第63話 必殺の瞬間
絶対このままじゃ難聴になる激しい爆音。ともすれば体ごと持っていかれるような衝撃の連鎖。俺はそれでも前に進んでいた。
同時に自分の力のなさを悔やんでもいる。こんな状況で、俺みたいなただの村人が必死になるしかない狂った運命に不満を漏らしている場合じゃない。でも、もっと鍛えておけば良かったという後悔は、心の中でパッと消えては浮かんでしまう。
どうしても俺だけの力じゃ足りない。そんな気がして、
「誰でもいい! 力を、貸してくれよおおお!」
なんてひどく勝手で他力本願な叫びをしながら、黒い光線と光線の隙間を走る。やばい! もうすぐ他の魔法が飛んできちゃうぞ。ここか、ここで使うべきか。そう考えていた時だった。
不意に、何も持っていないはずの左手に何かがぶつかってきて、そのまま握ってしまった。
「え? え? これって」
確かこれ、ディランが持っていた剣じゃなかったか? どうして今俺が握ってる?
まるっきり理解不能なんだけど。……ま、まさか!
さっき俺が叫んだら手伝おうと飛んできてくれたとか、そういうこと?
「なんだー。いるじゃん助けてくれるやつ。……って嘘だろ!?」
唐突に毒魔法が降りかかりそうになり、俺はもう限界だとばかりにスキルを発動させた。最後の一手。多分これ以外に使えるものはない。どういうわけか世界全体をゆっくりにする【減速世界】だ。
嘘みたいに遅くなる、俺以外の何もかもが。音までも鈍く光までも散漫に、竜だった人すらも止まっているようだ。
だがここで、どうにもならないことに気づいた。ドルガロスのニヤケ顔が遠間からでも分かる。隕石魔法、毒魔法、炎、雷、吹雪、よく見えてないけど多分風の刃も。あらゆる魔法が、俺が到達するであろう場所に向けて放たれていた。
そしてもうすぐ、俺はその地点を超えなくてはいけない。奴はちゃんとそこまで読んでいたってわけだ。
「くっそ! このままで終われるか!」
しかし、今は最後の切り札を使ってる真っ最中だ。ここで引くこともたじろぐことも許されない。なら突き進め、もう行くしかない。行け!
心の中で覚悟をガンギマリにして突っ込む。その時、ふと妙な考えが浮かぶ。
「この剣で、魔法を……切れたりしないか!」
誰も聞いてない中で大声を張り上げながら、半ばやけになって剣を振った。すると、毒の液体が本当にスパッと切れた。
「おお!? いける!」
この時、きっと俺は正気じゃなかったんだと思う。だって、普通そんなこと試さないだろう。でも、もう構ってられない。滅茶苦茶に走りながら、俺は必死に剣を振る。振って振って、振りまくっている。
すると、どんどん切れていく。隕石も吹雪も、炎や光でさえも。どうなってんだ? そう思う間も無く、そろそろ時間切れが近いことに気づいた。あと数秒程度で、多分終わってしまう。
この時、不意に雷が肩に触れた。
「あ!? ……って、痺れない?」
なんともない? もしかして、痛みにも鈍感になれるのか?
「だったら!」
悩んでいる場合じゃない。自殺行為上等。俺は数多の魔法に正面から飛び込むように全力疾走した。すると、なぜか当たっている魔法のほうが崩れていく。全然痛くない……でも、これスキルが解けた後死ぬんじゃ?
しかし竜の王はまだ遠い。時間がない。あの頭上に作り上げている魔法には、やっぱり届かないのか。だが、俺の予想よりはいくらか解除が遅い気がした。まだいけるか?
