子だし、優しいんだよ」

明日乃あすのが嬉しそうにそう言う。


「そ、それでも、私が怪我した方がマシだ!!」

一角いずみが顔を真っ赤にして怒る。

 そのまま、場を誤魔化すように、クマの肉を葉っぱに包んで担ぎだす。


 俺も麗美れいみさんにおんぶしてもらいキャンプに帰る。女の子におんぶされるなんて格好悪い男だよな。

 まあ、秘書子さんの緊急スキルのおかげで命が助かったんだから仕方ないんだけどね。

 このスキルは発動にマナは要らないみたいだけど使う場所やタイミングは良く考えよう。この副作用的なものは危険過ぎるもんな。


 次話に続く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る