第6話 体育祭

「100メートル走に出場する選手は入場門に集まってください」

体育祭で定番のアナウンスが校庭中に響き渡る。今日は待ちに待った桜山高校の体育祭。各学年ごと8チームに分かれて競技を行う。

「石川くん〜」

と寺坂はもうすでに入場門にいた陵大に話しかけた。

「寺坂さん、調子はどう?」

と陵大が寺坂に聞くと、寺坂はバッチリと答えた。すると、整列するように指示が出る。その指示通り陵大と寺坂はクラスごとに並び始める。すると、並びながら寺坂が陵大に話しかける。

「なんか石川くんと2人きりで話すのって初めてだね」

陵大は指定の場所に行き、座りながらそうだねと返す。パンっとスタートの合図と同時に一組目が走り出す。

「そういえば、梶谷さんからもらったロボット今どうしてる?」

と思い出したように寺坂は陵大に聞いた。

「うん、大事に飾らせてもらってる」

と陵大が答える。列を詰めながら会話は続く。

「あれ、大半は冨樫くんが出したって言ってたけど梶谷さんも1万円は出したんだからね」

と寺坂は注意喚起するように陵大に言った。

「あ、それ颯にも言われた。お前も梶谷さんに何かプレゼントしろって」

と陵大は少し前に颯に言われたことを思い出した。

「へぇー冨樫くんもそんなこと言ってたんだー」

とふとつぶやく寺坂。すると、陵大は寺坂に聞いた。

「女の子って何あげたら喜ぶんだ?俺あげたことないからわかんないんだよ」

すると、再び列が進み寺坂が走る番となる。そして、スタートのモーションに入る前に陵大に言った。

「何をあげても喜ぶと思うなんて無責任なことを言う気はないけど・・・

よーい・・・

「石川くんは梶谷さんにもらって嬉しくないものある?」

パンッ!そう言い残すと寺坂は満面の笑みでスタートをきった。

「それでは次の人位置について下さい」

とアナウンスの声。陵大はスタート位置につく。しかし、頭の中にあるのはさっきの寺坂の言葉。梶谷にもらって嬉しくないもの。

よーい・・・パンッ!

陵大は思いっきりスタートをきる。無我夢中で走る陵大。すると、ふと梶谷の声が聞こえた気がした。陵大がそっちの方を見ると梶谷が一生懸命作り上げた大きな団旗を振りながら応援をしてくれていた。陵大は心の中で決心がつき、再び前を向いて走り出した。そして、気づいた頃には一番でゴールテープを切っていた。一着のところに行くとそこには寺坂が座っていた。

「おー、お互いに一番、やったね!」

と喜ぶ寺坂。陵大もお疲れと言いながら寺坂の後ろに座った。

「で、さっきの答えは決まった?」

とニヤニヤしながら聞いてくる寺坂。陵大は少し笑みを浮かべて

「ないかな」

と答えた。それを見て、何やら満足そうな寺坂であった。

ハァーハァーハァ・・・

その頃、応援席では団旗を振りまくったせいで疲れ果て、両腕も震え始めていた梶谷がいた。

「お疲れ、陵大こっち向いてたぞ。よかったな」

と颯が梶谷に嬉しそうに言った。

「冨樫さんが振れって言ったんじゃないですか」

と疲れながらもつっこむ梶谷。

「あー言ったな。まぁ声まで出すとは思わなかったけど」

と少し梶谷をからかう颯。

「だって、声出さないと気づかれないじゃないですか。寺坂さんの時のように」

と言いながら梶谷は颯の方を見た。颯はそうだなとだけ言った。颯の両腕もまた震えていた。


「お疲れ様〜!」

とクラスメイトが見事一着フィニッシュを決めた陵大と寺坂を祝福の拍手で出迎えた。これには陵大も寺坂も嬉しさを隠しきれない。

「さすが、我がクラス男女トップだぜ」

「これ優勝狙えんじゃね」

と早くも優勝を視野に入れ始めるクラスメイトたち。

「借り物競争に出場する選手は入場門に集まって下さい」

とアナウンスが入る。すると、梶谷が準備を始める。

「冨樫さん行きますよ」

と準備を終えた梶谷が颯を誘う。颯はどこに行くのかわからなかったため、どこに?と梶谷に聞いたすると、梶谷は呆れた表情をして入場門に決まってるじゃないですかと颯に言った。