気がつけば俺は、奴まで五十メートルの距離に迫っている。しかし、あと五十メートルが遠い。どうしても、届かない。届かないのか。
ごめん、フィア。ここまできて、期待に応えられないや。俺は諦めそうになっていた。音が元通りになる。振動が身体中を揺さぶる。とうとうスキルの効果が消えた。また再度使える頃には、もうあの魔法はとっくに完成してる。
「なああ!? ぜんっぜん効いてなイぃ!? やっぱお前ヤバい奴!」
竜の王が目を丸くして叫ぶ。ヤバい奴だなんて、お前に言われたくねえよ。
そうだ。たしかディランのやつ、この剣は特別な効果があるようなこと言ってたっけ。じゃあ、この剣が届きさえすれば。
『ジークだったら、きっと届くよ』
なんだろう。この状況で、昔のことを思い出すなんて。小さかったフィアの声がした。死ぬ間際だからか。俺は思い出したくもない記憶が脳をよぎり、ふと馬鹿みたいにやっていた努力まで頭に浮かんだ。
……待てよ。これ、届くだろ。
そうだ。ずっと練習していたじゃないか。こういう時のためじゃなかったのか。俺は時のつるぎをしまい、ディランの剣を逆手に握った。
「でも今度ハ私の勝ちだな。もうすぐこれが完成シて、時喰い——」
ドルガロスは笑いながら、両手を前に出した。魔法をぶっ放す直前かもしれない。
「だあぁあーー!」
全速力から大きく右足を踏み込む。左手を大きく振りかぶって、渾身の力で剣を前に投げ飛ばす。キラキラと虹の色を描きながら、剣身が吸い込まれるように奴へと進む。
「オ! 残念」
奴は自らの目前に壁を作り上げた。だが、俺の狙いはお前じゃない。
「オ!? おおおおお!」
ドルガロスが驚きで叫び固まる。剣はマグマのように蠢く凶悪な黒い玉に突き刺さり、中心から何本もの光を発していた。
「えええええ。ば、爆発……しちゃウ……」
竜の王があんぐりと口を開いたまま、自らの魔法が暴走を始める様を眺めていた。
「ヤバい! アアアアー!」
だが奴は眺めているだけでは終わらず、唐突な行動に出た。自らが作り出した壁を両手で持ち上げ、バッサバッサと黒い玉に風を送り始めたのだ。っていうかそれ、意味ある? 相当混乱してない?
ここで爆発が起きたらどうなっちゃうんだろう。間違いなくあいつは終わる。だが、それは俺も一緒だ。
「あ、あああ。わ、分からされてル。ジークに」
こいつ何言ってんだ。とにかく意味が分からない。
理解できない言動ばかりで呆れるが、時間はもうない。黒く巨大な魔法は暴走を始めており、きっともうすぐ大爆発を引き起こすだろう。だけど、このままラグ城や街にぶち当てられるよりはマシだったと思う。
俺は疲れきって佇んでいた。もう逃げる気力も残ってないよ。フィアやみんなはちゃんと逃げられるだろうか。黒い魔法の玉が震え、いよいよその時が来る。しかし、普通の大爆発じゃないみたいだ。
「また引き分けだなぁ! ジークうううー!」
「これは勝ちだよ! 俺の!」
体を張ってワガママを貫いたんだから、俺のほうが勝ってることにしてくれ。死ぬ間際くらい、そういう都合の良い解釈をしたっていいだろ。でも、なんでこんなに落ち着いていられるのか不思議だ。
できればまたフィアに会いたかった。村のみんなにも、両親にも弟にも。でも、ただの村人が竜の王を倒すっていうのに、これ以上を望んでいいんだろうか。
いや、最後まで足掻いてみるか。俺は時の石板を呼び出した。この石板には、今使用できるスキルが小さな光とともに表示されている。キャンセルも減速世界も、大方有用なやつは光が消えている。これらのスキルにまた光が灯った時は、使用者本人が天国に行っている頃かもしれない。
「やっぱダメか。……あれ? これって」
そういえば、一番最初に習得したスキルをまだ使ってなかった。
「時のおまじない」
とりあえず使ってみる。その直後、やっぱりというか俺は黒く禍々しい光に包まれ、その視界を闇色に染められていくのだった。
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