第1話

   

 会社から帰宅すると、途中で買った弁当をテーブルに広げて、テレビのスイッチを入れる。適当な番組を見ながら一人で食事するのが、俺の日課になっていた。

 ただし今日は、いつもより仕事が早く終わった分、画面に流れていたのは見慣れない番組だ。いわゆる歌番組というやつらしい。

 俺は流行歌のたぐいには疎く、興味もなかった。高校までは音楽全般に関心がなかったが、大学では合唱サークルに入ったため、クラシック音楽を聴くようになっていた。

 ただし、歌うために聴くだけであり、音楽鑑賞そのものを楽しんでいたわけではないのだろう。就職して合唱活動から足を洗った今、昔買ったCDは、全て押し入れの奥で眠っていた。

 そんな俺だから、歌番組なんて、いつもならばすぐにチャンネルを変えてしまうのだが……。


「たまには悪くないな、こういうのも」

 なんだか懐かしい気分になり、自然に頬が緩む。

 テレビから流れていたのは、ト長調の宗教曲を思わせるような、明るく美しい旋律だった。俺が好きだった、シャープひとつの調性だ。

 ちょうど間奏の部分だったらしい。それが終わって、歌声が聞こえ始めたところで、俺はハッとする。

「この声……! まるで、よこりゅう先輩みたいだ!」

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る