第28話 聖女が隠していたこと

 ローダンセはレオの村よりも沢山のお店が並んでいて、時計塔や美術館、酒場通りもある面白い町だ。


 ちょっと落ち着かない気分になりつつも、俺たちは町の入り口にある預かり所に向かった。こういう施設は大概どこにでもあって、動物だって預けておけるからとても便利。まあ、その分結構なお金が必要だけどね。


 地竜を預けた後は、とりあえず町をぶらぶらと歩いた。フィアは、「わあ!」とか、「すっごく変わってるー」とか黄色い声をあげて瞳を輝かせる。なんでも、目的の場所は決めてあるらしい。


 まずはお買い物。一番の目的はオシャレな帽子らしく、つばが広いハットがいくつも窓際に飾られていた。


 店内に入ってから、フィアは本気のお買い物モードに入ったようだ。明るい雰囲気は残しつつ、真面目な顔で帽子を取っては被り、取っては被りしている。


「ねえ? 似合うかな」


 黒くてツバの広いハットを被った彼女は、グッと大人っぽくなった……と、言ってあげたほうがいいんだろうか。いや、正直に言おう。ぜんぜん似合わん。とはいえ、直球で言うのはさすがにまずい。


「うーん。悪くないかもだけど、もっと似合うのがあるかもな」

「そっかー。うん、じゃあこっちは?」


 次は麦わら帽子だった。その次はバケットハット。そうだった。なんかしっくりこないと思ったら、フィアは聖女の法衣を着ていたからだ。ある意味帽子とのギャップがあり過ぎて幻想的ですらある。


 俺がその旨を伝えたところ、


「そっかー! じゃあ服も選ばないとね」


 と俄然やる気になってしまった。まずい、言ってはならない一言だったが、後悔した時はすでに手遅れ。今度は服にスカート、靴選びも手伝うことになる。


 なんだかんだやっているうちに試着タイムに入ったのだが、俺は試着室前でひたすら着替えが終わるのを待って、フィアが登場したら感想を伝えるという行為を繰り返すことになった。


「じゃん!」

「ジャケットかぁ。綺麗な感じするな」

「見てー」

「おお、なんかトップスが透けてる。攻めてんなー」

「へい!」

「デニムか、似合うね」

「はーい!」

「かわいい」

「え……」


 はっ! つい口走ってしまった。最後のサマードレス、個人的に最高過ぎた。いやいや、俺の好みで感想言ってどうする。気がつけば試着室をチラチラと見やる人たちが増えていた。


 結論、フィアはどんな服を着ても似合う。店員さんまでもがうっとりと眺めていた。


「え、えーと。ありがと! 決めた! 全部買っちゃお」

「お金大丈夫か?」

「うん。この前ボーナス貰ったから、大丈夫」


 さすが冒険者として稼ぎまくってることはある。俺ならとてもこんなに買えないわ。


「これでしばらくは村でやっていけそう」

「ん? そういえばいつまでいる予定だっけ」


 滞在日程についてはちゃんと教えてもらってなかったけど、もうフィアが里帰りしてから結構経つ。さすがに休みといえど長すぎじゃないか。素朴な疑問が自然と口に出た時、なぜか彼女は気まずそうに目を逸らして、両手の指先を胸の前でツンツンしはじめた。


「う、うん。実はなんだけど……そろそろ、ちゃんとジークにはお話したほうがいいよね」

「え? なんかあったのか」


 どうも変だと思っていたが、何かを隠していたらしい。大抵のことはさらっと喋るフィアが躊躇っているのは一体なんだろう。少しばかりの不穏な空気を纏いつつ、俺たちはひとまずカフェに行くことにした。


