懸命に生きた君に
冴木さとし@低浮上
第1章 それぞれの出会い
第1話 東海林 楓にとっての最高の一冊
君が泣いていた。だから僕はあの日、初めて授業をサボって一緒に屋上にいた。そして僕に
「君は
と、そう言って君は微笑んだ。
この言葉に込めた君の想いを、この時の僕はまだ分かっていなかった。
明日がくるのが当たり前だったから。いつも通りの世界が、欠けてない世界が、いつも通りの日常が訪れることを本当に疑っていなかったのだから。
でも、それが当り前じゃないという事実に気づいた時には……。
◇
僕は
それに、僕はこの学校での生活に満足してる。なぜなら図書室の蔵書が充実しているからだ。本との出会いは僕の想像力と好奇心を刺激した。
あれやこれやと本を読んでは想像し考える。このお話の続きはどうなるだろう、と読み進める時間は学校の授業よりも遥かに楽しかった。
一人だけで思考を繰り返す時間と、そして一人でも満ち足りて安心できる場所は僕にとってはこの有海那須高校の図書室だったという訳だ。
チャイムが鳴り窓の外を見てみると暗くなっていた。「閉めますよー」との声を聞いて、続きが読みたかったなと思いながら僕は図書室からでる。
あれだけ人で
「いった~い。ごめん、大丈夫?」
頭をぶつけたのか、女の子は手で自分の頭をさすりながら聞いてきた。
「ん、大丈夫。これくらい、君こそ大丈夫?」
倒れてしまった女の子の様子を見ながら答えた。すると女の子はまじまじと僕の顔を見て
「あれ? 五十嵐君じゃん。こんな時間に何してるの? 私は
東海林さんと名乗る女の子は不思議そうな顔をして僕を見ていた。そう言われ僕は女の子を改めて見た。ストレートの肩まで伸ばした黒髪に黒い瞳で白い肌のかわいい顔した女の子だった。制服姿の陽気そうな印象の東海林さんを、廊下の明かりが照らし出す。
「君こそ、こんな時間にどうしたの?」
2年生になりクラス替えがあったばかりで、顔と名前が一致しない女の子に、僕は思わず聞き返してしまっていた。
「部活だよ~。それと君じゃなくて『しょ・う・じ』だから、覚えてね!」
東海林さんはいたずらっぽく笑った。僕は東海林さんが気を悪くしてないことに安心する。
「ごめん。クラス替えがあったばかりで、顔と名前がまだ一致しないんだ」
僕は正直に謝った。んふふーと小悪魔な笑みを浮かべ
「もう……私の名前、覚えてくれたよね? 忘れたら許さないんだからね?」
「うん、ばっちり覚えました」
「よろしい。で、五十嵐君は何してるの?」
最初の質問を忘れてはいなかったようだ。
「図書室で本読んでて、その帰り道」
「図書室!? ほぇ~。五十嵐君は博識だねぇ」
東海林さんは目を丸くして問いかけてきた。そして
「本読んで、何が楽しいの?」
僕が何もできずに立ち尽くしてしまうくらい剛速球でストレートに聞いてきた。まぁ、そういう人の方が多いかなぁと思いながら
「物語の先で何が起こるかを、あれこれ想像して読むのが楽しいんだ」
「ふーん。そういうものなのね。じゃぁ今度、これは絶対お勧めっていう本を教えてよ!」
明るく答えて、ぐいぐいくる東海林さんに本当に僕は戸惑いつつも
「う、うん。じゃぁ、今度お勧めを紹介するよ」
「絶対だよ? 忘れてたら名前のとき以上に怒っちゃうんだからね!?」
「
「難しい言葉使うね? 本読んでるせい?」
「い、いやそういう訳でもないと思うんだけど」
しどろもどろになりつつ答える僕は、完全に東海林さんのペースに乗せられていた。
「そうね、私は面白い本も読みたいけど、こういうのいいなぁって思える感じの物語も読みたいのよね」
「ハイ、ぜん……いや、頑張ります」
善処します、と言いそうになったのを慌てて言い直した。そんな僕の困った顔をみて
「素直でよろしい。んふふ」
東海林さんは小悪魔な笑みを浮かべる。これはドSってやつですかね、と内心ため息をつきつつ思う僕だった。
「最高の一冊、お願いね!」
そう言って走り去ってしまった。『廊下は走らないこと』という貼り紙が風に吹かれて揺れていた。
無茶ぶりされたとはいえ、最高の一冊を選ぶ。これはなかなかにエキサイティングだ。理不尽だとは思うけれど、今までどれだけ読んできたか分からない本の中からコレ! という物語を一つ選ぶ。しかも女の子にお勧めする一冊だ。
僕は本の内容を思い出し考える。言葉の一つ一つに思いを巡らせ登場人物の想いを自由に想像する。
自由に発想することの楽しみを感じたのは、漫画、小説、ゲームの物語を読んで感動してからだ。本には語られていない物語の世界を考えたこともあった。
その中からたった一冊だ。難しいなぁと僕は思った。甲乙つけがたい物語たちは多い。良いか悪いかなんてそれこそ「人による」としか言いようがない。でも僕が面白いと思う物語か。迷った末に一冊の本を手に取る。そしてこれを明日、東海林さんに渡そうと思ったのだ。
◇
翌日、僕は登校途中うしろから声をかけられ頭をポンと軽く叩かれた。
「よっ! 最高の一冊は決まったかい? 私は楽しみにしてたんだよ~?」と言って東海林さんが現れた。
僕は今まで読んできた中でこれだと思った文庫本を渡した。フンッ! と鼻息も荒くなってしまう自分がいた。
「自信作です」
「えっ? これ五十嵐君が書いたの?」
