衝突願望

北木事 鳴夜見 

衝突願望その1


私がつとめる幻追社げんついしゃにはその名の通りまぼろしを追う小説家の卵たちが様々なアイデアをしたためた小説を持ち込んでくる


幻追社げんついしゃではネットに投稿とうこうするホームページのたぐいはない。なので持ち込みと自費出版じひしゅっぱんのサービスのみで募集をしている。弱小出版社だがまだ倒産する気配はない


募集のあったものの中から私のいる営業部門えいぎょうぶもんが売れる見込みのあるものを時間をかけて選考せんこうする。良作であることが認められて合格となった作品は晴れ舞台ぶたいである本屋の片隅かたすみに並ぶわけだ。その後赤字にならない事を祈るのも仕事の内である


最近は電子書籍でんししょせきの枠が地道に売り上げを伸ばしていて会社の運営を助けている。加えて個人制作こじんせいさくの漫画も取り扱っている


年末年始になるとたまに出版社が設けている作品の応募要項おうぼようこうとは全く関係のない呪文じゅもん集合体しゅうごうたいと思われるものを見かけることがある。世界のどこかに向けたクレーム…と言うよりはお祈りのたぐいを表現した原稿もある。これらを私の部署ぶしょでは短冊たんざくと呼ぶことがある。要するにシュレッダー行きと言うことだ


私は元々、幻追社げんついしゃでオカルトの記事を取り扱っていた。廃刊はいかんになった雑誌はもうバックナンバーすらこの世で見かけることもないのだが


青春をささげたオカルトの影響えいきょうもあって私はこのたぐいおぞましい文章が大好きだ


どこの何で誰の感情かんじょうなのかもわからない、ましてや金にもならない作品達…シュレッダーケースの中で紙屑かみくずになるものを私はこっそりと会社から持ち出して自分の部屋でコレクションしている


書斎の引き出しにはお宝の束が二十程ある。どれも素晴らしく狂った仕上がりである


まず私のコレクションの仲間入りを果たす原稿げんこうを選考することから始める。ただの規格外きかくがいではダメなのだ。それは怪文書かいぶんしょ揶揄やゆされるものでもなく、幼児ようじが親から借りたスマホで打ち込んだ滅茶苦茶めちゃくちゃな平仮名の羅列られつのようなものでもダメだ、それでは私の欲求が満たせない


どこかの何かであって、尚且つ《なおかつ》世界の片隅にいるであろう誰かの理解りかいのできない感情かんじょうが込められたものである必要なのだ。


その選考をする場所は私の通勤用乗用車つうきんようじょうようしゃの中だ。駐車ちゅうしゃする場所は東京湾とうきょうわんに面する豊海水産埠頭とよみすいさんふとうにある物流会社ぶつりゅうがいしゃの前にある駐車場で原稿げんこうを読むと決めている


現在午前零時げんざいごぜんれいじを回って土曜日。私はこの時間まで東京湾周辺とうきょうわんしゅうへんをドライブをしていた。そして午後二十三時頃にこの辺りの夜景やけいを写真に撮ってSNSにアップロードする用事を済ませた。アカウントはフリーのカメラマンということにしているがこれはどうでもいい話だ


人気のない駐車場ちゅうしゃじょうから見える夜景は地味な方ではある。だが独自の環境や時間の中から生み出されたであろう奇怪きかいな作品を読むのにはうってつけな照明しょうめいになる。私は前方に見えるガードレールにあたるライトを見た後にバックミラーを確認して車をバック駐車で停めた


埠頭駐車場ふとうちゅうしゃじょう看板かんばんには関係者以外かんけいしゃいがい立ち入り禁止の警告けいこくも載っているのだが大学の同期である物流会社ぶつりゅうがいしゃつとめる友人に金曜日の深夜から明け方まで特別に開けてもらっている


「さてと今週の規格外きかくがい原稿げんこうは一束だけだからパパッと読んで家に帰るとするか」


カバンから抜き出した裸の原稿は触れた厚みの感触では十ページあるかないかだった。この原稿は営業の誰かが中身に目を通した上で幻追社げんついしゃが募集しているどの部門の応募規格おうぼきかくにも該当しないものだったわけだ。だから短冊シュレッダー行きだったということになる。タイトルはしっかりと一枚目の真ん中に記されていた


衝突願望しょうとつがんぼう…か。ペンネームは「八女乃やめの さき」 めずらしく普通ふつうの名前だな。でもタイトルだけで合格ラインだな。いいじゃないか」




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