ロミオとロミオ

ポンタ

第1話 巨乳グラビア女か俺

 生まれついてのものはどうしたって抗えない。

 近頃は同性愛に理解を示すようになったが、それはやはり少しだ。テレビドラマやネットの世界であればすぐに理解し容認できる。しかしいざ現実に自分の近くに同性愛者がいると分かると、しかも自分に気があると分かると心のどこかで距離を図ろうとする。

 “勘弁してくれ”と。

 言葉にしなくても雰囲気で分かる。だからその雰囲気さえも出さないように気をつけた。

 好きで同性が好きになったわけではないのに・・・。

 性別なんてなければいいんだ。


 学校の休み時間。

 目の前に陽介の顔がある。端正な顔立ちをしている。綺麗に整っている眉、笑うと三日月になる目、スッと真っ直ぐな鼻筋、柔らかい輪郭、フワッとした清潔感のある髪型、柔らかな口調。その全てがとてもチャーミングだ。

「修二、聞いてる?」

「あ、ごめん。」

 陽介が苦笑する。ついついその端正でチャーミングな顔に見とれてしまった。

「悪いんだけど、また頼めないかな?」

「いつ?」

「今週の日曜。」

「・・・。」

 わざと間を置く。陽介は不安そうな顔でこちらを見ている。

「良いよ。」

「良かった~、ありがとう。」

 陽介は素敵な笑顔になる。それがたまらなく愛くるしい。ここが教室でなかったら思いっきり抱きしめてキスをしたいくらいだ。

 チャイムが鳴り、みんな自分の席に着きだす。

「じゃあ、よろしくね。」

 陽介はそう言って自分の席に戻っていった。もっと話していたい。休み時間が10分は短すぎる。


 特に部活動をやっていない自分は放課後に図書室で勉強して帰るのが日課になっている。そして勉強しながら今度の日曜日を想像する。

 さっき陽介に相談されていたのは“デートに付き合って欲しい”という内容だ。

 かなりモテる陽介はしょっちゅう女子から告白だったり、デートに誘われる。告白は断るがデートぐらいであれば誘いに乗る。だが気まずいから付き合って欲しい、と言うのだ。

他人から見ると自分はいいように使われているのかもしれないが、どんな理由でも陽介と一緒にいられるのは嬉しいし、それにもし陽介がデートした女に惹かれそうな時は阻止する事が出来る。

「・・・。」

しかし、今回はちょっと手強い。

 勉強の手が完全に止まる。今回のデートの相手は学年一の美少女、と言われている。

名前は辻堂岬。

高校生のくせにグラビアアイドルなんかやっていて、たまに下世話な三流雑誌に出ている。クラスの男子が教室でその雑誌に群がっているのをチラ見したことがある。もちろん陽介はそこにはいない。ただ胸がでかくてタヌキ顔の童顔で細いだけの女。自分から言わせればただの尻軽の性格の悪いくそダヌキだ。しかし男子からは絶大な人気を誇っている。辻堂岬もその事を分かっているから愛想を振りまいている。そのブリッ子に男共は股間を熱くしている。単純で馬鹿な男達だ。たかだか三流の雑誌ではないか。

「・・・。」

 腕を組んで考える。三流なのは間違いないが、だけど今回のデートはとても危険だ。どんな色仕掛けで陽介を誘惑してくるか分からない。しかも今は夏だ。露出度の高い服を着て来られたらたまったものではない・・・。

 妄想が膨らみすぎて、その後勉強が再開される事はなかった。


 校内のグラウンドにライトがつき、サッカー部がボールを追いかけて走り回っている。立ち止まりその光景を眺める。目線の先には陽介がいる。

「かっこいい~。」

 ちょっと離れた所で女子たちがキャッキャと黄色い声を出している。

「・・・・。」

 思わず睨む。しかし、思い直してすぐに睨むのをやめる。陽介の事になるとついついむきになってしまう。これでは陽介に嫌われてしまう。黄色い声援をよそに自分はその場を離れた。


 帰り道、そして帰ってからも今度の日曜の事を考えていた。

 ベットに寝転がり悶々とする。

「その気がないなら遊ぶのやめたら?」

以前に勇気を振り絞って言った事もあった。

「でも、ただ遊びに誘われただけだから。」

そう言って陽介は寂しそうな顔をする。その顔を見ると自分が悪い事をしているのではないかと思えてくる。

「でも、向こうは絶対陽介に気があるよ。告白される前に断ってあげた方がいいって。」

「・・・それはちょっと自意識過剰な気がする。」

 下を向いて呟く。完全に自分が嫌な奴になっている。そしてこれ以上突っ込むことなど出来なかった。


 ベットで横になり携帯電話で“辻堂岬”と打ち込む。ヒットしたサイトはたくさんあり、そのどれもが辻堂岬を持て囃している。“無邪気な小悪魔”“かわいすぎる高校生”“釘づけGカップ!”などのキャッチコピーで溢れ、面積の少ない水着を着て笑顔でこちらを見ている辻堂の画像が貼られている。