 目的のお店は意外にも近くにあり、お昼時を過ぎていたせいかガラガラだ。注文を終えて待っている間、どうにも気まずい沈黙が流れる。


 ちょこちょこと話しては消える会話を繰り返すうち、俺のパンと彼女のパフェがやってきた。いつになくフィアは神妙な面持ちだ。


「なんか緊張してきたかも。ちょっと食欲減退してる気がする」

「マジか。そんな気にすることないって」


 それからしばらく時間が経った。彼女は好物である甘い物すら喉を通らなくなっているのだとか。運ばれてきたパフェにも三回目のおかわりをする程度だった。


「いやいや、だいぶ食ってるだろ!」

「じ、実は……その。私、言ってなかったんだけど」

「お、おう。パフェのことはスルーなのね。どうした」


 そんなに食ったら太るぞ、と言いかけたがグッと堪えて、とにかく続きを待つ。


「私、ディランのパーティから家出中なの」

「へ?」


 すると、彼女は淡々とパフェをもぐもぐしながら、今までの経緯を話してくれた。かいつまんで言うと、ディランと学園時代を一緒に過ごし、冒険者として活動してきて、彼女は奴に強い不信感を抱いたようだ。


 だから家出したという結論で終わるほど、事はそう単純でもないらしい。この度フィアが神より授かりしギフトダンジョンを、ディランは執拗に欲しがっていたとのこと。


 そして、奴がレオの村にやってくるまでは、俺のダンジョン攻略を支援し続けるという。頭の中が疑問でいっぱいになってきたが、差し当たってまず聞きたいことは一つ。


「剣聖なわけだし、あいつに資格をやらなかったら、さすがにまずくない?」


 むしろなんで今、俺が挑まされてるの? 不信感があるとは言っても、それだけでは理由としては弱い気がする。


「でもね、ディランにはきっと渡しちゃいけない。きっと不幸なことが起きる。そんな気がするの」


 推測じみた彼女の意見に、うむむと悩んでしまう。この五年間で何があったのか、それは二人の間でしか分からないことだ。五年も一緒だったのなら、少なくとも判断材料は沢山あったんだろう。


「でもね。ジークの言うとおり、拒んじゃいけなかったの。私がギフトダンジョンを授かった時は、すぐにディランに資格を与えて挑戦させること。それが……聖女としてやっていく上での条件の一つだったの」

「ディランが……その条件を出していた?」


 フィアが、こくんと首を縦に振る。聖女となって大成するまでの教育費、村と実家へ送られる支援金。それらの為に彼女は多くのことに従ってきた。いや、従わされてきた。


 そして彼女は信じることができない男と、いずれは結婚しなくてはならない。五年前に感じた怒りが、うちから沸々と出てきそうになって、慌てて蓋をする。


「でも、これだけは抵抗しなくちゃいけないと思って。だから……ジークに渡すことにしたの」


 正面から真っ直ぐに見つめられ、ただ閉口してしまった。フィアの真意がどうしても掴めずにいる。でも、きっとここで聞いておかないともう機会がないかもしれないと思って、ぎこちないが質問してみた。


「奴以外に渡すなら、他にもっとましな奴はいただろ。どうして俺なんだ」

「ううん。私はジークにあげるのが、きっと一番良い事だって信じてる」


 即答だった。俺は面食らってしまい、また少しの間固まる。フィアはふっと表情を崩して、いつもの柔らかな笑みを見せる。


「ねえ、なんでジークにしたと思う?」

「え? いや、それは……」


 さっきは俺が聞いていたはずの質問だったのに、逆に同じ質問で返されてる。やだもう! すっごい失礼な子!


「じゃあ宿題ねっ。ちゃんと考えておいてね」

「なんで俺が考えるんだよ」


 訳が分からないと思っていたら、彼女はスッと立ち上がる。


「じゃあもう行こっか。実はちょっと確かめてみたいことがあるんだ」

「何処に?」

「ジークが大好きだところだよ」


 意味深だ。意味深すぎてちょっとドキドキする。そんな艶めいた唇から言われたらきっと大抵の男子は誤解するよ!

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