「あ、もしかして俺借り物競争なの?いや、俺なんの種目なんだろうってずっと思ってたんだよねー」

と自分が出場する種目を今知った颯。梶谷、陵大、寺坂、クラスメイト全員が呆れた顔で颯をみた。

「なんで事前に確認しないのですか!」

と入場門についてからもぶちゃクチャ文句をいう梶谷。颯はすみませんと謝り続ける。

「仮にもアンカーなんですからしっかりして下さいよ」

と梶谷が忠告する。颯は急に謝るのをやめた。

「え、俺アンカーなの⁈」

と颯が驚くと何も話を聞いてないことに今度は睨み出す梶谷。梶谷も表情豊かになったなと颯は心の底から感じた。

パンッ!とスタートの合図がなり、1走目がお題の紙を見て、次々とものを探しに向かった。そして、6組は5位で二番手の梶谷にタスキを渡す。梶谷は紙をめくり、お題を確認した。お題は『うさぎの髪留め』梶谷は、一度クラスの方に行ったが、お題に沿ったものは見つからず、観客席に向かった。そして、お題を何度も言っていると1人の女の子が返事をし、髪にはうさぎの髪飾りをつけていた。梶谷はその子に近づいた。

「あの、そちらの髪飾りお借りしてもよろしいでしょうか」

そういうと女の子は笑顔でその髪飾りを渡してくれた。すると、周りにいた兄弟らしき人たちにも頑張れと応援された。梶谷は軽く会釈し、3走目のいるところに向かった。兄弟多いなと梶谷は心の中で思った。

思いのほか時間がかかり、6位でタスキを繋いだ梶谷。3走目がお題を確認する。『メガネ』すると、奇跡的にその人が自分でメガネをかけており、誰から借りることなくもそのまま颯のいる方に向かってくる。そして、まさかのいきなり1位でタスキが渡される。颯はこれでしくじったら戦犯じゃん!と思いながら、お題の紙を恐る恐る確認する。そこに書かれていたのは。

『好きな異性』

颯は固まる。そしてしばらくしてから脳が動き出す。

(え、好きな異性?物じゃないじゃん!え、てかどうしよう好きな異性、好きな異性、好きな異性・・・※颯の頭の中のです)

そうこうしている間に他のクラスもお題の紙を取り始める。まずいまずいと焦る颯。クラスからどうした、早くしろなどの野次が聞こえてくる。

「颯のやつどうしたんだ、もう15秒は止まってるぞ?」

と陵大が心配し始める。しかし、他のクラスの生徒もなかなかスタートしない。実況席も状況が飲み込めずなかなか思うように実況できずにいた。しかし、この借り物競争のお題を考えた生徒会の人たちのみは何やらニヤニヤしていた。しかし、覚悟を決めたのか1組の生徒が走り出した。それから続々と走り始めるアンカーたち。颯も我に帰り走り出した。好きな異性、好きな異性・・と心の中で唱えながら目的地もわからず走り続けた。そして、ふと立ち止まり前を見た。すると、そこには寺坂美由が立っていた。颯は自分でもなんでここに辿りついたのかわからなかった。

「えっと、冨樫くんどうしたの?」

と寺坂が不思議そうに聞いた。

(言うんだ俺、一緒に来て下さいって!大丈夫寺坂さんにはお題はバレてないんだから。言うんだ俺、告白するわけじゃあるまいし、一緒に来て下さいって!言うんだ俺、言うんだ俺!・・・)

