沈黙の少年

西野ゆう

第1話

 夕闇に包まれ始めた住宅街。

 一軒の家を中心にして半径三百メートルの約五十世帯に、家族の団欒と明かりはなかった。

 中心になっている家の周りには、警察車両が並んでいる。

 一八時二五分。三度目の銃声が静かな住宅地に響いた。

「発砲あり! 発砲あり! 突入部隊は突入に備えろ!」

 他の部隊に向けた無線を耳にして、狙撃手の男は思わず引き金に指をかけた。銃にあてた頬が、流れる汗を冷ます。狙撃手は息を吸って引き金から指を外し、自分への命令を待った。

 赤外線スコープに浮かぶ犯人の白い影が、倒れた母親にすがる男児に近づいている。

 犯人が何か話したのか、男児が首を激しく横に振っているのが見えた。

「何を話しているんでしょうね」

 集音マイクは機能していないらしく、誰の耳にも届いてこない。

 狙撃手が呟くと、その横で眉間に皴を寄せ双眼鏡を覗く男が溜息を吐いた。

「宿題は済んだのか訊いている……わけじゃないだろうな」

 立てこもり犯は、この家の父親だ。警察が到着した時には、既に同居している妻の両親を射殺していた。

「まずいっ!」

 双眼鏡で現場を見ていた男が思わず叫んだ。慌てて肩の無線機のマイクを握る。

「犯人が銃口を咥えました。発砲許可を!」

 狙撃手は無線から返答がある前にセイフティを外し、引き金を引く指に神経を集中した。

「発砲を許可する。発砲を許可する」

 一度目の言葉が終わる前に、狙撃手は引き金を引いた。

 住宅街に、二発の銃声が立て続けに響いた後訪れた一瞬の静寂は、突入する警官たちの怒号でかき消された。だが、立ち尽くす男児の周囲では、いつまでもそこにあるかのように無音の空気が重くのしかかっていた。

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