留学ホリッカーズ -アメリカン・アンダードッグス・スロッピー・マッシュドポテト -

蒔田龍人

プロローグ

 パンパンと乾いた銃声が、闇夜の街に木霊こだまする。

 クッ……。

 夜露に覆われてアスファルトを黒く染めた大手スーパーマーケットの駐車場は、さすがに夜中ともなると人も車も姿はなく、昼間の喧騒がウソのように不気味なほどの静寂に包まれているせいからなのか、22口径から2回放たれた爆竹のように軽く爆ぜた音でさえ、視界の向こうに広がっているサンペドロ港にまで響き渡っていくかのように、微かなエコーが深海の世界を漂いながら、奥へ奥へと続いていく。

 その一方で、夜露に覆われたトヨタカムリの運転席側ウインドウを全開にしたまま、ハンドルを枕に少年がうずくまっていた。

「やべ……ホントに……撃たれた……」

 両手で左脇腹を押さえながらそんな声を絞り上げているその姿に、助手席から目をやったまま凍りつくだけで何をどうすることもできない自分にハッと気が付き、舞い上あがる白煙の向こうでリアタイヤをスピンさせながら姿を消していくダッヂに愕然としたその顔をいったんやってから、隣のシートでうずくまっている背中に恐る恐る手を添えてみると、その手のひらが荒波のように同じテンポで大きく前後に揺れている。

「だ……だいじょうぶ?」

 大丈夫なわけがないのは自分でも分かりきっているくせに、こんな言葉しか出てこない。背中に手を添えている自分の指先がおそろしく冷たく感じているのは、ただ寒いだけではないような気がする。

「す……すんげぇイテェよ……気絶しそう……」

 ハンドルに頭を預けたまま動かない背中の向こうからくぐもった小さな唸り声だけが漏れ聞こえてくるのを、助手席から身を乗り出してなんとか聞き留めた。

 気絶しそうなくらい、イタイ?

 どうしよう……。

「も、もうちょっとだけ我慢してて……」

 そう言ってはみたものの、いったい何を我慢していてほしいのか。

 痛いのを?

 死ぬのを?

 どうすればいい……。

 頭の中が急回転しているくせに、そのくせにこんな時の対処の方法だけが何も浮かんでこない。

 そんな自分に対してあまりの口惜しさと情けなさでただただ奥歯を強く噛み締めている、その時だった。

「キュー、イチ……イチ……」

 ふさぎ込んだままの背中から絞り出すかのような囁きを耳にしてハッとした。

 そうだ! こんなときは911に電話をするんだった! エマージェンシーコールをかけるんだった!

 そうしてジーンズの尻ポケットへ手を回してみると、冷たくなったその指先が小刻みに震えて思うように携帯電話を抜き出せない。

 くっそ!

 そんな、余りの小心者さに辟易しながら、自分で自分にイラついた。

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