「一緒に来て下さい!」

そう言ったのは颯ではなく、7組のやつだった。ボー然とする颯。

「えっと、私?」

と寺坂が7組のやつに確認する。7組のやつははっきりそうですと言った。颯は何が起きているのか理解できなかった。

「さぁー行きましょう」

と7組のやつが寺坂に迫る。何も言えない颯。

「でも・・」

と寺坂が颯の方をチラッと見る。すると、もどかしくなったのか7組のやつが無理やり寺坂の手を掴もうとした。その時、颯は7組のやつよりも先に寺坂の手を握った。

「自分のなので他を当たって下さい」

と颯は7組のやつに言った。寺坂は颯の言葉に顔が真っ赤になった。7組のやつは言われた通り他を当たることにした。7組のやつが去ると、颯は自分が言ったことを再度思い出し、恥ずかしくて一歩も動けなくなっていた。寺坂も同じ状況である。すると、1組のやつがゴールに向かって走り出すのが見えた陵大は2人に急げと叫んだ。その言葉に2人は一気に目が覚め、ゴールに向かって走り出そうとした。すると、その時寺坂がその場にしゃがみ込む。どうやら足をつってしまったようだ。颯は心配するが、それと同時にゴールの方も気にする。颯はもう何が何だかわからなくなり、寺坂をお姫様抱っこし、走り出した。これにはクラスメイトも驚きの声が上がる。寺坂はさらに顔を赤くする。そして、颯はゴールに向かってダッシュした。1組との競争の末、見事1位を勝ち取った。お姫様抱っこしながらのゴールということでクラスだけでなく、全校生徒から歓声を浴びる颯。今世界で一番恥ずかしい思いをしている自信がある颯はゴールした状態から動けないままでいた。すると、寺坂が先に口を開く。

「あ、あの冨樫くんもう足大丈夫だよ。あと、流石にずっとこの状態は恥ずかしいかな」

と照れながら寺坂が言うと、颯は慌てて寺坂をそーと下ろした。しばらく沈黙の時間が続いた。

「すみませーん、お題の紙回収します」

と生徒会の人の1人が近づいてきて颯から紙を持っていった。そして、退場のアナウンスが流れるのと同時に他のクラスの生徒は自分たちのクラスのところへ戻り始める。

颯と寺坂もつられるように戻り始める。その途中で寺坂は照れながら颯に聞いた。

「でさ、借り物競争のお題ってなんだったの?」

すると、颯は顔を真っ赤にして

「黒髪ロングの女の子かな」

と言った。寺坂は少しがっかりしながら、そうと返事をした。

その後、さまざまな種目が行われ、6組は暫定1位で午前の部を終え、今は昼食の時を迎えていた。颯は昼食を食べようと教室に向かう途中で挙動不審でうろうろしている梶谷を見かけた。

「梶谷どうしたんだ?」

すると、梶谷は困った表情をしながら颯に髪留めを見せた。

「借り物競争の時にお借りしたのですが、その後すぐ他の種目の招集があったため返すタイミングを失ってしまって、今持ち主を探している最中でして」

と梶谷が颯にそういう言うと、颯は髪留めを見ながら呟いた。

「あれ、この髪留めどこかで・・・」

すると、後ろからお兄ちゃん!と呼ぶことがした。颯と寺坂がその声の方を見ると、そこには颯ファミリーが立っていた。その内、桜がこっちに近づいてきた。

「おねえさん、桜の髪飾り役に立った?」

と桜は梶谷に笑みを浮かべながら聞いた。

「はい、とても助かりました。おかげで1位でゴールすることが出来ました。ありがとうございました。」

そう言うと、梶谷はうさぎの髪飾りを桜にやさしく返した。髪飾りを受け取った桜は首を振りながらうんうんと言った。

「違うよ、今回1位だったのはお兄ちゃんが彼女さんをお姫様抱っこしながらゴールしたからだよ。」

と桜が満面の笑みでいうと、颯は一気に顔が赤くなる。すると、それは筆頭に、お兄やる〜、大事にしてるね〜、さすが我が自慢の弟だなどと颯をからかい始める兄弟たち。それには、颯も怒りと照れくささで顔が真っ赤になる。早くこの場から立ち去ろうと思い、颯は梶谷を連れてさっさと教室に向かった。しばらくすると、

「冨樫さんってご兄弟多いのですね」

と梶谷が歩きながら颯に聞いてきた。

「あーおかげでいつもあんな感じだよ」

颯は疲れた表情を浮かべながらそう言った。すると、梶谷はふと、思い出したかのように颯に言った。

「そういえば、冨樫さんと寺坂さんって付き合ってたんですね。」

と梶谷が言うと、颯は全否定した。

「え、しかしさっき程彼女をお姫様抱っこしてーのみたいなことを妹さんがおっしゃっていたではありませんか。」

「あれは、勘違いというか思い込みというか、とにかく俺と寺坂さんは付き合ってない。」

とすぐに梶谷のセリフを否定する颯。その様子を見て、そうですかと流石に颯の方を信じることにした梶谷。その様子を見て、颯は一安心した。その時ちょうど颯と梶谷は得点表の前を通りかかった。1位は6組だが、2位は7組で得点差は15点と油断ならない状況である。

