謝罪中継

そうざ

Broadcast of an Apology

 楽しみにしているアニメの再放送を観ようとテレビを点けたら、自己弁護だの倫理観だのという文句が聞こえて来た。画面の隅に『Live』というクレジットが出ている。テレビ欄を確認したが、どうやら放送予定が変更になったらしい。程なく終わるだろうと僕は何となく画面を眺めていた。

 何処かの偉い人らしい背広姿の小父さんが、沢山のマイクが並ぶテーブルを前に何やら太々しい表情で喋っていて、その言葉尻を捉えた取材記者達はもっと太々しい口調で頻りに詰め寄っている。

 小父さんは手元に用意した文章を淡々と読み終えると、他人事のような態度を貫いたまま立ち上がり、バーコード状の髪で覆われた頭頂部を世間様に見せびらかすように腰を折った。それが合図であるかのようにフラッシュが激しくなる。

 そろそろ終わりかと思ったが、小父さんは中々頭を上げない。腰骨が壊れたのかと思う程、斜め六十度くらいの姿勢を保ち続けている。記者もざわつき始めた。

 すると、画面に向かって右側、つまり上手の方から神妙な面持ちの男が一人、颯爽と登場した。

 鮮やかな江戸小紋柄の裃には、花を基調にしていると思われる家紋の入っている。大銀杏に結った太目の髷は誇らし気にてかてかと光り、画面を通して鬢付け油の匂いが漂って来そうだった。勿論、腰には大小の刀を手挟んでいる。

 何処から見ても列記とした侍である事は、間違いなかった。

 侍は無言で肩衣を外すと、ゆっくりと大刀の鯉口を切り、八双に構えた。小父さんは小刻みに震えている。これから自分の身に起きるだろう出来事が恐いのか、それとも、単にくの字型の体勢が辛くなって来たのか、その辺の事はよく分からない。

 次の瞬間、侍は上段に直り、一気に大刀を振り下ろした。

 僕だけでなく、記者の面々も、そして、この模様を観ていた全国の視聴者も、はっと息を呑んだに違いない。

 小父さんの首は、テーブルの上に転がって弾んだ。前面に並べられたマイクにぶつかり、ぼぼっという雑音が辺りに響く。一方、首を失った胴体は、斬り口から液体を噴出しながらその勢いでパイプ椅子にどすんと着席した。

 ここまで、ほんの数秒の早業である。

 僕は、いつの間にか画面の間近まで躙り寄り、食い入っていた。そして、無意識に、カッコイイ、と独り言を呟いた。

 侍は、斬り落とした首の後ろ髪をぐっと掴むと、高々と持ち上げ、滞りなく介錯が終った旨を示した。さっきよりも激しいフラッシュが一斉に焚かれた。

 首だけになった小父さんは、半眼で虚ろな眼差しになっていたが、どこか世間を小馬鹿にしたようなあの太々しい雰囲気はそのままで、死して尚その顔に反省の色は感じられなかった。そう思って眺めてみると、首の斬り口から滴り落ちる粘性に富んだ血はどす黒く、極悪人のイメージにぴったりだった。こんな人は首を落とされて当然だ、と僕は思った。

 侍は、血で汚れた大刀を懐紙で拭うと、緩急のある動作でそれを鞘に収めた。一連の所作に微塵の無駄もない。きっと百戦錬磨の介錯人なのだ。

 恙なく謝罪記者会見及び介錯が終り、記者達が席を立とうとしたその時、侍は何を思ったか、パイプ椅子に凭れ掛かっている小父さんの胴体を傍らに引き倒し、代わりにそこへ腰掛けると、マイクに向かって喋り始めた。

「拙者、本日この場へ定刻通り参上せんと心得ていたにも拘わらず、不覚にも渋滞に巻き込まれ、僅かながら遅刻を致した。誠に持って弁解の余地もない――」

 確かに、小父さんが頭を下げてから侍が現れるまでに変な間があった。その所為で、小父さんは辛い姿勢のまま待たされ、無用な精神的、肉体的苦痛を味わった筈だ。でも、遅れたと言っても高々数秒に過ぎない。小父さんがどんな悪事を働いたかは知らないが、それと比べたら侍の落ち度なんて大した問題ではないだろう。きっと大半の視聴者がそう感じている。

 当の侍は、背筋をぴんと伸ばしたまま腹式呼吸で喋り続ける。

「介錯人の大役を仰せ付かった者として、あるまじき失態で御座る。斯様に無様な姿を皆々様方の前に晒しながら生き長らえんとするは、正に末代までの恥と考え申す。故に、勝手ながらこの場を借り、陳謝の意を表したい」

 言い終わるが早いか、侍はテーブルの上に正座し、勢い良く両肌を脱いだ。そして、徐に抜刀した小刀を何の躊躇もなく左脇腹に突き立てた。

 その表情が僅かに歪む。

 記者達が一斉にざわめき、小父さんの時以上に激しくフラッシュを焚き始めた。

 僕はと言えば、自分も刀を握ったつもりで拳を腹に押し当て、歯を食い縛り、思わず切腹の物真似をしていた。

 介錯人の立場から一転、切腹人となった侍は、苦悶一色の顔を更に歪めながら、突き立てた刃を右脇腹へと引き回した。真一文字の傷口から何かしらの内臓が体液と共にでろでろと食み出して流れる。そこで一旦、小刀を引き抜くと、改めて鳩尾に突き立て、臍下まで一気に切り下げた。更に赤系統の色取り取りの内容物がでろでろとお目見えする。

 侍は見事、形式に則った十文字状の切腹をやり遂げたのだった。

 その後も暫くは絶命出来ず、突っ伏した状態で苦しみ続けていた。哀しい事に、介錯人を介錯する侍はやって来なかった。記者達は馬鹿の一つ覚えのようにフラッシュを焚くばかりで、誰一人、止めを刺してやろうとする者はいなかった。普段から、ペンは剣より強しと喝破している人種だけあって、誰も刀を使い熟す技量など持ち合わせていないのだろう。そもそも、当の侍も素人の下手糞な介錯で己の死に様を汚されては敵わないと思っているかも知れない。

 結局、テレビ局は更に放送予定を変更し、侍の最期の瞬間まで延々と生中継を続けた。予定されていたアニメの再放送がなくなってしまったのは残念だったが、思い掛けず斬首と切腹の両方を観る事が出来た僕は、何か得をしたような気持ちになれた。

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