「・・・。」

 腹立たしいが、確かにかわいい気がするし男が好きそうな顔をしている。さすがの陽介も今回は辻堂岬に惹かれてしまうかもしれない。大人に囲まれて生きている女なのだ、何も知らない高校生など惚れさせるのは簡単かもしれない。

「絶対にダメ!」

 枕を抱きながら思わず口にしてしまう。あんな女に渡すわけにはいかない。必ず今度の日曜日は二人の邪魔をして引き離さなくてはいけない。


 日曜日。

遊園地に現れた辻堂岬はミニの白いワンピースを着て現れた。

「お待たせー。」

 手を振りながらこちらに近づいてくる。いかにもアイドル風の恰好をしている。白いワンピースから伸びる細くて白い手足、スリムな体系なのに出るとこが出ている。周りを見渡すと男たちはみんな辻堂を見ている。

「行こう。」

 そう言って、辻堂が陽介の手を握って入り口ゲートに向かった。

 おい!その手は何だ!恋人じゃないんだぞ!

 そう心の中で絶叫する。

 いかし、我が陽介はそんな誘惑を跳ね返す。入り口を入ったところでサッと繋いだ手を外した。

 偉い!

 小さくガッツポーズをする。恋人でもなんでもないのだから当たり前だ。しかし、いきなりの先制パンチに面食らってしまった。この先も油断できない。

 自分達はまずジェットコースターに乗り、次にお化け屋敷に行き、ミラーハウスに行き、メリーゴーランドにも乗った。その間、明らかに辻堂は陽介と二人きりになろうとする。しかし自分はなるべく陽介から離れることはせずに少し強引なくらいに二人の会話の中に割って入っていった。

そして売店で食べ物を買ってテーブルで小休止する事になった。

「ちょっと、トイレ行ってくる。」

 陽介は立ち上がり行ってしまった。

「・・・。」

 沈黙が流れる。辻堂はこちらを一切見ない。始めから気がついていた事だが、辻堂は一貫してこちらを見ようとしない、まるで自分を空気のような存在として認識しているようだ。きっと邪魔なのだろう。

「あのさ。」

 他所を向きながら辻堂が初めて話しかけて来た。声が陽介の時より3オクターボくらい低い。

「なんであんたが一緒なの?」

「は?」

「邪魔なんだけど。」

 本当にあの辻堂岬が喋っているのかと疑ったが、間違いない。あの“無邪気な小悪魔”が喋っている。

「俺は陽介にお願いされて来ただけ。」

「じゃあ帰ってよ。」

「は?」

「腹でも痛くなってよ。」

 平然と言ってくる。正気かこの女。

「私が陽介君狙ってるの分かってるでしょ。二人きりになりたいの。」

「だったらそう陽介に言えよ。」

「そんな事言ったらあんたの事追い払ってるみたいで嫌な奴に見えるじゃん。」

「充分嫌な奴だろ。」

「は?喧嘩売ってんの?あり得ないんだけど。」

「俺は陽介に頼まれて来たからお前の言う事は聞かない。ま、お前みたいな胸だけ女は、陽介興味ないだろうけどな。」

 辻堂は目を大きく見開き、顔を真っ赤にして歯を食いしばってこちらを睨みつけてくる。その顔は小悪魔ではなく完璧に“鬼”のようだった。今後キャッチフレーズは“完璧な鬼”にすればいい。

「あり得ない!なに言ってんの?意味わかんない!っていうかあんた日曜にデートする相手もいないの?モテない男!」

「お前に関係ない。陽介に頼まれたから来た。だから陽介の言うことしか聞かない。それだけだ。」

「陽介、陽介って気持ち悪い。あんた学校でいっつも陽介君と一緒じゃない。もしかしてホモなんじゃないの?キモ!ホモ!キショ!」

「ホモって言うな!」

 思わず語気を荒げた。一瞬辻堂はビクッとした顔になる。

「・・・勝手にすればいいだろ。俺はただ付いて行ってるだけだ。今まで通り無視すりゃあいいだろ。」

「あっそ、じゃあそうするわ。邪魔しないでよね、気持ち悪い。」

 言い返してやろうかと思ったが、口をつぐんだ。

「ごめん、ちょっとトイレ混んでた。」

陽介が戻って来た。

「ううん、全然大丈夫~。次どれに乗ろうか?」

 辻堂はいつもの作り声に戻り、マップを見ながら陽介に体を近づけた。

「・・・。」

 その光景を眺め、何故か急激に冷めた気持ちになった。そして辻堂に対する怒りも無くなった。いや、無くなったと言うより急に虚しくなった。理由は自分でもよく分からなかった。

