これでうまくいく?

 朝から忙しかった。

綾は出版社に持って行くものを準備していた。そして、俊介がちゃんと髪の毛をカットしているか見に行った。ビューティサロンRinを覗くと並木がハサミを握っていた。綾に気付くと親指を立ててサインを送ってきた。

着物の反物はMOTOKIが持って行く。あと、まなみさんの陶器も2点持った。それと『凛』のカタログも忘れなかった。(これでアピールは大丈夫・・・)


14時、出版社の会議室に全員が集合した。出版社側からは5名が出席してくれた。

大門がこの会議を仕切っている。

「綾さん、そろそろ始めてもいいですか。」

「はいお願いいたします。」

「では皆さん、これから作家 並木 俊介氏に関する会議を始めます。先ずはこの企画をご提案いただいた綾さんからご挨拶いただき、その後私の方から企画趣旨説明をさせていただきます。また、大人数ですので、自己紹介はその都度お願いします。では、綾さんよろしくお願いします。」

「綾でございます。この度はこの作家 並木 俊介の為に多くの方にお骨折りいただき感謝いたします。並木は10年前に〇〇新人賞を受賞しましたが最近は筆が止まっている状況です。ただ、彼にはまだ表には出ていない魅力と才能があると確信しております。そこで皆さまのお力をお借りしてその魅力と才能を表に出していただきたいと思います。何卒よろしくお願いいたします。」

綾は深々と頭を下げた。同時に綾側の全員が立ち上がり頭を下げた。


「では早速ですが私の方から企画の説明をさせていただきます。」

大門が立ち上がり、大きなスクリーンの前で説明を始めた。

「前回のご説明時にこの5つの内容をご提案いたしました。この内容に変更はないのですが、順番を入れ替えています。それをご説明いたします。」

1. 並木さんの短編小説を連載。

2. 西伊豆を紹介する並木さんのスケッチと素敵な文章を編集ページで掲載。

3. 並木さんのインタビュー記事を掲載。

4. タイアップ広告掲載。

5. 短編小説を文庫本で発売。

「まず、並木さんの連載小説からスタートします。昨日お送りいただいた物を拝読いたしました。ストーリーは凝ったものではありませんが、何といても景色や人の感情の表現が良い。読み始めて直ぐに引き込まれました。今までの並木さんの小説とは一線を画すものです。この小説を雑誌で3ヶ月掲載にします。第1回には簡単な並木さんのプロフィールとお洋服での後ろ45度くらいのお写真を入れたいと思います。ここではあえて洋服です。そして読者に“この並木 俊介”ってどんな人だろうと思わせます。

 次の号では、西伊豆の紹介ページを並木さんのスケッチと共に編集ページを掲載します。これはその次の号迄の2回連載企画です。小説の中身と連動したいと思っています。そう、西伊豆観光協会にも連絡してありますのでご心配はいりません。

その次の号では、インタビュー記事を掲載します。ここで初めて並木さんの顔が出ます。着物と服、両方の写真を入れようと思います。そしてこの号でタイアップ広告が入ります。

ここまでが前回までの内容を入れ替えたものです。4月末発売の6月号から6月末発売の8月号の3ヶ月で予定していますが、少し問題があります。今もう3月末ですので4月号や次のタイアップの編集がギリギリです。急ぎ撮影等をしなくてはいけませんがご対応いただけますでしょうか。」

綾は着物の進行が不安だったのでマークの顔を見た。マークはにっこり笑ってOKとサインをくれた。

「はいわかりました。スケジュールを頂けましたらすぐに対応いたします。」

「よかった。着物が特に心配でしたので。」

「ご心配ありがとうございます。実は着物の素材を変更いたしました。ご覧ください。」

MOTOKIがテーブルの上に反物を置き、スルスルと反物を転がした。

「これは前に見せていただいた物とは違いますね。」

大門はすぐに違いが分かった。

「大門さんそのとおりです。京都の若手着物作家とコラボすることにいたしましたので、よりアピールできると思います。後でご説明しようと思っていたのですが、この着物作家と、もうひとり陶芸家をご紹介します。この2名もいずれ雑誌で掲載していただければと思います。その為に、タイアップ広告だけでなく純広も数ヶ月申し込みさせていただきたいと思います。」

綾はそう言ってまなみの陶芸もテーブルの上に出した。

「この陶芸家は、葵 まなみと言います。並木の恋人です。」

一同がざわついた。

「その為、発表時期等は難しいと思いますが、彼女も才能にあふれた人間です。是非よろしくお願いします。」

「これで当分紙面はざわつきますね。綾さん助かります。有難う。」

大門は綾に頭を下げた。

「いえ、皆さまのおかげです。タイアップでは大嶋社長にも助けていただいていますから。」

「綾さん、僕は助けているつもりはないですよ。僕にとっても利かあると思っているのでやっています。あくまでもWin-Winの関係ですよ。」

大嶋の気持ちがうれしかった。


「では、企画内容に戻ります。インタビューですが、3Pを予定しています。こちらのスケジュールと内容についても直ぐにご連絡いたします。ちなみにインタビュアーは僕が努めます。そして、肝心の単行本の発売に関してですが、これは木村からご説明させていただきます。」

「書籍部の木村です。私も昨日新しい小説を拝読いたしました。大門も言っていましたが今までのとは一線を画しており女性受けするものです。この3ヶ月の雑誌掲載を終えた後、出版いたします。それと、もう一冊。西伊豆のガイドブックのようなものも考えています。ただのガイドではなく、俊介さんのこの場所への思い入れ等を入れて、読み物としても面白いものにしたいのです。この発売時期は今思案中ですので後日ご連絡いたします。」

