コーラの価値

白井

コーラの値段

 汗で濡れたシャツが肌に張り付いている。ベタな表現だが実際そうだった。水を一本飲み干したのだが、また喉が渇いている。きっと、少しずつ飲まなかったせいだろう。

 次はコーラでも買おうかと、小銭の入ったポケットに手を突っ込んだ。足りるだろうか。握った小銭を確認してみる。百五十円。足りるな。

 道を歩いていると、自販機を見つけた。さながら砂漠のオアシスだ。暑いので余計にそう感じる。持っていた水が入っていたペットボトルをゴミ箱に捨てた。その時、どこからか視線を感じて一度あたりを見回した。視力が悪いのでよく見えなかった。それに、気のせいかもしれない。

 コーラを買おうとして、自販機に顔を近づけた。百六十円。これでは足りない。他のジュースを見てみる。缶コーラは安かったが、少しずつ飲むには適さない。炭酸が抜けてしまうだろうし、何しろポケットには入れられない。こぼれてしまうからだ。はて困ったと頭を悩ましていると、次第に頭がクリアになってきた。冷えていないかもしれないが、スーパーで買えばいいのではないか。そしたら半額くらいで買えるだろう。

 小銭を鳴らしながら、この場所から一番近くにあったスーパーに立ち寄った。コーラがあるコーナーに顔を近づけてみる。百円。十分買える値段だった。

 これ幸いと喜び勇んでそれを掴み、レジに向かった。


 店を出る。しばらく店の外にある公園のベンチに座っていた。暑さはまだ存在感を放っていた。キンキンに冷えたコーラが飲みたかったが、このぬるめのコーラで我慢することにする。飲めば上手いのだからそれにこしたことはない。

 そろそろ帰るか、と立ち上がり、飲みながら道を歩いていると、前方から子供が歩いてきた。こちらの視線に気づくと、その子は顔を伏せてしまった。そのままこちらに近づいてくる。やっと誰なのかわかった。何も言わずに脇をすり抜けるのはなんだったので、無理やり笑顔を張り付かせたまま、話しかけた。

「こんにちは、須藤くん。散歩かい?」

 彼はこちらに目線を向けた。立ち止まる。立ち止まってくれて嬉しい。

「コンビニ」彼は言った。

「ああ、あそこか。店の名前が、なんだったか忘れたが」

 視界の先に見える、ほかでは聞いたことがない名前のコンビニを指差した。看板が立っているのだが視力が悪くて読めない。中身は普通のコンビニと一緒で、弁当も売っているし、おにぎりもカップ麺も飲み物も売っている。

「何を買ったんだ?」きいてみる。

 見るからに何も持っていない。ポケットのあたりに目をやるが、何も入っていなさそうに見えた。あるとしても小銭くらいだろう。

「いや、姉が水筒忘れていったから、届けにいった」

「ああ、そうなんだ。こちらは散歩だよ」

「あまり、外には出ないほうがいい。最近危ないから」

「そうだね、用心するよ」

 彼は視線をずらした。こちらの手元にあるコーラを見つめてくる。まるでよこせと言われたような気がして、思わず持っていたコーラを差し出そうとしてしまった。だが、

「いや、いらないが、それ、さっき僕も自販機で買おうとしたんだけど、高くて買えなかったんだよ。コンビニなら安いかなと思ったら、百五十二円だった。金が足りなかった。それでさっき、万引きしたところを見つかっちまった」

 彼が淡々ととんでもないことを言うので、驚いてしまった。

「一瞬、人生が終わったと思ったよ。でも、姉だったんだ、その店員。それで何もなかったことになって、でもこっぴどく怒られて、それからコンビニから出てきたら君に。驚いたよ、コンビニに入る前、家からこちらに来るとき、君が自販機で買おうとして諦めているところ、遠くから見ていたんだ。それなのに、コーラを持っているからどうしてなのかと思って」

「スーパーで買ったから」

「ああ、スーパー。当然そうだよな、でも、思いつかなかったよ。ばかだな、僕。くそ、僕もそうすればよかった。最悪だ」彼は目を潤ませる。「お小遣い、なくなるかもしれない」

「大丈夫、きっと許してくれるって。それに全てはこの天気のせいだよ」

「天気?」

「そう、全てはこの暑苦しい天気のせい」彼にそう言った。「全部そいつのせいだ」

 彼と自分は天を見上げる。少しは曇ってほしい、そう思った。

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コーラの価値 白井 @takuworld10

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