「違いますよ、ぜひ読んでください」
僕はぐっと拳を握る。東海林さんは不審そうな顔をむけてくる。
「五十嵐君がそんなに強気になれる話なの? へぇ、それは面白そうだね」
にししと挑戦的な笑いを見せる東海林さんだけど、この本に僕は勝利の目があるとみた。でもあまり評価のハードルがあがってしまうのは本意ではない。
「どんな物語なの?」と東海林さんは興味津々で聞いてくるけど
「先入観は禁物です。フラットな状態で読む。これが一番、物語を楽しめる方法なんだと僕は思っています」
「ふーん。そんなものなのかな。でも勧めてもらって読んだら、それが面白い可能性は高いじゃん?」
僕は静かに人差し指を左右に振る。
「それも確かに真実です。でも本は未知のお宝なんです。全ての人にとっての宝物。過去と現在、そして未来の人さえも繋ぐもの、それはきっと大秘宝。僕にとって、それは本ってわけです」
「何それ。五十嵐君の持論?」
プププと東海林さんは笑いだす。
「お宝なんて人によって価値は変わるものなんです」
「埋蔵金を発見! とかの方が分かりやすいじゃん」
口を
「金銀財宝だけがお宝じゃないんだ、と僕は思うってだけの話なんです」
「そんなものなの?」
「価値観なんて人それぞれ。何を大事に思うかも人それぞれって訳です」
「五十嵐君……異世界から転生してきた? 考えることが
「な、なんですか、そのひどい言い方。本を読んでたらこうなったんです」
「そうかー。本を読みすぎると五十嵐君みたいに爺くさくなるのかー。私はあんまり本読まないようにしようかなー?」
困っている僕を揶揄うように話しかけてくる東海林さんをみていると、僕もついつい反論したくなってしまう。
「僕の爺くささと本の面白さは関係ないです。その本は僕のお勧めです。時間があるときに読んでください」
「そうだね。私が五十嵐君に頼んで選んでもらった最高の一冊だしね。責任をもって最後まで読むとしましょう」
「そうですね」と僕は面白いと思ってくれるか、ちょっと不安になりつつもそう答えた。
ちょっと黙っていたら、顎に人差し指をあてて東海林さんは考え込んでいる。
「五十嵐君って、なんか思ってた印象と話してみると全然違うね」
「それどういう意味です?」
ちょっとムムムと思いつつ返事をする。
「いや、悪い意味じゃなくてさ。思ったより君、悪くないよ?」
あははは~なんて照れ隠しなのかなんなのかよく分からない笑みを浮かべ、東海林さんは僕が渡した本をぱらぱらと
◇
本日の授業もすべて終わり、図書室で僕はいつも通り本を読んでいた。
「なんですか? 東海林さん、目の前で手を振らなくても見えてますよ?」
「あ、やっぱり見えてたんだ」と言って「やっほー?」と東海林さんは笑っている。
「あんまり大きな声ださないでください。追い出されちゃいますよ?」
「え、そんな厳しいの? ここの図書室って」
「いや、図書室一般全部そうですよ」
「知らんがな」
「知っててくださいよ!」と大声をだした僕が、じろっと司書の先生に
「すみません」とぺこぺこと謝る。たはは~と手を頭の後ろに回しつつ、にやけた顔で東海林さんはお辞儀する。
とりあえず落ち着けと僕は自分に言い聞かせる。東海林さんは何か話があってここにきたんじゃないだろうか、とごくごく当たり前の結論にたどり着く。
「どうしたんです? 急に図書室にくるなんて?」
「いや、五十嵐君に借りた本読んでさ」
「えっ、もう読んだんですか? いくら何でも早すぎません?」
「図書室にこもって本を読んでる五十嵐君が、まさかラノベを私に『最高の一冊です』ってサムズアップしながら渡してくるとか思わないじゃん?」
にやにやと東海林さんは笑みを浮かべている。そういわれて僕はむっとした顔をしてしまった。
「いや、ごめん。バカにしたわけじゃないんだよ? 本当に想像してたのと違うなーって、思ったんだよね」
「取り
「ん――。なんていうのかな。ここでラノベ? って思って、なんでこんなのお勧めしてきたんだろって思いながら読んだんだけどね。五十嵐君のことだから、きっと純文学とか持ってくるもんだと勝手に思ってたんだよね」
僕は「むぅ」と
「疑問に思いつつも読んだんだけど、フラットな状態で読むのが良いって言った理由が教室で分かった。っていうか分かって後悔した」
その発言を聞いて僕はもしかして……と思って次の言葉を期待して待った。
「授業中に隠れてこっそり読んでたんだけど。これ、いま読んだら絶対ダメなやつだって思ったんだけど、ページ
僕は頭の中で勝利の歌が、歓喜のファンファーレが流れまくるのを聞いた。東海林さんに右手に力を入れてぐっと拳を握ってみせる。するとパンッ! と頭を軽く叩かれた。
「その勝ち誇った顔なんかムカツク」と言いつつ、冗談ぽく笑う東海林さんの顔をみた僕は
「そうはいわれましてもお嬢様、東海林様。なんと言われようと、『最高の一冊』を選ぶこの勝負。ワタクシめの勝ちでございます」
「いつの間に勝負になってたの!?」
叫ぶ東海林さんをみつつ、自然とにやついてしまう顔をやめようとして、僕はしかめっ面になっていた。でも勝ち誇った僕の気持ちは、当分落ち着きそうになかったのだった。
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