「私、小学校、中学校と運動会で一回も1位になったことがないんです。」

と得点表を見ながら呟く梶谷。颯は驚き、思わず声が出る。

「なので、今年こそは勝ちたいです。」

と素直に決意表明をする梶谷。

「じゃー、そのためにもしっかり栄養補給しないとな」

と颯がいうと、颯と梶谷は昼食をとるために教室に急いだ。


「よし、6組このまま優勝頂くぞー!」

「おー!」

と昼食後改めて気合を入れ直す6組。そして、午後の部が始まり、特に点数の変動がないまま最後の種目全員リレーがやってきた。

「7組と15点差か。1位が30点で、2位が10点で、3位が5点てことは、7組が1位をとったら俺たちの負けか」

と頭の中で計算する陵大。運命の全員リレー1走目を任されたのは寺坂であった。1走目が全員スタート地点に着く。

「頑張れー!寺坂さん!」

颯は今度こそはと思い大声で寺坂を呼んだ。寺坂は今度はちゃんと気づき、ピースで答える。

「位置について・・・よーい・・・」 パンッ!

一斉にスタートする。一気に盛り上がる会場。寺坂は周りはほとんどが男子にも関わらず、1位でバトンを繋ぐ。その後、どんどんバトンは繋がれていき颯の番となる。今は4位ぐらいである。颯がバトンを受け取るところに行くと、寺坂の声が聞こえてきた。

「冨樫くん!ファイトー!」

颯もピースで答えた。いざ、バトンを受け取り走り出す颯。すると、1人抜いて、もう1人抜いてとすごい追い上げを見せる颯。

「あいつめっちゃ早いじゃん!」

「おいおい、このまま一気にトップいっちまうぞ!」

どよめくクラス。

「冨樫くんすごい。」

と寺坂が関心していると横から陵大が口を挟む。

「そりゃそうですよ。あいつ俺より早いですもん」

それを盗み聞きしていたクラスメイトがさらに驚く。

「え、でも100メートル走石川くんが走ったよね?一番タイムが早いからって理由で」

と寺坂が不思議そうに聞いた。

「あー、あいつタイム測定の時休んだんですよ。だから記録がないんです。」

と陵大の説明が終わると、颯の方を再び見る寺坂。すると、もうすでに1位の7組のそばまで来ていた。颯もこれはいけると思い、抜かそうとした時、7組のやつに足を絡ませられバランスを崩した。寺坂ははっきりと見ていたが、他の観客や先生にはただ単に颯がバランスを崩しただけのように見えていた。ぬかすことはできなかったが、2位まで昇り詰めて次の人にバトンを繋ぐ颯。そしてレース終盤。残りは梶谷とアンカーの陵大のみであった。梶谷の前の野球部がいい走りを見せ、1位で梶谷にバトンを繋ぐ。走り出す梶谷。

「梶谷さん頑張れー!」

「梶谷さんファイトー!」

颯と寺坂も応援をする。梶谷は運動が苦手なりに今日まで毎日姉に見てもらいながら必死に練習してきた。何より初めての勝利をこのクラスで取りたい梶谷。後ろの人に距離を縮められながらもなんとか1位を守り切り陵大にバトンを渡そうとした時、

バタン・・・・

クラスの盛り上がりが一気になくなる。梶谷はバトンゾーンの手前で転んでしまった。しかも、足を捻ってしまい起き上がることができない。そして、7組に抜かされた。

「梶谷さん頑張れー!」

「立って梶谷さん!」

颯と寺坂は必死に梶谷を鼓舞する。しかし、立つことができない。そして、次々と抜かされていく。梶谷は立てないのならばと、這いつくばいながら進むことにした。しかし、少しずつしか進まない。その間にどんどん抜かされ気づけば最下位となっていた。涙が止まらない梶谷。それを見て陵大はバトンゾーンギリギリまで移動し、手をめいいっぱい伸ばし

「ここまで来い!さやか!!」

と言った。梶谷は最後の力を振り絞り陵大にバトンを渡した。それと同時にそばに待機していた寺坂はすぐに梶谷を保健室に連れて行った。陵大がバトンを受けった時にはもうすでに全てのクラスがゴールしていた。しかし、梶谷の頑張りを無駄にしないように陵大は一生懸命最後まで走りきった。ゴール時にはグランドいっぱいに拍手が鳴り響いた。


今は全ての競技が終了し得点を集計している最中だった。しかし、みんな結果は知っていた。悔しさからか、疲れからか、誰も一言も話をしない。そんな中、保健室から寺坂と松葉杖をついた梶谷が帰ってきた。颯と陵大が慌てて駆け寄る。