「ああ、木村さんありがとうございます。小説が彼の本業ですので出版はありがたいです。」

「そうそう、並木さん次の小説もお願いしますね。今後僕が担当編集になりますので、よろしくお願いします。」


 今まで何も語らずに聞いていた俊介が答えた。

「・・・並木 俊介です。皆さんありがとうございます。なんだか僕の・・・自分のことではないみたいです。・・・でも現実ですから精一杯やらせていただきます。よろしくお願いいたします。」

「木村さん、並木さんはいずれ西伊豆に移住されます。あなたも行かれるときは『静香』お使いくださいね。こちらで手配させていただきますので。」

「西伊豆に移住ですか、うらやましい。是非伺います。」


 打ち合わせが終了した。綾が最後に挨拶をした。

「みなさんありがとうございます。想定以上のもので感謝しております。あとは皆さんにお願いするしかありません。どうぞよろしくお願いいたします。」


打ち合わせの後、綾と巧は大門とカメラマンと打ち合わせをした。雑誌に掲載する写真の肖像権と使用権に関してだ。

また、マークとMOTOKIは雑誌編集の女性たちに捕まっていた。2人とも『凛』ブランドのアピールに余念がなかった。

当の俊介は担当編集の木村さんと次の小説についての打ち合わせを始めていた。

みんなが軌道に乗った。



 俊介の小説が掲載される雑誌の発売が始まった。直ぐにSNS上で反響が起き、日々増していった。3ヶ月後には俊介は時の人だった。これで一応の契約は終了する。でもいつものことながら綾はこの依頼人を一生フォローしていく。

 着物の反響も良かった。俊介さんは勿論のことMOTOKIも人気者になり雑誌のインタビュー依頼が多く寄せられた。また、マークがロスのカメラマン ルイに半分遊びで着物をプレゼントした。するとルイはそれを大いに喜び、自分で着てSNSに載せてくれた。すると瞬く間に話題となり、なんとロスからも注文が入った。

 俊介とまなみも順調だった。俊介はまなみの工房の近くに家を構えた。そこで二人で暮らすという。彼らからは結婚式はしないとの連絡があった。しかし綾は『静香』でお祝いをしようと計画を立てている。



 綾はTransformerにいた。カウンターに座り巧を眺めている。

お客はもう居なかった。

「綾さん、何か飲みますか?」

「生ライムある?」

「勿論ありますよ。」

「なら、ジンリッキーお願い。」

「はい、わかりました。 あの、綾さん。聞きたいことがあるんです。」

「なあに?」

「俊介さんが宿に戻らなかったとき、何で怒らなかったのですか? KAZUKIの時はあんなに荒れたのに。」

「えー、だってKAZUKIの時はとにかく私の言うことを全部聞けって言ったけど、俊介さんの時は自由に過ごしてくださいって言ったでしょ。ぜーんぜーんちがうじゃない。」

「あの二人は何が違うのですかね。」

「KAZUKIは甘ちゃんだった。実力もないのにプライドだけ高くて、とにかく性格から直さないといけないから押さえつけた。でも俊介さんはもともといいものを持っていた。でもその出し方がわからなくなっちゃっただけだったから、のーんびりしてそれから軌道修正すればいいと思っていての。そしたらそこにおあつらえ向きのいやしができちゃったってことよ。」

「言われればそうですね。でも綾さんはどうして人のことを見抜けるのですか?」

「うーん、良く見て観察するってことなんだけど、私イギリスに6年行ってたでしょ。まだ高校生の時から。向こうに行ったら私は外国人。言葉も習慣も慣れないことばかり。ホストファミリーの顔色ばかり見ていたの。そうしたら表と裏が見えるようになってきたの。言葉と本心は違うんだってね。だからあの6年が私の見る目を育てたのかもね。」

「そうだったのですね。」

「巧だって家に引き取られて、初めは居心地悪かったでしょ。」

「俊さんが同い年で学校は違いましたけど、毎日遊んでくれて、寂しくなかったですよ。」

「そうね、私はイギリス、そして肇はアメリカ。俊しかいなかったのよね。」

「そうです。俊さんは日本に居たいと言って外語大に入られました。僕は国立狙いで東大に入れました。」

「巧は勉強熱心だったものね。」

「3人には負けられないという思いでした。でも皆さんと分け隔てなく育てていただけたのにはほんと感謝しています。」

「そっか、ならよかった。父も早くに引退して今はオーストラリアでのんびり過ごしているわ。母も元気よ。動けるうちに移住したいって言いだした時は驚いたけどね。」

「うらやましい限りです。」

「ねー巧~どっか行こうか? 」

「旅行ですか? 」

「そう。どっか・・・行きたいところある? 」

「そうですね・・・海外かな。まだ二人で行ったことない・・・」

「海外? 」

「ベタですけどハワイでもいいですよ。」

「なんで海外なの? 」

「・・・ずっと綾さんと居られれば・・・どこでもいいですけど。」

「フフフ、ベタベタしたいんでしょ。海外なら人の目も気にならないからね。巧ったらかわいい。」

綾は巧の顔を寄せてキスをした。

「じゃあ巧の部屋でハワイ旅行の計画経てようか。」

「綾さん5分待ってください。」

「待てないわよ~」

2人は巧の部屋に消えていった。

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