 それから残りのアトラクションに乗り、最後に観覧車に乗る事になった。「高いの苦手だから二人で乗れば。」そう言って辻堂と陽介二人だけで観覧車に乗せた。

「・・・。」

 徐々に上っていく観覧車を見つめる。なぜ自分がここにいるのか分からなくなっていた。


 その日、辻堂を家まで送った自分たちは電車に乗って帰った。

「今日はありがとう。助かった。」

 電車の中で陽介がお礼を言ってくる。

「いや、大丈夫。どうだった今日は?」

「まあ、特には。遊園地は楽しかったけど。」

その言葉に少し安堵する。

「でもさ、今回はあの辻堂じゃん?遊園地のアピールも半端なかったし。もしかしたら今回ばかりは陽介もぐらついちゃうんじゃないのかと思ってさ。」

「・・・。」

 少し考え込むような表情を見せる陽介。

「はっきり言うとさ、何も感じないかな。こういう言い方すると凄く調子に乗ってると思われるかもしれないけど、好きな女子は今のところいないんだよね。」

「・・・そっか。」

安心して思わず笑顔がこぼれた。

「それにあの辻堂って子は、二面性がありそう。」

 鋭い所を陽介が突いた。

「どこら辺が?」

「ん~、なんか貼り付けたような笑顔をしてくるし。」

 見ている所はしっかり見ているんだなと、またしても安心した。

「そうだよ、あの女は裏の顔激しいよ。実はさ・・・。」

 陽介がトイレに行った時の辻堂の態度を言ってやった。

「マジかよ・・・。」

 さすがの心優しい陽介も苦笑いをした。それから自分が一方的に散々あの女の悪口を言って盛り上げた。陽介は必死になって悪口を言っている自分を見て笑ってくれていた。


 自宅に帰りベットに横になる。

「また、何も出来なかった・・・。」

 陽介に変な女が寄り付かないように監視をすることは出来ても、自分との関係を縮めることは全く出来なかった。ちょっとでもそんな素振りを見せてしまったらきっと嫌われてしまう。陽介は“あっちの人”だ。好きになってもこちらが傷つくのがオチだ。

「陽介・・・どうしてあなたは陽介なの?」

 『ロミオとジュリエット』を自分にダブらせ呟く。ジュリエットがロミオの事を思い、恋しくて恋しくて思わず呟いてしまった台詞だ。本家は家柄が障害になり実らぬ恋に終わってしまったが、こちらは性別。これも結局は実らぬ恋で終わってしまうのだろうか。しかも告白もしないままに。

「陽介・・・。」

 ゆっくりと目を閉じ陽介の顔を思い浮かべる。

 やはりかわいい。

「・・・。」

 脳裏に“告白”の二文字がちらつく。やっぱり断られるだろうか?いや、もしかしたら「いいよ。」って言ってくれるかもしれない。

「・・・好き。絶対好き。」

 思いっきり布団を抱きしめる。かなり恥ずかしい。告白しなければずっと友達の関係としていられる、けど告白しなければそれ以上の関係は望めない。当たり前の事を当たり前のように悩む。

ただ、好きなのが同性なだけなのだ。


 次の日に辻堂から学校で呼び出しを食らった。

「陽介君何か言ってた?」

 こちらを睨みつけながら聞いてくる。

「何をって何?」

「ムカつくわね。昨日の遊園地はどうだったか聞いてんの。」

「自分で聞けよ。」

 この言葉にまたしても鬼のように睨んでくる。

「あんた、なんなの?こっちは無理して嫌いな相手に聞いてんのよ。私を気に入らないのは自由だけど、陽介君が誰と恋愛しようが勝手じゃない!」

 勝手ではない。

「遊びで陽介に近づくなって言ってんの。」

「遊びなんて誰が言ったのよ、勝手に決めつけないでよ。」

 その言葉に一瞬たじろいだが、ここで引くわけには行かない。

「遊びに決まってるだろ、言い寄ってくる男なんて腐るほどいるだろうが。」

「意味わかんない!だからなんなの!?それと陽介君が何の関係があるのよ。偏見もいいとこ、馬鹿じゃない!」

 吐き捨てるように言って、そのまま辻堂はどこかに行ってしまった。

 取り残された自分はすぐにその場を立ち去れなかった。偏見、と言う言葉が心に引っかかる。偏見を嫌っていた自分が、一番偏見で人を見ていた。


 辻堂と言い合いをしてから数日が経った。辻堂は変わらずに陽介にアプローチしている。放課後ジっとサッカーをしている陽介を見ていたり、部活が終わった後は一緒に帰っているようだった。

