梅緒連寸

⬜︎

最後はみじめなもんだった。

嫌だったのは部屋に行くたびに起き上がれない体でこっちに笑顔を向けられる事だった。

起き上がれなくなったのは俺が斡旋した客に病気を移されたからだ。

笑顔がいつも引き攣っているのは俺のせいではない。

元々笑うのが下手なんだったんだろうと思う。


高い煙突からか細い煙が立ち上っている。

火葬場のにおいは大嫌いだ。30分やそこらを待つのにもあんな場所にはいられない。

やけに広い駐車場は閑散としていた。今日ここに連れてこられた死体が今ちょうど焼かれている人間だけなのなら、見送りにきた人間は今の俺ただ一人なのだろう。

別に俺も好きでここに来た訳じゃない。ただの後始末に回されただけだ。

特に寒くも暖かくもなかったのでエンジンは付けなかった。窓を半分だけ空けたままで3本目の煙草の火をつけた。


突然駐車場に黒塗りの車が走りこんで来た。

場所が場所なだけに霊柩車かと一瞬勘違いしたが勿論そんな事はない。

死人を運ぶ車はあんなに乱暴な止まり方もしない。

柄の悪い男たちが2,3人ズカズカと出てきたりもしない。

うち1人が拳銃をぶら下げて銃口をこちらに向けている事も。


「・・・平川さん」

知っている顔だった。組の下っ端にこき使われる輪をかけた下っ端。

何度か話したことはある。たしかこいつはまだ未成年だったような気も。


すみません、と唇が動くのが見えた。





最後はみじめもんだ。終わるときはこんなものだ。

腹に喰らった4発の銃弾は俺の息の根を即座には止めてくれない。

あいつらはすぐに車に乗り込んで逃げていった。こんなぬるい仕事をしているからいつまでたっても下っ端なんだ。

火を点けたばかりの煙草を窓の向こうに落としてしまったらしい。

車外に出て拾い上げる気力はもう湧かない。

シートに背中を預けて煙突を見た。煙はもうほとんど出ていない。


ふと、視界の隅に人影が見えた。

やはり見覚えがあった。

くたくたになった女子高生の制服。嘘だろ?

車の横に立っていたそれは無言で煙が立ち上る煙草を俺に咥えさせた。

目を閉じることが出来ず、一瞬そいつの顔が見えてしまった。


だからあの笑顔はいやだったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

梅緒連寸 @violence_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る