Phase 07 謝罪会見

「本日は『プリティ・プリンス』の謝罪会見にお集まりいただきありがとうございました。これから、メンバーの4人が会見を行いますので、少々お待ち下さい」

 記者会見が行われたのはホテル東都歌舞伎町タワーの「応天の間」だった。ちなみに、記者会見でこのホテルが使われるのはオープンして初めてらしい。それにしても、プリティ・プリンスもこんなところで記者会見を行うとは思ってもいなかっただろう。僕は、スマホで記者会見の様子を見守る。彼らは喪服のようなスーツに身をつけて、一斉に頭を下げている。余程よほど今回の事を重く見ていたのだろう。まず、リーダーである本村准二が謝罪を行う。しかし、飽くまでも謝罪を行ったのはオンラインカジノを利用していたことに対する謝罪であって、半グレ集団とのコネクションは明かしていない。次に、猪垣快彦も謝罪をする。彼らは連帯責任で繋がっているから当然だろう。そして、マスコミ各社による質疑応答が始まった。日本のマスコミは腐っているとはいうが、似たような質問ばかりで、回答する側も困り果てた表情をしているのは明らかだった。やがて、質疑応答は紛糾ふんきゅうを極めることになる。そのタイミングで、僕は「応天の間」のドアを開けた。

「コラッ! 関係者以外は立入禁止だぞッ!」

「いや、僕にも質問させて欲しい」

「一般人が、アイドルに質問する価値はないッ!」

「それはどうだろうか。後ろにいる彼に聞いてみたらどうだ?」

「誰だッ!」

「申し遅れました。暴露系インフルエンサーの『にっしーチャンネル』こと、西谷和義と申します」

「お、お前は……! 芸能人に関するデマを振りまいている暴露系インフルエンサーじゃないかッ!」

「僕はデマなんて振りまいていませんよ? あなたの方こそ、真実をその手でんじゃないでしょうか?」

「くっ……」

「まあいい。骨喰さん、よく襲撃してくれた。それだけでも報酬は弾ませてもらうよ」

「ありがとうございます。ただ単にボディガードをスタンガンで気絶させただけなんですけどね。彼らは今頃伸びていると思います」

「スタンガンってのが少し手荒いような気がするが……まあいいや。僕は、この手で直接マスコミに事実を公表する」

「よし、頼んだぞ」

「分かっている」

 こうして、西谷さんは壇上に立つことになった。あとは、彼の「暴露」が成功に繋がることを祈るばかりだ。

「マスゴミの皆さん、こんにちは。僕は暴露系インフルエンサーの西谷和義です。まあ、動画サイト上で『にっしーチャンネル』を展開しているで、そちらのほうが馴染んでいるでしょう。僕は、今回のプリティ・プリンスの謝罪会見で言いたいことを言いにやってきました。オンラインカジノを利用したということで、謝罪をしたのはリーダーの本村准二さんで合っていますよね?」

「はい。僕が本村准二です。確かに、オンラインカジノを利用したことは事実です。だからこうして謝罪しているじゃないですか」

「じゃあ、のは事実ですよね?」

 西谷さんの質問に、記者会見場がザワつく。祖露門は、マスコミ上のタブーとして知られていたのだ。しかし、ネット上で祖露門を知らない者はいないといっても過言ではない。特にアングラ系のネタを追っていたら、祖露門という名前は必ず登場するぐらい有名である。

「はい……確かに僕は祖露門と付き合っていました。そして、僕に祖露門を紹介したのは、猪垣快彦です」

 案の定、猪垣快彦は脂汗をかいている。恐らくこの事は事実で間違いないだろう。しかし、彼は飽くまでも冷静だった。

「どうして、僕が祖露門と付き合いがあるって分かったのですか?」

「それは簡単だよ。鯰尾君、ちょっと来てもらえないか」

「仕方ないな」

 会見場のドアの向こうに、鯰尾君がいる。彼は110シネマズ新宿のポップコーン売り場を抜け出して、こっそりとホテルの方へと来ていたのだ。と言うより僕が呼び出したんだけど。