「岬の奴さ、最近毎日陽介君の帰り待ってるらしいよ。」

「あざとくない?」

「本当マジそれ。」

「調子に乗ってんじゃないの。」

 ある時陽介のサッカーを見ていた数人の女子が辻堂の悪口を言っているのを耳にした。少し離れた所に同じくサッカーを見ている辻堂の姿もあった。

「・・・。」

 雑誌のグラビアで男子の注目を集めてる女が、イケメンの陽介にグイグイ手を出そうとしている。外野でキャッキャ言っている女子からしたら面白くないのは当然だ。たぶん辻堂もそんな事は分かっている。だけどこの女はそんな事はどうだっていいのだろう。自分のしたい事をしているだけなのだ。

辻堂の目は陽介だけを追っていた。


 学校の昼休み、陽介に辻堂の事について尋ねた。

「どうなの、辻堂とは?」

「どうって?」

「告白された?」

「ううん、されてない。」

 遊園地デートから一ヶ月が経っている。たぶん告白は時間の問題だろう。

「陽介はどう思ってんの?」

「・・・よく分かんない。」

「ん?何それ?」

 “特に何も”的な発言を期待していたので心臓の動きが速くなった。

「最初は特に意識してなかったんだけど、メールとか一緒に帰ってくうちに意識するようにはなったかな。」

「あっそう・・・。」

 続きの言葉を失う。今まで女性になびかなかった陽介が惹かれ始めている。

「修二はどう思う?」

「どうって?」

「辻堂の事。」

 言葉に詰まる。サッカーをしている陽介をジッと見つめていた辻堂や、自分にぎゃんぎゃん吠えながら必死に陽介の事を聞いてくる辻堂を思い出すと、「やめた方がいい」とはどうしても言いだせなかった。

「・・・まあ、わがままそうだよな。」

 これが精一杯の答えだった。性格が最悪だろうと女子から嫌われようと辻堂の一生懸命さを否定する事は出来なかった。


 好きならば告白すればいい。

そんな簡単な事が自分にはハードルが高い。一般的に男が「どうして女性を好きになってしまったんだ」と思う事はないし、当たり前の事すぎてそんな事に悩まない。だけど「どうして男を好きになってしまったんだ」になると途端に違和感を感じるし、悩む。

やはり自分は普通ではないのかと思う。世間の“普通”に当てはまっていないとこんなにも生きづらい。両親にも友達にも誰にも打ち明けた事がない。今まで好きになった男子に「好き」と言った事もない。だけど「好き」なものは「好き」なのだ。いくら思い悩んで苦しもうとこの事実からは逃げられない、だからいつまでもこんなジレンマに絡まっている訳にはいかないのだ。いつかは嫌われるのは承知で伝えなければいけない・・・。


 図書館で勉強していると、またしても辻堂に呼び出され、端っこの人気のない所に連れて行かれた。

「なに?」

「あんた、陽介君に余計な事言ってないでしょうね。」

「は?意味が分かんないんだけど。」

「私、陽介君に明日告白するから。」

「・・・。」

 真剣な顔で辻堂が見てくる。

「だから、陽介君にその事で相談されても余計な事言わないでよね。こっちは真剣なんだから。」

「・・・勝手にすればいいだろう。俺には関係ない。」

「あっそ、本当は今日が良いんだけど仕事で無理だし・・・じゃあ明日言うから邪魔しないでよ。」

「ああ。」

 そしてそのまま念を押すような目をこちらに向けて立ち去って行った。

「・・・。」

 ついに恐れていた事が起こる。「意識するようになった」という陽介の言葉を思い出す。約一か月関係を作って来た辻堂の告白を、もしかしたら受け入れてしまうかもしれない。

胸が張り裂けそうになる。

このまま何も伝えずに自分の恋は終わっていいのだろうか。もし告白するのなら今日しかない。陽介の部活終わり、そこが最後のチャンスだ。


 「あれ、どうしたの?」

 部室の前で、珍しそうな顔で陽介がこちらに目を向ける。

「ちょっと用があってさ、学校残ってたんだ。ちょうどいいから一緒に帰ろうと思ってさ。」

「分かった。着替えてくるからちょっと待ってて。」

 そう言ってそそくさと部室に戻る。

 20分くらいで陽介は部室から出て来た。

「行こう。」

 そう言って駅へと歩き出す。道中は学校の事や、部活の事、進路の事、特に特別な会話もなくいつも通りの会話をして帰った。

 電車に乗り、最寄りの駅で一緒に降りる。そして家の方角が別々なので駅前で別れる。一緒に帰るときはいつもこうだ。しかし、今日は少し違う。「また明日。」と帰っていく陽介の背中に声をかける。

