第1話:私をあたためるもの。

「……寒っ」


 身震いするほどではないにせよ、じわじわとした底冷えを意識する季節になってきたと感じる。

 足先を重ねてすり合わせていると、それを見た朱莉が「どしたん?」と訊いてきた。


「いや~、寒くなってきたなぁって」

「あー……小枝、冷え性だもんね。靴下履いたら?」

「家の中で靴下履くのは窮屈だしなんか嫌」

「そう? じゃあちょっと早いけど、こたつ出しちゃう?」


 朱莉の提案に、私は首を横に振る。


「ダメダメ。あれは人間をダメにする道具だから。もっと寒くなって、どうしようもなくなってから出す」

「面倒くさいなぁ」


 呆れ顔をしつつも朱莉は「んー……」と思考を巡らせて「あ、そうだ!」と手を打った。


「どうかした?」

「今度の休みにさ、家の中で使えそうな防寒グッズ買いに行こうよ」

「防寒グッズかぁ……――いいかも」

 

 ここのところあまり出掛ける機会もなかったし、ちょうどいいかもしれない。

 久しぶりに羽を伸ばすつもりで楽しもうかな。


◇◆◇


 週末の土曜、私たちは約束通り、市内にある大きなショッピングモールへやってきた。

 防寒グッズの購入だったはずなのだが、到着して数時間以上たった現在、どういうわけか未だ目的は果たせていない。


 お昼の少し前に到着した私たちはまず、昼食を食べた。

 朱莉たっての希望により、入ったのは回転寿司。

 並んでるかなと思ったけれど、タイミングがよかったらしく、ギリギリのところで滑り込めた。


 食べ終わった私たちがその次に行ったところはなぜか映画だ。

 本当は雑貨屋に行くつもりだったのだが、道すがらにあった広告を見て、今度見に行きたいねと話していたのを思い出してしまったのだ。

 先に上映時間だけ確認するつもりで足を運んだところ、あと一〇分で上映開始というタイミングだったので、そのまま見てしまった。


 そして今、カフェに入ってお茶しながら、見たばかりの映画について話している。


「いや~、まさかあの時すでに出会ってたとは思わなかったよね」

「うん、私も驚いた。……でも思い返してみれば、最初のシーンから主人公の鞄にキーホルダーが付いてたような気もしてるのよね」

「嘘! 全然気が付かなかったんだけどっ。よく見てたね、小枝」

「確証はないんだけどね。あー、これはもう一回見たくなるやつだ」

「今からもう一回見る?」

「うーん……気になるけど……今日はやめとこっか。時間も結構遅くなってきたし」

「ん、そうだね」

「来週にでもまた来るか、配信始まったら家で見よ?」


 その後もあれやこれやと話し、私たちはカフェを出た。

 そして時計を見ると午後五時三〇分。

 結構いい時間だ。


「じゃあそろそろ防寒グッズ、買いに行こうか」


 朱莉の言葉に「そうだね――」と頷いたところで、ふと何か忘れているような予感が脳裏をよぎる。

 なんだっけと足を止めて考え……思い出して血の気が引く。


「やばっ! 宅配の受け取り時間、今日の六時からにしてたんだった!」

「えっ。ギリギリじゃん」

「そうそう! 急いで帰らなきゃ!」

「でも小枝、それだと防寒グッズ買えないよ」

「あー……うん、今回はパス! 配達員さん待たせちゃったら悪いし。……ごめんね朱莉、せっかく誘ってくれたのに」

「ううん、私は全然いいんだけど……」


 私はもう一度朱莉にごめんと謝り、二人並んで駐車場まで急ぐと、マンションへと車を走らせた。


◇◆◇


 マンションに到着すると、ちょうど不在通知を入れた配達員さんが引き返してきたところだった。

 謝り倒してその場でサインして荷物を受け取り、部屋に入ってソファに並んで座り込む。


「ふー……なんとか間に合ったね」


 焦りから額にうっすらと掻いた汗を軽く拭う。


「ギリギリだったねー」

「ね。時間指定しといて再配達させるのは悪いし、間に合ったよかった」


 ほっとした心境で、そのままソファにもたれかかって一息つく。

 そして五分ほどのんびりしたところで立ち上がって、キッチンへと向かった。


「よし……そろそろ夕飯作ろうかな。朱莉、何か希望ある?」


 訊いてみると朱莉は「あー……」と少し考え


「そんなにお腹空いてないし、もう夕飯はなしでいいんじゃない? 小枝もそうでしょ?」

「――うん、そうかも」


 いつもの時間だから習慣として作ろうと思ったけれど、実のところほとんど空いていない。

 さっきカフェでケーキを食べたせいかな。

 もしかしたら夜遅くなると空いてくるかもしれないけれど、そのときに軽く何か口に入れれば済む程度だと思う。


 調理をしないということは片付けもない。

 急に手持ち無沙汰になってしまった。

 何をしようかな、と考えていると朱莉が「それでさ」と切り出した。


「小枝さえよければ、今日見た監督の前作、今から見てみない? 配信で見れるみたいだし、さっきから気になってたんだよね」

「うん、いいよ。じゃあ私、飲み物用意しようかな。……せっかくだし、少し飲んじゃう?」

「お、いいね~」


 何にしようかと迷った末、まあ明日は休みだしということで、ワインを取り出した。

 それをワイングラスに注ぎ、チーズやナッツなど、簡単なおつまみも準備してソファ戻って隣に腰掛ける。

 朱莉は座ったままリモコンを操作していて、ちょうど目的の映画を見つけたところだった。


「小枝、ありがと」

「いえいえ。今日付き合ってもらったしね」

「結局買えなかったけどね」くすりと笑う。

「またいけばいいじゃん」と朱莉も笑っていたが突然「あ、そうだ」と立ち上がって、自室へと入っていった。


 なんだろう、と首を傾げていると、すぐに何かを持って戻ってきた。

 ブランケットだ。


「こたつには及ばないけど」


 そう言いながら朱莉は私の隣に再び座り、ブランケットをお互いの脚が包み込まれるようにふわりとかけた。

 そのまま密着するようにして、二人で身を寄せ合う。


 二の腕や腿を通じて、朱莉の体温が伝わってくる。

 ひざかけが伝える温かさ以上に、心が溶けていくのがわかった。

 

「こういうのもいいでしょ?」

「ま、たまにはね」


 何も可笑しくないのにまた顔を見合わせて笑い合うと、私たちはようやく映画を見始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る