マグ拳ファイター!!
西順
第1話 誕生日プレゼント
ザクッ
背中から心臓を貫かれる嫌な感触。次の瞬間にはオレは初めに来た、あの白いチュートリアルの空間に居て、ウインドウには「gameover」と映し出されていた。
オレ、
7月22日という夏休みに入ってすぐの誕生日。コミュニケーション下手なオレの誕生日なんて、クラスメイト誰一人知らない訳で、祝ってくれたのは、幼稚園からの腐れ縁、
家族が祝ってくれるじゃないか、と言われるかもしれないが、うちはシングルファーザーの片親。母親は小2の時に病気で他界した。
それ以来父は、母を失った哀しみから逃げるように仕事に没頭し、誕生日も母が他界した年から祝われたことがない。
アキラとカラオケで男二人で誕生日パーティーまがいをやり、夜7時に解散。帰りにコンビニで新作スイーツなんぞを買い、誕生日ケーキの代わりにして帰宅すると、玄関に靴がある。
「早かったね」
父がこの時間に居るのは珍しい。
「お前は遅かったな」
まだ8時前だ。
何とも気まずい空気が流れる。だがオレはそんな空気感じていないかのように、ダイニングテーブルでコンビニのスイーツを食べ始めた。なんかここで部屋に引きこもったら負けな気がしたのだ。
すると父が紙に包まれた箱を差し出してきた。
「えっ、何?」
「お前今日、誕生日だったろ」
それだけ言うと父は自室へと行ってしまった。
(覚えててくれてたんだ)
そう思うと口角が上がってしまう。喜びを押さえるように深呼吸してから包み紙を剥がすと、中に入っていたのは
部屋へ引き揚げ、オレは思案していた。父はオレのことを思ってゲーム機を買ってきたのだろうが、オレはゲームをやらないのだ。やはり父はオレのことを見ていなかったんだと、変なところで納得してしまった。
オレはアキラから本の虫と呼ばれている。いつもタブレットに本をダウンロードして読んでいるからだ。といっても本にそれほど思い入れがある訳じゃない。ただの暇潰しだ。
母が死んだあの日から、何かに没頭していないと、不意に物悲しさに襲われ、それがたまらなく怖かった。だから本に逃げた。内容なんて入ってこない。ただ逃げるために読んでいたのだから。……父と同じだな。
だがこのHMDを置物にしておくのも父の好意に背くだろう
オレはアキラに事情を説明したメッセージを送ってみた。
オレだってゲームを全くやったことがない訳じゃない。アキラの家で少し遊んだことがある。
アキラは自称ゲーマーを名乗るほどだ、オレがやるべきゲームも教えてくれるだろう。
すぐに返信がきた。
『マグ拳ファイターをやれ! その中で待っている』
(中で待っている? っていうかマグ拳って何?)
何を言っているのかよく分からなかったが、オレはアキラを信じて、そのマグ拳ファイターというやつをすることに決めた。
椅子に座り、回線を繋ぎHMDを被り、電源を入れる。とオレの眼前にセレクト画面が現れる。
オレが画面からマグ拳ファイターをセレクトすると、ゲームのオープニング画面へと移行する。
ド派手な演出のオープニングムービーの後、画面には「初めから」と「続きから」の二つの選択肢が映し出された。
(ここは「初めから」だよな。オレ初めてだし)
と初心者丸出しで「初めから」をタッチした瞬間、椅子の感触が無くなり、まるでこのままどこまでも落ちていきそうな感覚に襲われるが、それはすぐに納まった。
ドサッというまるでベッドから落ちたような感触で地面に落ちていた。
仰向けでどこかに倒れていた。真っ白い空間である。とりあえず起き上がると、眼前に少女が立っていた。
長い金髪の少女。顔立ちからして西洋人だろうか? 白いワンピースを着ている。
「こんにちは」
日本語だ。まあ昨今日本に住んでる外国人なんて珍しくないか。いや待て。ここはゲームの中だった。じゃああれはゲームのキャラクターというやつか。
「こんにちは」
とりあえず返事を返しておく。
「ようこそ。ここはマグ拳ファイターのチュートリアル空間です」
「あ、はい」
チュートリアルってことは何かを教えてくれるってことか。
「まずはゲーム内でのお名前を決めてください」
お名前と言われてもな。
「じゃあ、リンタロウで」
「リンタロウ様ですね。では次にご自身の容姿をお選びください」
(容姿?)
少女に言われて自分の手を見ると、透けている。なんてことだ。どうやらオレは今、透明人間になっているようだ。……まあゲームなんだしそれもアリか。あ、でも容姿は選べるんだっけ。
「どうやって選ぶんですか?」
「こちらに」
少女が手をかざすと、そこにセレクト画面が現れる。へぇ結構細かいな。
「こちらは基本画面です。もっと細かく設定もできますよ」
おお……、どうしよう。何がいいのかさっぱり分からない。
結局、ほぼベーシックな容姿にしてしまった。でもオレに似ている気がする。
そしてその後色々言われたりやらされたりしたが、さっぱり頭に入ってこなかった。さっぱり頭に入ってこないまま、
「こちらから先にお進みください」
と少女に促され、少女が何処からともなく出した扉をくぐると、どこかの広間に出た。長椅子がいくつもこちらに向かって整列し、振り返ると扉はなく、神父と思しきおじさんが立っていた。
「新たな冒険者よ、歓迎します」
神父さんはその後も色々言っていたが、全く頭に入ってこず、そのままオレは教会らしき建物を出ていくように進められ、両開きの扉から外に出た。
外の街並みはヨーロッパのようで、石造りの壁に、レンガ屋根の建物が並び、沢山の人々が行き交っている。
「おっせぇよ、リン! いつまで待たせる気だよ」
そして何故かアキラが立っていた。
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