第4話 水着イベント

待ち合わせ場所に来てから30分が経とうとしている。今日は体育祭の団旗に使うための貝殻を集めに行く日だった。颯と陵大は8時に南川駅集合と言われたため、7時45分に来ていた。そして、今は8時15分とっくに待ち合わせの時間を過ぎていた。

「これが遊ばれるということか」

と突然陵大が今日の約束を疑い始めた。

「いや、それはさすがにないだろ。」

と颯は微笑しながら答えた。そして、少しの間があった後に陵大が喋り出す。

「でも、普通に考えておかしいよな、寺坂さんはしっかりしている方だと思うし、梶谷なんてしっかりしすぎてカチカチだろ?なのに2人して遅刻なんて」

と陵大が言い出した。

「確かにな、でも連絡手段もないし、どうしよっか」

と颯もおかしいと思い心配になる。

「よし、こうなったら寺坂の家に行ってみよう!梶谷のことはその後だ」

と陵大が思いつきのまま言った。

「ここから寺坂さんの家の行き方わかるよね?颯くん?」

とこっちを若干睨みながら見てくる陵大。先日、陵大に寺坂の家に行ったことや寺坂の生足を見たことがバレた颯はまだ少し陵大の怒りをかっていた。そのため、颯は今日まで何かあれば陵大の言いなりになってきた。そして今日も、颯は陵大の言う通り寺坂の家まで案内することにした。案内する最中でお互いの今日の服装の話になった。

「陵大、今日の服装気合い入り過ぎじゃないか?」

と颯は話を切り出した。

「おう、いいだろうこのカーディガン。兄貴に借りたんだ」

とカーディガンを触りながら陵大は颯に言った。陵大の今日の服装はプリント白ティーに薄い茶色のカーディガンを羽織っており、下はピッタリめのジーパンをはいており、ちゃっかり伊達メガネもつけている。

「でも、海水ってカーディガンの生地痛めるんじゃないのか?」

とカーディガンの生地を心配する颯。陵大は大丈夫大丈夫と全然気にしていない様子だった。

「てか、お前は俺のカーディガンの心配じゃなくて自分の服装の心配をした方がいいんじゃないのか」

と陵大は颯の服装を笑いながら指差し、そう言った。颯の今日の服装は服は青色、ズボンも青色、帽子までも青色である。

「誰のせいだと思ってるんだよ」

と呆れ気味の颯。実は、この服装には訳がある。それは先日、颯が陵大に黙っていたことが全てバレた時に遡る。


「おい、次はないって言ったの覚えてるか?」

颯は陵大と目を合わせることができない。寺坂と梶谷は水着を買いに行くと近くのショッピングモールに行った。残った颯と陵大は一緒に帰ることとなり今、まさに気まずい感じになっている。

「え、あ、はい覚えてます。」

颯は走って帰りたい気分だった。

「さぁー、何してもらおうかなー」

と静かに怒りながら考える陵大。大体こういった時陵大はろくなことを思いつかない。例えば、颯が陵大のバイト先の制服を破った時は、颯の嫌いなゴーヤを10本まるかじらせたり、陵大のロボットコレクションの中でも一番お気に入りのやつの右手首を折った時は、ウイルスチェックの時に行われる綿棒を鼻の奥まで差し込む行為を意味もなく10回行うといっためちゃくちゃな罰ゲームをさせられた。そのため、颯は今回相当な覚悟をしていた。陵大はその颯の姿を見て少し怒りがおさまった。

「まぁ〜、今回は颯のおかげで寺坂さんと水着イベントを迎えられる訳だしな。少しは多めに見てやるよ」

その言葉に安堵の表情を浮かべる颯。

「その代わり、今言うことを当日本気でやれよ」

とニヤニヤと何かを企んでいる表情を浮かべる陵大であった。


そして、その企みが今の颯の服装である。陵大が颯に要求したのはクラスカラーである青をふんだんに使ったコーデで当日を迎えることであった。

「別にこんくらいいつもの罰ゲームに比べたら痛くもかゆくもねーよ」

と何も恥じらいの様子を見せない颯。陵大もさすがにここまで青一色で来るとは思っておらず、提示した側にも関わらず少し引いていた。そうこういっていると、なんだか寺坂の声が聞こえてきた。颯と陵大があたりを見渡す。すると、長ーい1本道の途中で寺坂と梶谷が人相の悪い二人組の男に囲まれているのを見つけた。