「陽介。」

 その声はきっと緊張していたと思う。陽介はこちらを振り返る。

「ちょっと話があるんだけど。」

 心臓が張り裂けそうになる。

自分たちの横を仕事帰りのサラリーマンや学生が通り過ぎていく。いつもの日常の風景なのに、自分と陽介だけが異空間にいるようだった。

「何?」

「・・・うん。」

 告白した後の反応が全く予想できない。緊張のあまり大きく深呼吸する。

「驚かないで聞いてほしいんだけど。」

「うん。」

 こちらがこれから告白するなんて少しも思っていない顔をしている。

「あのさ・・・実はさ・・・ずっと前からさ・・・。」

本当に自分は告白しようとしている。本当にこれが正解なのか・・・。しかし喋りはじめてしまった以上もう止めることは出来ない。

「引くかも知れないけどさ・・・俺さ、陽介の事がさ・・・。」

「・・・。」

 何も言わず黙っている陽介。そこから言葉が出て来ない。恥ずかしさのあまり下を向いているので陽介がどんな顔をしているのか確認できない。

ちゃんと言わなきゃいけない。

ただの告白なんだ。

ただ好きなのが男性なだけなのだ。

「好きなんだ。ずっと前から。」

 顔を上げる事が出来ない。どんな顔をしているのか確認するのが怖い。

「男同士だから、こんなのは変かもしれないけど、でも俺は陽介の事が好きなんだ。」

「・・・。」

 沈黙が流れる。そしてポツリと「ごめん。」という言葉が聞こえた。

「・・・。」

予想していた言葉だった。充分分かっていた事なのに「ごめん。」の言葉に体が耐えられない。

「本当にごめん。」

もう一度謝られる。

「修二、顔を上げて。」

「・・・。」

 ゆっくりと顔を上げる。陽介は真剣な顔をしている。

「修二の気持ちはありがたいけど、応えられないよ。」

「うん・・・。」

「今まで通り友達っていうのはダメなのかな。」

 何て答えればいいのか迷う。

「そんなの調子いいか。ごめん。」

 陽介は苦笑し、申し訳なさそうにしている。

「・・・ううん、ダメじゃない。今まで通りでいい。」

かろうじて答える。フラれたショックと告白の緊張から一気に解放されて、立っているのもやっとの状態。

 陽介は「ありがとう。」と答え、笑顔になった。自分の視界が徐々にぼやけていくのが分かった。

その後の事はよく覚えていない。

 そしてあっけなく自分の告白は失敗に終わった。


――――――一ヶ月後。

 まず、辻堂の結果はどうなったか。結果、辻堂はフラれた。けれど「ありえない!」とモテ街道を走ってきた本人にとっては納得がいかないらしく、今もせっせとアプローチを続けている。

 そして自分は、あの告白の日から数日はぎこちない関係が続いたが、今はなんとなく以前のような関係に戻りつつある。

 なるべく見ないように心がけてはいるけれども、校庭で陽介がサッカーをしているのをたまに眺めてしまう。

「・・・。」

やはりかっこいい。今だに未練はあるが、断ち切るようにその場を離れる。

これでいいんだ。

そう・・・これでいいんだ。

「すみません!」

野球部のグラウンドの横を通り過ぎようとしたところで足元にボールが当たった。当たった方向に目をやると野球部の生徒がこちらに走ってくる。

ボールを投げ返す。

「ありがとうございます!」

帽子を脱いで深々と挨拶をする。その顔は日に焼けていて、目付きも鋭く、スポーツに一生懸命励んでいる真剣さが伝わって来た。

「・・・。」

走り去る野球員の後ろ姿を眺めた。

「・・・。」

やっぱり自分は、男性が好きだ。陽介が好きだ。

 それが“普通”なのだ。

 だから・・・辻堂のように諦める必要もないのかもしれない。

 だって、それが自分にとって普通の事だから。

 踵をかえしてもう一度サッカーグラウンドに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロミオとロミオ ポンタ @yaginuma0126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