授業中 \シカ娘! キューティーレーシング!/ とスマホが鳴り響いてしまいオタ迫害されると思ったら、クラスのギャルと急接近したんだけど。

和三盆

第1話「言うなれば鹿の中で最速を誇るミュールジカ」

「 \シカ娘! キューティーレーシング!/ 」


 授業中、静かな教室に青天の霹靂!!!!


 ざわつき始めるクラスメイトたち。



「今の誰だ」



 柔道部の顧問も務めるゴリ先の野太い声に、教室中の視線が僕に集まる。そして導かれるように迫る重い足音。



「没収だ」


「……はい」



 クスクスと周囲からの笑い声。さらば我がスマホ。きっとゴリ先の握力で粉々だ。


 いや、粉々なのは僕の青春。終わった。さらばバラ色の高校生活。

 まぁバラ色なんかではなかったが、少なくとも目立たず静かにオタ活を楽しめていた……でも見てろ、次の休み時間にはオタ迫害だ。明日には椅子と机が教室の窓から放り投げられ「おめーのせきねーです」ってな。



「お前、さっきのマジかよ」


「なに? トレーナーなの? 授業中鳴らすとかマジで引くだけどぉ」


「だっさ。これだからオタクは。どうせ休み時間に画面触ってニヤニヤしてんだろ」


「キモスマホご愁傷さま~」



 休み時間、早速クラスのカースト最上位グループ男女四人に囲まれ、小鹿のように震える僕。スマホを破壊された上に学生生活すらも破壊されるとは。

 神も仏も無いのか? 鹿は神の遣いじゃなかったのか?



「ほっときなよ」



 投げかけられる声に皆が視線を向ければ、僕を囲むグループのリーダー的な位置づけのギャルが、視線をよそに不機嫌そうな顔をしていた。


 校則ギリギリアウトの明るい髪色に、着崩した制服。化粧ののったパッチリとした顔。そして校則違反もののけしからん胸。

 いの一番に僕を迫害すると思われた彼女から出た意外な言葉に、グループメンバーはその顔に疑問を浮かべていた。



「オタがオタクっぽいゲームしてて、普通すぎでしょ」



 確かにと同意する子分格の四人。彼女の不機嫌顔は印籠か何かなのだろう。


 でもこの時彼女の顔が少し赤く、照れているかのように見えた。

 頭の中でそんな訳あるまいと否定するけど、その理由はじきに知ることになる。



 ◇ ◇ ◇



「ねぇオタク」



 放課後の静かな教室、ゴリ先の少し長い説教を終えた僕は、音を消したスマホでゲームの推しキャラの頭を撫でていた。

 可愛らしい反応。半日会えなかったことがどれだけ辛かったか。あ、デイリーミッションこなさねば。



「ねぇオタクってば!」


「ヒィッ!」



 すっかり推しを愛でることに集中していた僕は、突然かけられた声におどろいてナチュラルにモブ声が出てしまった。



「リアクション、いちいちオタクくさいなー」



 そこにいたのは、例のリーダーギャル。

 なんだ、この誰もいない放課後、わざわざ声をかけてくるとは……まさかカツアゲ!



「あのさ」


「はいっ!」


「いや、怯えすぎでしょ」



 なにを言うか。この状況で怯えない理由があったら教えて欲しい。



「午前中の授業中」


「オタクくさくてすみません」


「そうじゃないって。なんていうか、ほら、これ」



 そういって取り出したスマホを見せつけてくる。

 ギャルのスマホなんて興味は……あ、僕のよりひとつ新しい機種じゃん。うらやましい!



「わかんないかなー、ほら」



 そういって揺らして見せる合皮のカラフルなストラップ。

 あることに気づいた僕は目を見開いた。だってそれは――



「シカ娘のリアルイベントで限定販売された、ホッグジカちゃんカラーストラップ!」



 赤茶と緑の特徴的な2色のカラーリングに、一件わからない小さなロゴのチャーム。見間違えようがない。なぜならば僕も持っているからだ。



「その、あたし……実はハマっててさ、シカ娘に」


「え? 嘘だろ?」


「嘘じゃないよ! ほら、見て」



 起動されたゲーム画面。それは間違いなくシカ娘のそれで、縦画面に収まるのはゲーム内人気キャラランキング8位、二つに結った髪が可愛いツンデレ気質のホッグジカちゃん。

 それも、最近のゲーム内イベントで結構頑張らねば手に入らない限定衣装。にわかではなく、結構やりこんでいるという証左だ。



「あんた、結構やってんの?」


「あ、はい、それなりに」



 ゲーム画面を見せる。そこに映っているのは、偶然にも彼女と同じホッグジカちゃん。ちなみに僕の方はメガネ装備だ。



「リスト見せてよ」


「あっ、はい」


「へー結構そろってるね。あ、プーズーちゃんの衣装出てんじゃん」


「これ、貯めてた石放出してもなかなか出なくて、最後小遣いで10連回したら出てくれて」


「まじか。あたし出なかったんだよねー。あ、動き可愛い!」



 リーダーギャルが、僕のスマホを手に画面をツンツンしている。

 自慢ではないが、こんなに女子と近づいたのは初めてだ。甘いいい匂いが……



「ねぇ、フレンド登録していいかな?」


「あっはい。どうぞ」


「なんで敬語?」


「いや、その、まさかこんな風に声かけてくれるとは思わなくて」



 というか、カースト最上位にいるギャルの彼女がシカ娘をやっているのが不思議すぎて。



「意外でしょ。シカ娘やってんの」


「うん、しかも結構ガチだし」


「こう見えて結構アニメ見ててさ、キュアプリとかフロカセとか、VTuberとかも見るよ」


「結構重度のオタクじゃん!」


「そ! 隠れオタク。結構大変なんだよ」



 普段の言動からは、まったくオタクには見えない。

 それはそうか。ギャルなのにオタクコンテンツを愛するなど、バレては立場が危うかろう。



「あのさ、よかったら連絡先も教えてくれない?」


「へ?」



 再び青天の霹靂。僕は今日何度雷に打たれればいいのか。



「はい、メッセージアプリ登録完了」


「鮮やかな手並み。言うなれば鹿の中で最速を誇るミュールジカ」


「ウケる。キミ、時々変な話し方するよね」


「恐縮至極」


「あ、ニホンジカちゃんの真似じゃん」



 なんだろう、この話が通じるという嬉しさ。これがオタク仲間というやつか。嬉しさのあまり心臓までドキドキしてきたぞ。不整脈か?



「そろそろ、あたし先帰るね。ほら、一緒にいるところ見られるとお互い都合悪いっしょ。じゃ!」



 そう言って太陽のような笑顔で、スマホを持ちながら手を振る彼女。

 ホッグジカちゃんのストラップのチャームが、校舎に差し込む夕日を反射しキラキラと輝いていた。



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