「おい、あれってナンパってやつだよな?」

と陵大は颯に聞く。

「だな」

と一言だけ答える颯。

「こういう時って、俺の彼女に何かようですかって言えば、逃げていくんだよな」

と陵大は真面目な顔で呟く。

「いやそれ漫画の話だろ、現実的にはお構いなしに殴って来るのが8割だと思うぞ」

と颯は陵大の意見を否定した。颯と陵大はお世辞にも喧嘩が強いとは言えなかった。しかも、相手は遠くからでも分かるぐらい体が大きく、喧嘩になったらまず勝てる見込みはない。お互いにどうしようか悩んでいると陵大が颯の今日の服装に目をつける。そして、何か思いついたのか颯に作戦を指示する。

「なぁーいいだろう少しだけ俺たちと遊ぼうぜ」

「お金は全部こっちで持つからさ」

と男2人が寺坂と梶谷に話しかけている。

「あの、人を待たせているので・・・」

「ですから、結構ですと先ほどから申し上げているではありませんか」

と寺坂と梶谷も必死に抵抗していた。

「あの!」

とそこに陵大のみが現れた。

「なんだお前?」

と1人の男が陵大に聞いてきた。流石の威圧感である。

「その人たちは自分の連れなので他を当たってください」

と陵大は威圧感に負けずに堂々といった。

「おいおい、両手に花とは良いご身分じゃねーか」

「でも、そんな器じゃせっかくの綺麗なお花が枯れちゃうぜ」

と全く引く気のない2人組。なんなら今にでも殴りかかってきそうな勢いである。寺坂も梶谷も流石に心配になる。だが、陵大は何も焦ることなく大きく息を吸い込み、

「お巡りさん、ここです!」

と大声でさっきまでいた方向を見ながら叫んだ。2人組の男もつられるようにそっちの方向を見た。それと同時に颯が遠くの方から勢いよく走ってきた。ある程度距離があるため男たちからは全身青色で帽子を被った警察に見えたのだろう。男たちは慌てて逃げ出す。その様子遠くから見て一気に優越感を感じた颯はなんだか楽しくなり、

「そこの2人、止まりなさーい」

とアドリブを入れ始めた。その声に男たちの逃げ足はさらに加速する。男たちの姿が見えなくなったぐらいで、息を切らした颯が陵大たちがいる地点に合流した。

「ナイス警官役!良いアドリブだったぜ」

と笑いながら陵大は颯に言った。寺坂と梶谷はうまく状況が飲み込めずにいた。

「2人とも大丈夫?怪我とか?」

と息を切らしながら颯は2人に聞いた。

「あ、うん、助けてくれてありがとう」

とようやく寺坂が話し始めた。

「えと、助けて頂きありがとうございます」

と梶谷も続けてお礼を言う。颯と陵大は無言でピースをした。

「いやー、にしても俺いい作戦思いついたよなー!」

とテンションが上がってきた陵大は自画自賛を始めた。

「いやいや、俺の名演技のおかげだろー?」

と颯もテンションが上がり自画自賛を始めた。寺坂と梶谷はその2人の表情を見て少し安心したのと同時に少し呆れもした。

「しかし、もっと良い方法はなかったのですか?警察は普通2人で行動するため一般的に見たら疑われると思いますが」

と梶谷が冷静な指摘を入れる。颯と陵大にとってその情報は初耳だったため驚きを隠しきれなかった。

「まぁ、でも結果オーライだよ!結果オーライ」

と笑いながらごまかす陵大。

「結果オーライではありませんよ!今回は・・・」

颯が近くから陵大と梶谷で話しているのを見ていると、寺坂が近づいてきた。

「冨樫くん、助けてくれてありがとね!」

と寺坂は颯に満面の笑みでお礼を言った。颯は少し照れて、赤くなりながらうなづいた。

「それにしてもよく警察の変装道具なんか持ってたね」

と寺坂は関心していた。少し間をとった後に颯は真顔で

「え、今日俺この服装なんだけど」

というと、寺坂はえっというの1文字だけを呟いた。


「着いたー!」

と真っ先に改札から飛び出したのは寺坂だった。他の人たちも遅れて改札から出てくる。電車に揺られて約1時間。電車の中では、ナンパの話で持ちっきりだった。そして、今こうして無事に目的地に辿り着いたのである。

