燃える麦畑

梅緒連寸

⬜︎

フフフ・・・御免なさい。でも、やっぱりおかしくてしょうがないんですよ、フフフ。

だってあなたがいう事とそっくり同じ事を、前に聞いたものですから。フフフ。

あなた、この村のうちの土地が売れるんですって、フフフほんとうにほんとうの正気で仰っているんですか。

そりゃあ私だってお金の事が嫌いなわけじゃありませんから、そういうお話をされて悪い気にはなりませんよ。

6年前にも同じ事を言われました。ええ。あなたとおんなじで、街の方からはるばる訪ねてお越しになられたんです。

素敵な男の人でした。あなたのように若くて、背の高い男の人です。

声がよく通る人で・・・はじめて挨拶をしてくださった時、私びっくりしましたわ。

この村の言葉のような訛りがない大きな声で、「はじめまして、お姉さん今日はいい天気ですね、この村には長く住まわれているのですか」なんて。

私もうびっくりして、心臓の音が自分でもうるさく聞こえるくらいでした。

感じのいい人でした、この村の人みんなにそうやって訳隔てなく挨拶していくから、そのうちにみんなどんどんその人の事を気に入っていくんですよ。

老人会の寄り合い帰りのおばあさんなんか、とっくの昔に出て行った自分の息子の事でも思い出すんですかしらね、ちょっと縁側に上げて、戸棚からカステラ引っ張り出して麦茶を汲んで、そうしてうっすら涙ぐんでもいるの。

男の人もまたね、ちょっと手がすけばちっちゃな野良仕事なんか手伝ってくださいまして、エエ本当に優しい旅の方が来たんだわとみんながそわそわしていたんです。

私がその方にどうしてこんな辺鄙なところに来たのか尋ねましたら、趣味でお写真をやっていらっしゃって、お仕事の休暇でこの村に撮影しにきたんだって、白い歯見せて笑って答えてくださったんです。

私がそこのところをちゃんと聞いていて、もっと不思議に思ったりしていれば後々ああいう事にはならなかったんでしょうけど。

ホホホ・・・今だから言いますけど私、すっかりのぼせ上がっていたんです。

そうして5週間くらい経った頃でしたか、もうなんだか半分は昔なじみのような気持ちになってきまして、2日にいっぺんは私の家に呼んで、お食事をいっしょにするようにまでなっていたんです。

驚きますでしょう?私の父も母もすっかりその人の事を気に入っていましたから。

半分冗談で、・・・冗談だと思うのですけど、うちの父なんかはのぼせたものだから、「君うちの農園を継がないかね」なんて言ってしまって。

その人はちっとも嫌な顔なんか見せずに「ハハハ僕にそんな仕事がつとまるでしょうか」なんて返事をなさっていました。

家中開け放っていて涼しい風が入り込んできていたのに、私の顔は真っ赤になっていましたわ。

そんなうちに祭りの日が近づいてきたのです。ええ、今ちょうど村中が用意をしているでしょう。

どこの家も提灯を玄関先に出して、一晩中ヤアヤアとそこらで大騒ぎするんです。

その人もお祭りが元々お好きな性分だったのか、「君これはどういう由来があってのお祭りなんだい」とか、「みんなの踊りのこの曲ナンテ題なんだい」とか、色んなことを私に聞いて、私は答えるのにすっかり得意になって、やれあの家が代々の顔役をやっているのだとか、祭具はいつもどこそこにしまっているのだとか、アレコレと聞かれてもいない事まで答えていましたわ。

お祭りの当日、その人のことをみんながほんとうの村のものみたいに扱ってたくさんのお酒やお料理や踊りに誘いました。みいんないい気持ちになって、すっかりへべれけになっていた頃、その人突然私をこっそり連れ出したんです。といってもなにかやましい事があったわけでもありませんよ。

少し酔い覚ましに農道のほうを散歩して、外灯のしたに差し掛かったとき、その人とつぜん私に向かってシャッターを切ったんです。

とつぜん写真を撮られたので私恥ずかしかったんですが、「ナニ今日の折角の記念だよ」なんてその人ケラケラ笑っていらっしゃいましたわ。

結局それが最後だったのですけれど。

次の日の朝、まだみんなが前日のお祭り気分を引きずっていつもより寝坊しているところに突然若い衆が家に駆け込んできて、「火事だ!」って怒鳴り散らすのです。

みんな大慌てで外に出ると、若い衆の言葉通り、夏の青々とした麦畑が轟々と煙をあげて、そこかしこ火の手があがっているのですよ。

あとは大変の大変でしたわ。みんな村中を駆け回って、消防団の者がそこらじゅう走り回ってがなり散らして、夕方にさしかかる頃にようやくなんとか落ち着いたのですけど、そこからがまた大騒動で。

あちこちの家の箪笥や隠し戸から、お金やら通帳やらが抜き取られていたのです。

お分かりになるでしょう?その男ですよ。麦畑に火をつけて、私たちが大騒ぎしているあいだに財産をみんなかっさらって、まんまととんずらしてしまったんです。

これまでの時間、ずっとほうぼうの家を回って、それぞれが大切なものをしまっているだろう場所に、目星をつけていたのでしょうね。

よっぽど段取りもよかったみたいで、持っていかれたお家はわかっただけでも10数軒以上の数でしたわ。

ふふふ。おかしいでしょう。そこから全部坂を転がり落ちるみたいに、村中が貧しくなって、私の両親は腑抜けみたいになってしまって、あちこちで借金を作ってしまって、土地もみんな持っていかれて、折角燃え残った麦畑も、ご覧の通りすっかり荒地になってしまって、いまじゃなんの作物も植わりませんわ。

ふふふ。ふふふ。でもいちばんおかしいのは、私そこにはちっとも頭にはきていないんです。

私がいちばん気になっているのは、お祭りの夜に撮ってもらった、私の写真の事ばかりですわ。

あの人、どうしてそんな写真を撮ったのだと思います?ねえ。私だってのぼせていましたけど、まさか惚れて貰っていたなんて勘違いはしていませんが。

あの写真を今どうしているのでしょうね。ふふふ。間抜け面して恋している私の顔、時々見返して、馬鹿にして笑ったりしているのかしら。

ふふふ。ふふふ。あなた、どう思いますか。ふふふ。

あなた、とてもあの人にそっくりだから、あなたが教えてくださったら、私は少しでもすっきりしそうな気がするのですが。ふふふ・・・。

わかりませんか。それは残念です。ふふふ。どうなさったの。もっとゆっくりしてくださいな。

ところで、土地のお話でしたかしらね。

あなた、燃えた麦畑ぜんぶ差し上げますわよ、ふふふ。

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