ヒーロー
梅緒連寸
⬜︎
ムシャクシャした気持ちだった。
僕は煙草を吸いながら目的もなく街を歩きに歩いていた。とにかく歩きまくったのと、何本吸っても気持ちが収まらなかったのでカートン2箱消費した。路上喫煙禁止条例は気に食わなかったので先日殺したばかりだった。
「今日は暖かな陽射しにも鳥の鳴き声にも生まれたばかりの子猫にも柔らかな草にもちらつく木漏れ日にも殺意を覚える…そうか…春だな」
僕はスクランブル交差点の真ん中で立ち止まっていた。いい加減歩き疲れていたのだ。
信号が青になっても交差点を通過できない車の運転手が腹を立てた様子で何人かこちらに歩いてきたが、まとめて交番に突き出して法の裁きを受けて頂いた。
なにを言われようがこっちは疲れているので動けないのだ。迷惑な事を言わないでほしい。
僕は新しい煙草に火をつけた。面倒だったのでカートンごと燃やした。
「もし…。そこのお方」
突然後ろから声を掛けられた。
面倒だったので90分ほど無視をしていたが90分と23秒目に気が変わったので僕は返事をした。
「なんでしょう。僕になにか御用ですか」
振り向くとそこには屈強な男が立っていた。
歳は僕より少し上に見える。彼の肌はとても健康的に輝いており、髪も清潔感溢れ、眼にいたっては彫りの深い顔立ちが作る影の中できらきらと光輝いている。
あ、国民的ヒーローの人だ。と僕は瞬間的に思った。
「あ、国民的ヒーローの人だ。」
「はあ。いかにも私は国民的ヒーローをやっております」
「すごいなあ。生きていて恥ずかしくないんですか」
「実はその事で折り入ってご相談があるのです」
ヒーローは憂いを帯びた眼を伏せた。意外と睫毛が長い。
「縁もゆかりもない初対面の僕に相談とは。いったいどういうご相談ですか」
「はい。実は…私の仲間になって頂きたくて」
「僕が?国民的ヒーローの仲間に?」
「はい。そして、私がすっかりあなたに信頼を置いた頃に…こっぴどく裏切って頂きたいのです」
「はあ。裏切って欲しいのですか。いったいどういう風に裏切ればよいのですか」
「何でも構いません。必要でしたら経費は私が国家予算レベルの金額まで用意します。方法はあなたにお任せします。とにかく徹底的にクラシカルにありったけ私を傷付けて欲しいのです」
「はあ。しかしまた…どうして」
ヒーローは一瞬口ごもった。しかし刹那の沈黙のあと、決意したかのように力強い声音で僕に答えた。
「もう、正義と信頼と慈悲と愛に満ちた生活に、耐えられなくなったのです」
それを聞いて僕は彼にいたく同情心が湧いた。
人々を守り導き悪を挫く英雄は365日24時間その宿命を課される。彼が人を救っても、誰が彼を救うのだろう?
きっと彼は心身とても追い詰められてついには僕のような物語のチョイ役でしかない存在に声を掛けてしまったのだろう。なんて哀れなヒーローだ。世紀末だったら生命を根絶やしにしている。
僕は彼の眼を見つめた。
彼も僕の眼を見つけた。真剣な面持ちだった。
僕はにっこりと微笑み、歩道に敷き詰められていたレンガを一つ掘り上げ、彼の顔面に渾身の力で叩きつけた。
「ふざけるな!正義なんて害悪極まりないものに僕が手を貸すとでも思ったのか!」
倒れこんだヒーローに僕は駆け寄りのしかかった。そのまま僕の両の拳の骨がパウダーほどにまで粉砕骨折するほど殴り続けてやった。ひとしきり殴ったところで飽きたので彼の服を引き裂いた。
スクランブル交差点のど真ん中という衆人環視の元で、僕はヒーローを一週間ほど犯し続けた。
ちょうど7日目に僕は彼の口元に耳を寄せてみた。いつしか僕は街中から大歓声を受けていたのでだいぶ聞き取り辛かった。ヒーローは涎を溢しながら震える声で何度も繰り返し呟いていた。目の焦点は定まっていない。
「裏切られてる…私…市民に裏切られてる…」
僕は彼の顔に優しく唾を吐きつけた。
ヒーロー 梅緒連寸 @violence_
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