ふたりゆる暮らし
金石みずき
プロローグ:更新のお知らせ
会社から帰宅して郵便受けを覗くと、一枚の紙が入っていた。
取り出してみると、賃貸マンションの更新のお知らせだった。
「ふーん……。そういえばもうすぐ二年になるんだっけ」
私は今、大学時代の同期である
お互い就職先の会社が近く、また新卒の給料だけで一人暮らしをやっていくのはかなりギリギリだったため、朱莉の提案に乗って一緒に暮らすことになったというわけだ。
そういえばどうするつもりなんだろう。
そんなに給料は上がってないけど、家賃節約はできたしだいぶ貯金も貯まった。
実感はあまりないけど、そろそろ二十代半ばに差し掛かる頃。
昔なら――ううん、今でも結婚していても全然おかしくない年齢だ。
もしかしたらここを出て一人暮らしすることを考えているかもしれない。
私は……。
ま、朱莉次第か。
卒業以来彼氏もいなければ出会いもない。
そして実のところ危機感もあまりない。
まずいかな、とも思うけれど、焦って婚活するような気力はない。
果報は寝て待てって言うしね。
よし、朱莉が帰ってきたら聞いてみようかな。
◇◆◇
「ただいま、
「おかえり、朱莉」
私はキッチンに立ち、帰ってきた朱莉に挨拶を返す。
すると朱莉は部屋に入るなり、目を閉じてくんくんと鼻を動かした。
「んー、いい匂い。今日のご飯なに?」
「今日は酢豚だよ」
「お、いいねー。私、好き」
あまりにも素直すぎる感想に、くすり、笑いが漏れる。
「知ってる」
朱莉もこちらを見て、ニカッと笑みを見せた。
「さ、着替えといで。温めるだけだからすぐ出来るよ。お腹空いてるでしょ」
「えー。面倒くさいからこのまま食べたいんだけど」
「だーめ。面倒くさがらないの。臭いついちゃうでしょ」
言いつつ、私はキッチンを立ち、朱莉の背中を押して寝室へと誘導する。
朱莉は「えー」とか言っていたが、されるがままに抵抗することなく入っていった。
まったく。
◇◆◇
「いただきます」
「いただきまーす」
二人手を揃え、合掌。
私はまずお椀を手に取り、お味噌汁を啜った。
朱莉は真っ先に酢豚へ手を伸ばし、パクリ、口に入れた。
「ん~~……っ! 美味しいっ! やーっぱ小枝の料理が一番」
「はいはい、それはどうも」
適当に流しているようだけど、実は結構嬉しい。
朱莉はいつも本当に美味しそうに食べてくれる。
そんなふうに反応してくれると、こちらも張り合いが出るというものだ。
勤務時間の関係でほとんどの日の調理を私が担当しているが、全く苦にならない。
面倒な片付けは率先してやってくれるし。
もちろん私も一緒にやるけど。
それにこうして朱莉がいなかったら、きっといつもスーパーの総菜やお弁当を食べていたんじゃないだろうか。
自分のために調理するって面倒だから。
そう考えると、むしろ感謝しかない。
と、そんなことを考えていると、ふと思い出した。
「ねえ、そういえばさ」
「ん?」
「そろそろここ、更新の時期なんだって」
「あー、そういえばもう二年かぁ」
朱莉は箸の先だけ口に咥えながら、思い出すように天井を向く。
こら、行儀悪いぞ。
「で、朱莉はどうするつもりなの?」
「ん?」
朱莉がきょとんとした顔で、小首を傾げた。
「どう――って?」
「ほら、私たち、そろそろ二十五になるでしょ?」
朱莉はアハハッと笑ってお皿に箸を伸ばし、「いや~年取ったよね」と口におかずを放り込む。
かまわず、私は言う。
「これからのこととか、考えてる?」
「これから?」
「だ~か~ら~。そろそろ一人暮らしとかしないと、いろいろまずくない?」
すると朱莉は本気でわからなさそうに「んー?」と、また首を傾げた。
そして合点がいったように「ああ」と頷いた後で「私はほら」と続ける。