「えっと、海はこちらですね」

とスマホのナビを見ながら梶谷はみんなを案内する。寺坂はそれとなくお礼を言う。

「海までどれくらいだ?」

と陵大が梶谷に聞いた。

「およそ10分ほどかかる予定です。」

梶谷はスマホの画面を見ながらそう答えた。

「あと10分か、楽しみだなー」

と陵大がつぶやく。

「何がだ?」

と颯が陵大に聞いた。

「何がって寺坂さんの水着姿に決まってるだろ!」

とテンションが上がっているせいか目の前に本人がいるのに関わらず大声でいう陵大。流石に、寺坂も少し恥ずかしがっている。梶谷はナビに夢中で何も聞こえていなかった。すると、陵大は梶谷の存在を忘れていることに気づき、慌ててフォローすることにした。

「いやー、梶谷の新調した水着も楽しみだなー」

すると、梶谷はポカンとした表情でこちらを見ている。

「水着なんて買っておりませんが?」

陵大は少し困惑した。

「え、だってあの日寺坂さんと買いに行ったんじゃないのか?」

と疑心暗鬼に聞く陵大。

「はい行きました。しかし、買うのはやめました。」

と当たり前のように答える梶谷。

「なんで?」

と陵大。

「必要なくなったからです。」

と梶谷。全く言っている意味がわからず理解できない陵大。すると、その様子を見た梶谷がもっとわかりやすく説明をすることにした。

「実はあの日寺坂さんと買い物に行かせて頂いた時に気づいたのです・・・」

陵大と颯は梶谷が次に言おうとしていることに耳を傾ける。

「この時期に海開きをしてるところなんて無いのではと」

その言葉に陵大と颯は言葉を失った。


目的地に着いてみると、やはり海開きなんてしておらず、遊泳禁止の文字が。陵大はその場に崩れ落ちた。

「何をそんなに落ち込んでいるのですか?遊泳禁止とはいえ貝殻を集めるという当初の目的なら十分に果たせると思いますが」

と梶谷が四つん這いになっている陵大に話しかける。

「だって、寺坂さんの水着姿が見れると思って、今日楽しみにしてたのに」

と陵大は下を向きながらそう言った。

「とんだ変態さんですね。そもそも貝殻を拾うだけなら水着なんて元々必要なかったのです。いつから泳ぐことが前提になっていたのか。ですよね寺坂さん」

と梶谷は確認の意味も込めて寺坂の方を見ながらそう言った。すると、なんだか寺坂の顔が赤くなっている。

「寺坂さんどうしたの?暑いの?」

と颯が寺坂に心配そうに聞いた。

「え、い、いや別になんとも」

と挙動不審に答える寺坂。その姿を見て梶谷はもしかしてと思い、

「寺坂さん、シャツの襟の後ろから水着の紐が出てますよ」

とかまをかけてみた。すると、

「え、うそ!どこどこどこ・・・」

と想像以上の反応に、梶谷は自分の推測が確信に変わり、陵大と颯は現状を把握した。寺坂はとにかく恥ずかしかった。


「おー!めっちゃ可愛いっす!てか、本当に肌綺麗ですね」

と寺坂の水着姿を見て完全復活した陵大。寺坂は思いもよらないお披露目の仕方となり、恥ずかしさを隠しきれなかった。

「いや、まさか寺坂さんが下に水着を着ていたなんて」

とたまに寺坂にからかわれる颯はいつもお返しをと思い、少し寺坂を煽った。何も言い返せない寺坂。

「寺坂さん、あの日海開きの話をした時、当日水着の持参はなしということになりましたよね?」

と少し呆れた口調で梶谷が寺坂に聞く。

「だって、万が一ってことがあるじゃん!てか、滅多に着る機会ないんだし、せっかくなら水着着たいじゃん!」

とやけくそで全ての思いをぶちまけた寺坂。

「全く、なんのためにここまできたと思っているのですか」

と梶谷は呆れた口調で呟く。

「あれ、でもそしたらなんで梶谷は水着新調しようと思ったんだ?」

とふと疑問に思った颯が梶谷に聞く。梶谷は少し顔が赤くなる。

「確かに、元々貝殻集めしかする気ないなら水着いらないもんな」

と陵大も梶谷に聞く。梶谷はさらに顔を赤くする。

