Final Phase 慟哭

「律! どうして君がここにいるんだ!」

「詳しい話は後だ! とにかく、鯰尾君を解放しろッ!」

 律が発した言葉によって、僕は酒井任から解放された。正直、生きた心地はしなかったが、現状よりはマシだろう。そして、律は酒井任に詰め寄った。

「お前は、骨喰律か」

「久しぶりだな、酒井君。君と会うのはいつ以来だろうか」

とぼけたことを言うな。つい最近まで、僕と一緒に就活していたじゃないかッ!」

「そうだな。共にIT企業への就職を目指して、互いに失敗した身だ。方や半グレ集団の一員となり、方や歌舞伎町で探偵ごっこをやっている。こういうの、共倒れって言うんだよな」

「そうだな、酒井君の言葉を信じるならばそうなるな。ともかく、どうして君は半グレ集団のリーダーになったんだ」

「そんな事、お前に関係ない。死んでもらうだけだ」

「いや、僕は死なない。まだ、死ぬべきではないと神様が告げているからな」

「そうか。これでも言えるのか?」

「うぐッ」

「律!?」

 律の腹部に、ナイフが刺された。血を吐いて倒れる律。その様子を、僕はじっと見つめるしかなかった。

「拳銃だけじゃなくてナイフも持ち歩いていたなんて、卑怯だぞッ!」

「それが、俺のやり方だからな。どんな手を尽くしてでも、俺は邪魔者を排除する。それだけの話だ」

「鯰尾君……救急車を呼んでくれ……僕はまだ死ぬわけには行かないんだ……」

「そんな事言われても……」

「救急車を呼んだところで、どうにかなるわけではない。お前はここで命を落としてもらう」

 僕は、絶望していた。大事な友人が血を吐いて目の前に横たわっている。脂汗をかいて、今にも死にそうな表情を浮かべている。しかし、酒井任の言う通り、救急車を呼んだところで律が助かる保証はない。しかし、大事な友人を見捨てるわけにはいかない。僕はどうすればいいのか、頭を抱えていた。律の手を握ると、なんだか冷たい。恐らく、失血によって体温が下がっているのだろう。

「鯰尾君……いいか」

「こんな時に一体なんだ」

「もうすぐ、僕は死ぬ。だから、これだけは毛利君と信濃君に伝えてくれ」

「一体何だ」

「僕は、君たちと一緒にいられて良かった。喧嘩したこともあったけど、基本的に僕と鯰尾君、そして信濃君の3人で『歌舞伎町のトラブルを解決したい』という願いがあった。もちろん、それは薬研君もだ。残念ながら薬研君は祖露門のメンバーになってしまったが、今は毛利君の方で保護している。恐らく、薬研君は直に覚醒剤取締法違反で逮捕されるだろうが、釈放されたら伝えて欲しい。『骨喰律は天国にいる』と」

「わ、分かった……」

 それから、律だったモノの脈が完全に無くなったのは、最後の言葉を発してから数分後だった。僕は激しく慟哭どうこくした。大事な仲間を失ったから当然だろう。


「それでも、悲劇のヒーロー気取りか」

「悲劇もなにも、君が律を殺したのは紛れもない事実だ」

「そうだな。俺は、この手で友人を殺害したことになる。でも、たもとを分かったから当然だろう」

「それで、次は本当に僕を殺すつもりか」

「そうだな。骨喰律のいる天国にお前も送ってやるよ。そして、死後の世界で探偵ごっこでもやっていろ」

 改めて、僕の額に銃口が突きつけられた。今度は本当に殺すつもりだろう。覚悟は出来ている。

「じゃあ、あの世で骨喰律に会うんだな」

 会議室に、乾いた銃声が鳴り響く。しかし、僕の心臓の鼓動は早く脈を打ったままだ。生きているのか? それとも、死んだのか? 正直、分からなかった。ふと、上を見上げると、酒井任の後ろに誰かがいる。そして、どさりという鈍い音が聞こえた後に、酒井任はそのまま倒れ込んだ。酒井任だったモノのこめかみに、血がべっとりと付いている。

「僕は殺していない。アイツが勝手に死んだだけだ」

「あ、綺世!?」

 そこにいたのは、紛れもなく信濃綺世だった。祖露門に裏切られて、心的外傷トラウマで塞ぎ込んでいると聞いていたが、一体どういうことだろうか。

「実は、なんとなく厭な予感がしたから、律が運転する車のボンネットの中に忍び込んでいたんだ。残念ながら律は死んでしまったけど、僕は紛れもなく生きている」

「どうしてそんな真似をしたんだ」

「矢っ張り、祖露門に復讐するには僕しかいないかなって思って。僕は、酒井任に対して忠誠を誓っていたからな」

「それで、酒井任を殺したのか」

「いや、殺していない。


 薫に対して拳銃が突きつけられたところを見てしまった僕は、たまらずその場に駆けつけた。

「お、お前は誰だ!」

「祖露門の元メンバー、信濃綺世だよ。君たちに裏切られた悲劇のメンバーと言ったところかな? まあ、僕は元々スパイだったから裏切りには慣れているけど」

「そういえば、そんな名前のヤツもいたな。もっとも、そんな事は忘れてしまったのだけど」

「そうか。君たちの記憶は

「な、何だとッ! あんなヤツとどんな関係があるんだッ!」

「特に無いね。強いて言えば、君たちと敵対関係にあることかな」

 酒井任の弱みを握っている僕は、ある質問を投げかけた。結果として、その質問が酒井任を精神的に追い詰めることになるとは思ってもいなかったのだけれど。

「改めて質問するけど、その拳銃、本物なのか?」

「本物な訳がないだろ! 飽くまでも、モデルガンだッ!」

「本当なのか?」

「本当だ」

「じゃあ、その場で撃ってみてよ。こうやって、顳に当ててさ」

「分かった」

 僕の言葉を信じ切った酒井任は、何も知らずに顳に拳銃を当てる。そして、乾いた銃声が鳴り響いた。結果として、酒井任だったモノはその場に倒れ込んだのだけれど、ほぼ即死と言っても過言ではなかった。ある隙に、僕はこっそりとモデルガンと本物の拳銃をすり替えておいたのだ。その隙、わずか0.5秒である。


「じゃあ、最初に僕の額に突きつけられていたのはモデルガンで、さっき突きつけられたのは本物の拳銃だったのか」

「いや、どっちもモデルガンだよ。薫、緊張で意識を失っていたようだな」

「言われてみれば、あのときの意識が無い。気付いたら酒井任がそこに倒れ込んでいたんだ」

「なんだか、薫らしいな」

「らしいのか」

「だって、ね」

「じゃあ、今まで見ていた僕の『映像』は……」

「そうだよ。僕が見ていた祖露門の『映像』だよ」

「『モノ』に手を触れたら『映像』が見えるというのも、嘘だったのか……」

「まあ、それに関してはあながち嘘ではない。僕の前頭葉を通じて、薫は僕の記憶を見ていたことになる。まあ、交通事故で緊急搬送された時に僕がドナーにならなければ、君は脳死状態になっていたわけだし、その辺は僕に感謝するんだな」

「そ、そうか……」

「あの時、入院していて気付いたんだよ。矢っ張り僕と薫はってね。それは小学生の時に初めて薫の顔を見た時から思っていたんだ」

「そうか」


 ――そして、僕は綺世から小学生のときの記憶を「共有」してもらった。

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