「小枝次第なところ、あるじゃん?」
「私次第?」
どういうこと? と今度は私が訊き返す番だった。
すると朱莉はなんてことない世間話をするような調子で言った。
「私はほら、小枝のこと好きでこうして一緒に暮らしてるわけじゃん? だからこれ以上望むことはないっていうか――」
その発言に、私は「え」と硬直する。
小枝も同じく硬直した。「え」
時が止まったようだった。
見つめ合う私たち。
そして数秒後――
「「え~~~~っ!!」」
お互いが目を見開き、叫んだ。
「は、はぁ!? 朱莉が私のこと好きってどういうこと!?」
「ち、ちょっと待って! もしかして小枝、知らないで二年も一緒に暮らしてたの!?」
「だってそんなこと、一度も訊いたことない!」
「いやいや、普通わかるでしょ! でなけりゃ一緒に暮らそうなんて言わないって!」
朱莉は本気で焦ったような表情でこちらを見ている。
一方の私も何を口を開いたり閉じたりしているが、上手く言葉が出てこない。
「あーあーあー。待って。今整理するから」
大混乱して埒が明かなくなった私は、朱莉を手で制しつつ、確認するように言った。
「朱莉が私を好きっていうのは、恋愛的な意味で……ってことでいいんだよね?」
「はい……」
「いつから?」
「大学一年の頃から……」
「は、はぁっ!? 最初からそのつもりで近づいたってこと!?」
「何!? 何か悪いの?」
「別に悪くはないけど……」
うーん。
朱莉が私のことを好き、か。
考えたこともなかったし、突然言われても困るというのが正直なところ。
それに――
「あの、朱莉」
「何?」
「私、別に女に興味ないんだけど……」
言ったとたん朱莉の顔がさぁっと青ざめた。
慌てて言葉を付け足す。
「違う違う! いや、違わないんだけど……とにかくそういうわけだから、今は付き合うとかそういうことは言えなくて……」
それを聞いた朱莉は「なんだ、そんなこと」とほっとしたように息を吐いた。
「いいよ、別に」
「え?」
「だって私、小枝に付き合って欲しいとか思ってないもん」
「そう、なの?」
「うん。だってうちら何年一緒にいると思ってんの? 六年だよ、六年。今さらそんな大それたこと考えてないって」
「ふぅん?」
じゃあどうしたいの?
そう思っていると、その考えが伝わったのか、朱莉はいつもの自然な笑顔を向けてきた。
「私はただ、好きな人と暮らせて毎日が楽しい。小枝が嫌になるまでは一緒にいたい。それだけだよ」
嘘偽りない心から出たようなその言葉に、ふいに胸がトクン、と高鳴った。
顔にカァッと熱が昇ってきて、頬が熱く紅潮する。
あれ?
なんだろう、これ。
降って湧いたようなそれに混乱しつつも、ひとまず脇に置いておき、その先へと思考を進める。
……とにかく。
朱莉は私と一緒にいたいと思っている。
私も今の生活を悪く思っていない――ううん、むしろ楽しいと思っている。
それなら――
「じゃあさ、朱莉」
「ん、何?」
「とりあえず二年後――次の更新まではこのまま一緒に暮らすってことでいい?」
私の言葉に、朱莉は大きく頷いた。
「もちろん」
私も首を縦に振り、手を差し出す。
「じゃあ、改めて……これからもよろしくね、朱莉」
「こちらこそよろしく、小枝」
そして私たちは強く握手を交わした。
今芽生えたばかりのこの感情の正体はわからない。
ううん、なんとなくわかるような気はするけれど、まだ名前をつけたいという段階ではない。
でも、二年後には――その頃にはきっと、結論が出せる。
根拠はないけれど、そんな気がした。
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