第16話 強敵との戦い。不利な状況の中で。
これは、やばいな。
背中に冷たい、嫌な汗が流れる。
俺の目の前には小型とはいえ、明らかに俺より一回りは大きいクマ、真っ黒い毛に覆われた獣がいる。
救いがあるとすれば、そのクマの興味が俺にではなく、俺の右の方にある、ヤシの木に吊るされた、干し肉の入った籠にあるという事。
俺をちらちら見つつも歩く方向と目線、そしてクマの鼻が求めているのも、先日、倒して干し肉にした、イノシシの肉、籠の中にある肉をめざしている。
俺はクマを刺激しないようにゆっくり後退りする。
これって、あれだよな。RPGでいうところの、ルート間違えて格上の敵がいるダンジョン入っちゃったみたいな、しかもパーティ組んで入らなきゃいけないのに無理してソロで入っちゃったみたいな、ゲームオーバー確定みたいな戦闘?
逃げるけど、逃げられないみたいなパターン?
俺は、あまりのクマの存在感に、走馬灯のように子供の頃にやったRPGの失敗シーンが流れてくる。
まあ、ガチの人生の振り返りシーンが流れないだけ、気持ちに余裕はあるのかもしれないが。
俺は冷静にクマを観察しながら
クマが干し肉を食べて満足してくれれば、結果オーライ、1時間粘って、
できれば、神様がなんとかしてくれるとありがたいんだが。
「全能神様は神力を回復する為にお休みになられています。声を掛けていますが起きる気配はありません」
神様の秘書的な眷属神の秘書子さんが無感情で冷静な声でそう言う。
いやいや、この人、必死に起こそうとしてないでしょ?
「神界は精神世界のようなもので物理的な干渉はないので、必死にお声がけしても、小声でお声がけしても結果は同じです」
秘書子さんがしれっとそんな事を言う。
いやいや、そういう話じゃないんだけどな。
まあ、秘書子さんとしょうもない話をしたおかげでイラっともしたが、冷静にもなれた。
クマも俺に無視されて干し肉に集中できたのか、干し肉が入った籠を吊るしてあるヤシの木を揺すったり、籠を落とす方法を探ったりしているようだ。
このまま逃げようか?
でも、このまま、海の方向に逃げたら、
せっかく、クマも干し肉に集中しているのだから下手に刺激はしたくないな。
このまま、睨み合って、時間稼ぎもありかと思ったが、時計を見ると熊と遭遇してからまだ7分しか経ってない。こんな調子で1時間にらみ合いで粘るのは難しいよな?
とりあえず、このまま、海まで逃げちゃって、キャンプとクマを迂回する様に海岸ぞいを北上、そこから西に森を横切り、
俺はそう考えると、クマに気づかれないように後退して南の海岸まで出るとそこから海岸沿いに逃げる。
落ち着いたところでマップを開き
俺の位置も確認せずにがむしゃらに俺を助けるために来た道をそのまま戻ってしまっているようだ。
俺は魔法で連絡を取ろうとするが反応がない。
もう一度呼びかけるが、反応も進む方向が変わる気配もない。
「マナが足りていませんね」
秘書子さんが冷静にそう言う。
マジか?
俺は慌てて、現在の位置からだと西にある森に駆け足で飛び込む。急いで合流しないと今度は、
俺の判断ミスを悔やみ、MP切れを怨みながら、ひたすら走る。マップを開き、2人との合流ポイントを予測しながら全力疾走する。
これで、
俺は息が上がるのを気にせずに走る。この後、クマと戦う事も計算に入れず、ひたすら走る。間に合わない事が恥であり、命を懸けてでも二人を守らなければいけない。打算や計算など考えない。とにかく、俺の判断ミスを、汚名を返上する為だけに無我夢中で走る。後のことはどうでもいい。間に合う事だけを考えて。
そして、
「
「
俺はそう叫び、何も考えずに、黒い塊に向かって走る。
もう、自分の息が上がっているのか、疲れているのか、分らない。何も考えられない。がむしゃらに走り、体の感覚がマヒし、脳に血が回らない。頭の中に、何かおかしな脳内物質が分泌され、ただ、2人を守りたい。それだけ、その意志だけでクマに飛び掛かる。
「えっ? きゃぁ!!」
「
「くそっ、どうにでもなれ」
俺はそう叫ぶと、そのままの勢いで木の槍をクマに真っ直ぐ構えると、走る勢いと全体重をかけてクマの脇腹に槍を突きさす。
「グアアアアッ!!」
クマが痛みに吠える。
そして、
「ああ、俺、死んだな」
俺は心の中でそうつぶやき、俺に向けて振り下ろされたクマの手がスローモーションに見えて、ゆっくりと近づいてくる。だが、体は動かない。時間だけがゆっくり進んでいる。これが死の瞬間なのか?