「あ、わかった!梶谷さんも海に入りたかったんでしょ!」

とよろこびながら寺坂は梶谷に言う。すると、梶谷の顔が真っ赤になる。その表情を見て3人とも梶谷の本当の気持ちを察知した。

「じゃー、とりあえずみんなで海に入ろう!膝ぐらいまでなら問題ないだろうし」

と意気込む寺坂。すると、颯と陵大も水着になり始める。

「おい、颯お前水着も青色かよ!」

と笑いながら指摘する陵大。

「冨樫くん青好きなんだね」

と誤解をする寺坂。颯が好きなのは赤である。しかし、罰ゲームであるため特に何も言えない颯は適当にうなづく。

「えっと、私水着無いのですが」

と恥ずかしそうに呟く梶谷。

「本当に持ってきてないのか」

と陵大が少し驚いた口調で言った。

「でも、膝までだから少しズボンの裾を上げれば問題ないと思うよ」

と寺坂がアドバイスする。梶谷は寺坂のアドバイス通り裾を膝上くらいまで上げた。

「それじゃー行こう」

と掛け声を言う寺坂を筆頭に次々と海へと入っていく颯たち。初めはみんな寒がっていたが、徐々に慣れてきて気づけば、水のかけ合いを行っていた。

「ちょっとあの、服が濡れてしまいます。」

と梶谷がみんなに注意するが、みんな楽しすぎて梶谷が普通の服であることを忘れており、問答無用に梶谷を濡らそうとする。梶谷はそれを必死に避ける。そして、陵大からのかけ水を避けようとした時、ついに、つまづいて転んでしまった。梶谷がずぶ濡れになったのを見て颯たちは梶谷が普通の服だったことを思い出す。陵大は顔が真っ青になった。

一度、海から上がり梶谷を石垣に座らせた。

「はい、これ」

と寺坂が梶谷にタオルを手渡す。

「梶谷〜本当にすまん!」

陵大が両手を合わせて謝っている。

「いや、俺も梶谷が水着じゃないことすっかり忘れてた。ごめん。」

「私も」

と続いて颯と寺坂も謝る。

「あ、いえ大丈夫ですよ。そもそも私が素直じゃないのがいけないので」

と恥ずかしそうに答える梶谷。ちょっと言っている意味がわからない3人だったが、すぐに本題に入った。

「てか、帰りの服どうするんだ?」

と颯が話をきり出す。

「服だけなら私、着替え用に2枚持ってきたから貸せるけど、下はどうしようか」

と寺坂がみんなに尋ねる。少し空白の時間がある。

「じゃー俺が貸すよ」

と陵大が真っ先に提案する。

「え、ですがそれでは石川さんはどうなさるんですか?」

と梶谷は陵大に聞いた。

「俺は海パンのままで帰るから大丈夫だ。」

と陵大は笑顔で言った。

「でも、陵大のじゃ大きすぎるだろ。俺が貸すよ」

と颯が言い出す。確かに陵大の身長が175cmに対し、颯は165cm。一見、颯のズボンを借りた方がいい気がするが、颯の今日の服装はアレである。

「いや、石川くんのズボンでよろしくお願いします。」

と梶谷は即答した。

「体濡れてるから早く帰って温めたほうがいいんだろうけど、まだ貝殻集め終わってないのよね」

と寺坂が困った表情を浮かべる。

「それじゃ、俺と寺坂さんで貝殻集めてくるから陵大はここで梶谷さんといてくれ」

と颯が指示をした。そして、その指示通り颯と寺坂で貝殻を拾いに行き、陵大は梶谷といることとなった。しばらく沈黙の時間が続く。

「いや、本当にごめんな」

と再び陵大は謝り出す。

「もういいですよ。朝のこともありますしこれでおあいこです。」

と梶谷が陵大に言う。何か気まずい空気が漂っていた。陵大は何か話すことはないかと考えているとふとずっと気になっていたことを思い出した。

「なぁ、なんでお前体育祭実行委員になったんだ?」

と陵大が梶谷に聞くと、梶谷は陵大のことを睨み出した。が、陵大はそんなことには気づかず話し続ける。

「いや、お前あんまり人前で何かするの得意そうじゃないし、体育だって授業見ててわかるけどそんなに得意な方じゃないだろ?それなのに、やりたい人って聞かれた時真っ先に手あげてたし」