「梶谷さん大丈夫?」

颯が梶谷に聞く。しかし、とても答えられる状況じゃない梶谷。そのため、代わりに寺坂が答えることにした。

「右足首の捻挫だって。しばらくは安静にしておく必要があるって」

と寺坂が梶谷の容態を説明した。颯と陵大はそっかーとだけ呟いた。すると、

「いや、まじないわ」

と野球部の1人がわざと梶谷に聞こえるくらいの大声で言った。

「いやほんとそれな!あそこでコケるか?ふつう」

ともう1人の野球部も続く。

「ちょっとそんな言い方しなくてもいいじゃない!」

と寺坂も怒った口調で言い返す。

「そうだ、梶谷さんの最後の頑張り見てなかったのかよ!」

と颯も寺坂側に着く。

「そんなん知るかよ結果が全てだろ!」

「てか、あんなんで折れるかフツーよわっちぃんだよ」

とさらに怒った口調になった野球部が颯と寺坂にそう言った。

「女の子なんだから仕方ないじゃない」

「はぁー?女ならなんでも許されるわけ?」

「寺坂さんさー可愛いからってチョーし乗ってない?」

と矛先が寺坂に向いた。

「おい、今寺坂さんは関係ないだろう!」

と颯が入り込む。先ほどから梶谷は震えるばかりで何も話すことができない。

「おい、てめーそろそろなんか喋れよ!」

とついに梶谷に矛先が向いた。何も話せない梶谷。

「てか、お前体育祭実行委員だったよな?なんでお前がやってんだよ。一番あり得ないだろ」

と野球部の1人が言った。すると、以前海で梶谷と話した内容を思い出した陵大は、気づけばその野球部の胸ぐらを掴んでいた。

「おい、てめーもういっぺん言ってみろや」

颯は中学から一緒だが、こんな陵大は初めてだった。それでも、怯んだりしない野球部はさらに煽り始めた。

「おー、何度でも言ってやるよ。世界一使えないポンコツ実行委員だよ!」

その言葉の後ついに我慢の限界に達した陵大は左手を後ろに引いた。その時、小藤先生が陵大の左腕と胸ぐらを掴んでいる右手を掴んだ。

「はい、ストップー。石川、暴力はダメだろ?」

と優しく注意する先生。その顔を見て少し落ち着いた陵大。それとは反対に勝ち誇った顔をしている野球部二人組。

「お前らもだ。言葉も暴力の内だからな気をつけろ」

と陵大の時よりも少し厳しく注意する先生。野球部も大人しくなった。

「おやおや、仲間割れかい?」

と言いながら近づいてきたのはさっき颯の足を引っ掛けた7組のやつだった。

「まぁ、僕は負けた原因は肝心なところでバランスを崩した君だと思うけどね」

と颯を指差しながら煽るようにじゃべる。よく見ると、借り物競走の時、颯に寺坂をとられたやつであった。

「それはあなたが足を引っ掛けたからでしょ?」

とすかさず寺坂は言い寄った。

「え〜なんのことですか?」

ととぼける7組のやつ。

「あなたね〜・・・」

と流石の寺坂も頭に血がのぼる。すると、そこに再び先生が割り込む。

「まぁ、落ち着け寺坂」

「でも!」

とすぐに寺坂が反抗する。

「お前は自分達の努力を信じられないのか?」

と先生の言ってる意味が寺坂には全くわからなかった。その時、集計終了のアナウンスが鳴り響き、閉会式の準備に入った。生徒たちは開会式と同じように並び始める。

「これより閉会式を始めます。それでは早速結果発表に移りたいと思います!」

と盛り上がりを見せる中、6組だけは静まり帰っていた。

「それでは、一年生から発表したいと思います!」

「第1位は・・・・」

喜ぶ準備をする7組。


「6組!」

 ・・・・・・・

え?と6組全員の顔が上がる。しかし、何も言葉にできないクラスメイトたち。

「え、ちょ、ここ盛り上がるところだよー。まぁーでもはじめてだから仕方ないか」

と発表者が軽く冗談を言ったタイミングで7組の例のやつが立ち上がった。

「すみません、それ順位まちがえてませんか?7組が1位ですよ!」

と発表者に抗議した。

「あーそうですね確かに競技終了段階では7組が1位でした。しかし、6組には審査員の先生方から団旗最優秀賞が贈られたため、得点に50点が追加され、最終的には6組が総合優勝となりました!」