「緊急スキル、『獣化解放』を使用します」
突然頭の中に響く、秘書子さんの声。
そして急に鮮明になる俺の意識。脳の中に熱い血潮がどくどくと流れる感触を感じる。その感覚が徐々に体中に広がっていく。そして熱くなる全身。
そして、スローモーションで進んでいた世界と俺の意識、そして俺の体がリンクする。
俺は、クマの脇腹に刺さった槍を手放しそのまま、姿勢を落とし、四つん這いの姿勢に。そして、本能のままに、脳みそに「そうしろ」と言われたように姿勢を落とし、四肢を踏ん張り、力を貯めると、クマの爪が迫ってくる右側とは反対、大きく左後ろに飛び跳ねる。
「えっ?」
俺はその視界の変化に驚く。
というより俺があり得ないくらいのスピードで、ありえないくらいの距離を飛び跳ね、クマの攻撃を紙一重で避けたのだ。
何が起きたのか分からない。
だが、このままではいけない。クマの一撃を躱した今、反撃のチャンスでもある。
俺は姿勢を低くして、再度飛び掛かる、いや、飛び掛かろうとした瞬間、
「
そして、
そして、
「君、ちょっとこれ借りるわよ」
その人影は
「いくわよ」
人影はそう言うと、迷いもなくクマの腕の下に潜り込み、
「術式開始。メスで外皮を切開、肋骨12本目を回避しつつ、カテーテル、腹膜、横隔膜も貫通、左肺下葉を貫通、上葉まで到達」
その人影は独り言を言うようにぶつぶつと言いながら、木の槍を綺麗にクマの横腹に突き刺し、深々と沈める。
「カテーテルを3分の1後退、侵入角度を25度下方に修正、再挿入開始」
人影はそうつぶやき、木の槍を綺麗に半分ほど引き抜くと、角度を変えて、再度クマの横腹から押し込む。押し込むというより吸い込まれるように綺麗に流れるように木の槍が進む。
「カテーテル、心臓に到達、左心室を貫通、中膜も貫通、三尖弁を経由して、右心房も貫通。緊急オペ終了」
人影がそう呟き、木の槍を思い切り引き抜き、クマから距離を置く。
クマも何が起きたのか分からないようで、左脇に開いた穴を認識し、痛みを感じ、そして木の槍を差し込んでその穴を作った張本人を目視で認識したところで、その穴から、どぼどぼ、と赤い液体をたれ流し、右手を振り上げたところで、その行為が無駄であることに気づき、気づいた時にはクマは意識を失い、そして絶命した。
「クマの左肺が2つに分かれているか知らないけどね」
人影はよく分からない捨て台詞を吐いて、戦闘の終了を告げる。
ズシン、
と重い音を立てて倒れるクマ。俺も何が起きたのか分からない。ただ、懐かしい気持ちと安心感が沸き上がる。この口調、声、おかしな台詞。多分あの人だ。
「久しぶり、
そう言って俺に笑いかける女性。
「
俺に変わって
「
そう、この人は
「久しぶりだね、
俺はそう言ってなるべく体を見ないように、
「ありゃりゃ、なんで裸? というか、みんなもほとんど裸みたいなもんか」
そう、この人はそうだった。なんか浮世離れしているというか、医学、特に骨と内臓と筋肉以外にあまり興味がない、変わった女性、いや、ダメな女性だったな。
確か、
「合気道は人間の骨や関節を理解するには最高の武道ね」
とか訳の分からないことを言っていた記憶がある。
俺はそれを思い出し、呆れるように、はあ、とため息を吐くと
それにしても見事な体だった。大人の女性の魅力? 確か、俺の家庭教師をしてくれた最後の年が医大3年生だったはずだから、今は6年生で23歳か24歳ってところかな?
俺は
「もう、りゅう君、エッチな顔しないの」
「ふふっ、嫉妬かな? そして、この子が
麗美さんが
そう、この女性は、俺のすべてを知っている。俺が中学校2~3年の時に、
そして、俺にとって、この人は初めての女性だった。
たぶん、大人の女性が、恋する子供をからかうつもりで俺に接していたんだろう。俺も思春期で色々興味もあったし、
俺は
次話に続く。
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