すると、梶谷からは今で聞いたことのないほどの大声が聞こえた。

「得意がないのなら好きもあってはいけないのですか!」

陵大は梶谷の言ってる意味はわからなかったが、その声にはとてつもなく驚いた。梶谷は少しためらった後にゆっくりと話し始めた。

「私には3つ上に姉がいるのですが、その姉が運動神経抜群で、小さい頃から何をやらせてもさっとできちゃって特にバスケは本当にすごくて小学生の段階で有名な大学から推薦貰ってました。もう意味が分かりませんでした。」

「へぇ〜、すごいな。じゃー今はその大学で活躍してるのかー」

と話の途中で陵大は感心していた。

「いいえ、姉は今料理の専門学校にいます。」

「え、なんで?」

と陵大はすぐに梶谷に聞いた。

「姉は高校まではバスケをしていたのですが、高校2年生くらいの時に料理にハマってそのまま専門学校に行くことを決めたのです。」

と誇らしげに話す梶谷の横で陵大も素直に感心する。

「すごいな、俺だったらそのままバスケしてただろうな。やっぱり、他人に認められるっとすげー嬉しいことだし、年を重ねるごとに新しいことするのって怖くなるものじゃん?」

と陵大が梶谷に聞く。

「そうですね。しかし、当時の姉にはバスケでここまできたという成功体験がありましたから、料理も上手くなれるって自信はあるんだと思います。まだ、包丁もろくに扱えないんですけどね。」

と梶谷は笑いながらも話を続けた。

「そして、私も昔、書道小学生の部で日本一になったという成功体験があります。そのせいか、スポーツもいずれはできるようになると可能性を捨てきれないでいるのですよ」

と悲しい表情をしながら海を眺める梶谷。

「そっかー、すごいな俺とは大違いだ」

それを見て思わず、陵大はそう呟いた。梶谷は思わず陵大の方を振り向く。

「お前と姉さんいい兄弟だな」

しかし、そこには満面の笑みでそう言う陵大の顔しかなかった。すると、陵大は梶谷を見てあることに気づく。

「お前水着着てんじゃねぇーか」

と濡れた服が透けて下の水着が目に入った陵大が梶谷にそう言った。すると、梶谷は顔を真っ赤にして、

「うっさい」

と初めてのため口で言い返した。

そこに颯と寺坂がビニール袋いっぱいに詰められた貝殻を片手に戻ってきた。

「ごめん、お待たせ」

と寺坂が遠くから手を振る。

「寺坂さん、ありがとうございます。」

と寺坂にだけにお礼を言う陵大。

「え、俺は?」

と思わずツッコむ颯。そんな何気ないやりとりの横で先ほどの陵大の台詞が耳から離れない梶谷はずっと陵大のことを見ていた。


「お待たせ〜」

と寺坂が声を出しながらこちらに走ってくる。どうやら女性陣の着替えが終わったようだ。梶谷は寺坂から借りた服と陵大から借りたズボンを身につけている。しかし、これではいくらなんでも寒いと思ったのか陵大が上着を梶谷に手渡す。すると、梶谷より先に颯が口を開く。

「え、いいのか?お前それ・・・」

のタイミングで陵大が颯に黙っておくように無言で伝える。すると、梶谷はお礼を言い、ゆっくりと袖に手を通す。梶谷は暖かいのか顔を少し赤くする。

「それじゃーそろそろ帰りましょうか」

と寺坂が言うとみんな駅に向かって歩き出した。みんな電車の中ではぐっすりと眠りにつき、南川駅に着くまで誰も一言も話さなかった。南川駅に着くと、みんなそれぞれの帰路に着く。そして、各々自分の家に寄り道せず、まっすぐ帰った。

「ただいま〜」

と陵大が自分の家に帰った。

「おかえり〜」

と兄の幸助がたまたま玄関の近くにいて陵大を出迎える。すると、何かに気づき幸助が口を開く。

「あれ、お前俺のカーディガンは?てか、なんで海パン?」

と陵大を見ながら聞く。少し空白の時間がある。陵大は迷った末、

「ごめん、風で海に流されちゃった。」

と嘘をつくことにした。幸助を特に怒ることもせず、ずっと陵大を見続けている。そして、ニコッと笑うと優しい声で陵大に言った。

「五万な」

                 続
















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