第24話 お泊まり会

 家に地雷ちゃんがいる。

 しかも本当に一晩泊まるのか、ちょっとした荷物を持って。

 さっき月乃が地雷ちゃんの家に遊びに行ったばかりなのに、帰ってきたと思ったら……。



「ちょちょちょ、ちょっと……! あ、地雷ちゃんは居間で待ってて……!」

「あ、はい」



 月乃の手を引いて洗面所に入ると、内側から鍵を閉めて月乃の詰め寄る。

 なのに月乃ときたら、きょとんとしてるし。

 くそ、顔がいい……!



「な、な、なんでッ、なんで家に呼んだ……!?」

「え、お泊まりのため?」

「ちげーよ、そうじゃねーよ……!」



 小声で絶叫するけど、俺の焦りは伝わってないようで、のほほんと聞いている。



「まあまあ、気にしすぎ気にしすぎ。牛乳飲んだ?」

「このイライラはカルシウム不足のせいではない」



 こいつ、ことの重要性がわかってないのか?

 頭痛を覚えてこめかみを抑える。

 泊まるって、そういうことだよな。日付またいで、明日までいるってことだよな。

 ……ダメだろう。ダメすぎる。

 ここはしっかり言い聞かせないと──



「明義」

「ほべ」



 月乃が俺の両頬を掴んできた。

 そのせいで変な声が……恥ずかしい。

 真っ直ぐな眼差しで、俺を見つめる月乃。

 悪ふざけとかいたずらを考えている感じではない。

 ただただ、真剣だ。



「明義は、ボクのことを思ってダメって言ってくれてるんでしょ?」

「……そうだ。もしこれで何かあったら──」

「ボクは」



 月乃が、力強い声で被せてきた。

 思わず押し黙ってしまい、次の言葉が出せない。



「……ボクはこれで何があっても、誰も恨まない。ボクが決めて……いや、ボクたちが決めたことだから」



 ボクたち、、

 つまり、他のみんなと一緒に決めたってこと、か。

 メッセージとかノートとかでやり取りをしたんだろうか。



「でもね。もしこれからの人生、このことを秘密にしたまま地雷ちゃんと友達でいると……ボクはボクのことを恨むと思う。どのタイミングでも言いづらくなって、ずっと地雷ちゃんを騙し続けることになる。なら、今伝えるしかないでしょ?」

「そ……れは……」



 反論できなかった。

 いや、しようと思えばできる。頭ごなしに、とにかく反対すればいい。

 でもそんなことをしたら、俺と月乃の関係にヒビが入る。

 それは……ダメだ。考えたくもない。



「それに、地雷ちゃんならボクの体質のことを知っても、誰にも言わないと思うよ」

「どうしてそう言える?」

「乙女の勘ってことで」



 なんじゃそりゃ。



「……わかった。けど、日付をまたぐ時は俺も一緒にいるからな」

「! ありがとう、明義。愛してるぜ」



 チュッ。

 去り際にキスされた。すげーナチュラルに。

 あいつが男だったら、めっちゃモテてただろうな。

 洗面所から居間に行くと、月乃が地雷ちゃんに抱きついていた。



「許可貰った! 思う存分遊ぼう!」

「ええ、もちろん。……でも、まさか月乃が、虹谷の家に居候してるなんて思わなかったわ」



 あ、そういう説明をしてるんだな。

 間違いではないから、訂正しないけど。

 俺は肩を竦めると、2人を置いてキッチンに立った。

 となると、今日の夕飯は3人分か。

 冷蔵庫の中を確認する。この材料なら、ハンバーグが作れるか。

 準備を始めると、さっきまで転がっていた2人がこっちへやってきた。



「虹谷って料理できるの?」

「まあな。基本家のことは、俺がやってる。父さんと母さんは家にいないことの方が多いから」

「へぇ……月乃は?」

「食べる専門!」

「だろうと思った」

「にゃにをう!」



 月乃が地雷ちゃんの頬をムニムニする。

 地雷も負けじとムニムニして対抗する。

 あの、イチャつくのはいいけど、ここでは止めてくれ。邪魔すぎる。


 切った材料や調味料をボウルに入れていき、混ぜ合わせる。

 俺が作るのは基本的なハンバーグで、特に面白みもないが、安定して美味いのが売りだ。

 まあ、いくつかはチーズを入れて、チーズインハンバーグにしようとは思ってるけど。



「おぉ……! もう美味そう……!」

「ホントね」

「因みに地雷ちゃんは料理できる?」

「主食は菓子パンよ」

「あ……」

「察したような顔するんじゃないわよっ」



 イチャイチャ、ぐにぐに、うにうに。

 だーもう! 邪魔!



「飯できたら呼ぶから、風呂入ってきなさい!」

「あーい。にへ、怒られた」

「お、怒らなくてもいいじゃない」

「やかましいわ」



 あと別に怒ってませんから。普通です。通常です。

 2人がキッチンから出ていくのを見送り、肩の力を抜いた。

 ……冷静に考えると、地雷ちゃんって俺のクラスメイトなんだよな。しかも身なりを整えたら、飛び切りの美少女。

 月乃の友達とはいえ、クラスメイトが家に泊まるこの状況……別の意味で緊張する。


 い、いかん。こんな煩悩まみれでどうする。

 無心だ。無心で料理を作るんだ。

 無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心……。


 無心で作り続けた結果、ハンバーグだけじゃなく大量のポテトサラダ。マカロニグラタン。コンソメスープまで作ってしまい、テーブルの上が手狭になった。



「多っ!」

「明義、張り切りすぎ」

「すみません……」



 何も言い返せず、とりあえず謝罪だけした。

 俺、意外とこういうストレスに弱いんだな。新しい自分を発見した気分。

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