と発表者が言い終えると、やっと現状を理解した6組のクラスメイトたち。その様子を見て発表者が再び口を開く。

「どうやら、少し誤解をしていたようですね。それではテイク2です!一年生、第1位は・・」

という発表者の掛け声に合わせて6組の人たちは準備をする。

「6組!」

「よっしゃー!!!」

これ以上にない歓喜の声が鳴り響く。

「やったな陵大!」

「おう、やったぜ颯!」

とハイタッチをする颯と陵大。

「やったー勝ったー勝ったよー沙織ちゃん!」

「勝ちました。勝ちました!」

と抱きしめ合う寺坂と梶谷。

喜びの声が飛び交う中、団旗の講評が述べられる。

「とてもオリジナル感あふれる良い作品だった。アクセントとして本物の貝殻を取り入れたのはとても好評に値する。また、真ん中に書かれた力強い字もその魅力に一部だ。全体的に非常にバランスの取れた良い作品でした。」

「だってよかったね沙織ちゃん!」

講評が終わると、寺坂は梶谷の字が褒められていたことに嬉しくなり再び抱きつく。梶谷も喜びのあまり涙が込み上げてくる。

「えー、それでは第2位の発表に移りたいと思います。」

第2位は・・・1組!」

その時再び7組が声を上げる。

「なんでですか?2位は俺たちでしょ?」

すると、今度は発表者に変わり体育の先生が段の上に上がった。

「えー7組はある生徒が全員リレーの際、行為的に足を引っ掛けるというスポーツマンシップに反することを行ったため、強制的に最下位と致します。なお、我々教職員はその証拠となり得る映像をすでに確認済みです。」

というと、7組のやつは言葉を失い、そのまま下を向いた。

閉会式が終わると、寺坂は梶谷を連れて野球部2人のところに行った。

「ちょっと、あんたたち今回、沙織ちゃんが団旗の制作に協力してくれたおかげで優勝できたのよ。何か言うことあるんじゃない?」

すると、野球部の2人は揃って申し訳なさそうにして言った。

「さっきは言いすぎたごめん」

「俺もひどいこと言ってごめん」

素直に謝る2人を見て仕方なく許してあげることにした寺坂。そして、野球部が離れた後に再び口を開く。

「本当は沙織ちゃんにあんなひどいこと言ったんだから許したくはないんだけどね」

と寺坂が呟くと梶谷が少し前から気になっていたことを聞いた。

「えっと、沙織ちゃんって・・・?」

ポカンとする寺坂。

「何言ってるの?もうさん呼びなんてできないよー。だから、私のことも美由って呼んで!」

と寺坂は梶谷に催促した。梶谷はしばらく考えた上で、

「じゃー美由さんで」

と少し妥協した。それでも嬉しかったのか再び抱き締める寺坂。抱きしめられる中、梶谷はふと、全員リレーの時に陵大に下の名前で呼ばれたのを思い出した。

「よーしお前らここで帰りのショートやっちゃうからちょっと集まれ」

と小藤先生がみんなを集め出す。

「えー、連絡事項だが特に無いな」

いつものこと過ぎて何も感じなくなってきているクラスメイトたち。すると、1人の女子生徒が声を出す。

「先生、連絡事項あるんじゃないですか?」

すると、珍しく驚いた表情を見せる小藤先生。

「いや、本当にないぞ」

再度、バインダーを確認する小藤先生。

「7組の不正行為を先生方に報告したの先生なんでしょ?テント裏で、ビデオカメラを先生方に必死に向けながら7組の不正を訴える小藤先生のこと私見ましたよ」

その言葉にクラスメイトは皆、小藤先生の方を見る。先生は、少し動揺した仕草を見せた。

「知らんなー人違いじゃないか?」

しかし、先生はその事実を否定した。

「じゃー気をつけて帰れよ」

と小藤先生は帰ろうとした。すると、1人のクラスメイトが写真を撮ろうと先生を引き止めた。先生は、露骨に嫌な表情をしたが、いやいや引き受けた。

「それじゃー、撮るぞー」

と先生がカメラを構える。すると、1人のクラスメイトがこっちこっちと先生を呼ぶ。

「違うよ、先生も一緒に写ろうっていってるの」

と1人が先生を呼ぶ。すると、続けて他のクラスメイトも呼び始める。小藤先生は仕方なく近くにいた他の先生にスマホを渡し、クラスメイトの元へと向かった。

「それじゃ撮りますよー」

パシャッとシャッター音がする。

その夜、小藤先生からこの時の写真とともに今日の体育祭のビデオが大量に送られてきた。この体育祭は颯たちにとって最高の思い出となった。    

          続














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