「鯰尾君、ちょっといいか」

「どうしたんだ」

「矢っ張り、君の力が必要だ。映画館からホテルまですぐだろう」

「そうか、仕方ない。先輩、ちょっと抜けても良いですか?」

「今日は例の記者会見に気を取られてお客さんもそんなにいないし、抜けても問題ないはずよ」

「じゃあ、ちょっとホテルの方まで行ってきます」

「えっ」

「あっ、オーナーには内緒にしておいて下さい」

「はい……」

 こうして、僕はホテルの階へと向かった。いつもなら宴会場として使われるはずのホールのドアの前に、律がいた。

「律、お待たせ」

「鯰尾君、ごめん。矢っ張り僕に記者会見を襲撃する自信はなかったんだ。精々ボディガードをスタンガンで気絶させるので精一杯だった」

「邪魔者を排除しただけでも、よしとしなければ」

「そうだね。じゃあ、僕が乗り込むから、合図をしたら壇上まで来てくれ」

「分かった。それまでここで待機しておくから」

 それから、記者会見に律と西谷さんが乱入して、会場は混乱していた。後で碧から聞いた話だけど、「放送事故扱い」として中継を打ち切ったテレビよりも、ネット動画配信サービスの同時接続数の方が多かったらしい。それだけ、コンプライアンスを遵守じゅんしゅしすぎた今のテレビが腐っているというのは明らかだった。

「今だ、乗り込め」

「分かった」

 こうして、僕は律に合図されて記者会見場に乗り込む事になった。


「ここからは、僕、鯰尾薫が説明します。そもそもの話、僕と骨喰律は『歌舞伎町トラブルバスターズ』というちょっとしたトラブルシューターの一員です。僕と骨喰さんの他にもメンバーはいるんですけど、今日は代表して僕と骨喰さんが来ています。では、本題に入りましょう。僕は、前頭葉に障害を持っていて2週間以上の記憶が保てません。その代わり、関連した触媒に手を触れると『その人に関する映像』が見えるんです。これは、猪垣快彦が主演を務めている現在公開中の映画『黄金の拳』のパンフレットです。このパンフレットに触れたら、彼が祖露門のメンバーと会合している映像が見えたんです。その映像には、当然本村准二もいたわけです」

「くっ……」

 猪垣快彦は、歯ぎしりをしながら拳を握り締めている。自分の素性がバレるのを恐れているのだろう。僕は、話を続ける。

「本村准二と猪垣快彦、プリティ・プリンスの2人のメンバーと祖露門が付き合っているのは、紛れもない事実です。そして、3

 僕が話した事実で、記者会見場はどよめく。

「それは事実なのか!?」

「本当だとしたら、ジョニーズ事務所は反社会的勢力と付き合っていることになるじゃないですか!」

「そうですね。では、話を西谷さんに戻しましょう」

「分かった。ここからは、僕が説明します。確かに、『プリティ・プリンス』のメンバーのうち2人が祖露門とコネクションを持っているのは紛れもない事実です。それだけではなく、現在活動休止中の『トルネード』や先日御社からデビューしたばかりの『スノーブラザーズ』も祖露門と何らかのカタチでコネクションを持っています。これは僕が独自に入手した写真です」

 僕はその手のアイドルにはあまり詳しくないが、プロジェクターに映し出された写真は紛れもなく人相の悪い人が多かった。それが祖露門のメンバーだということには気付いていたし、祖露門のメンバーのリストは綺世の手から入手したばかりである。まだ記憶は保てているので、祖露門のリーダーである酒井任の顔ははっきりと分かっていた。もちろん、西谷和義をさらった江坂周作の顔もはっきりとプロジェクターに映っていた。

「これは大スクープだッ! 今すぐBeama TVで独占配信するんだッ!」

 ネット動画配信サービス大手のBeama TVは矢張り反応が早かった。同時接続数は、去年行われたサッカー大会の2000万人を超えて3500万人を記録。つまり、日本の人口の約4割がジョニーズ事務所と祖露門の邪悪なコネクションを見つめていたことになる。況してや、日本屈指の芸能事務所の闇を暴いているのだから当然だろう。そして、固く閉ざしていた猪垣快彦が口を開いた。

「僕が祖露門と付き合っていたのは……紛れもない事実です。そして、僕は祖露門の元メンバーです。厳密に言えば、前身の暴走族である『川崎震龍陀亜礼』のリーダーでした。ある日、僕は祖露門が運営するクラブで揉め事を起こしました。そして、当時の祖露門のリーダーである長谷部崇人と取っ組み合いの喧嘩をしました。僕は酔っていたので、勢い余って長谷部崇人を殴ってしまいました。案の定、返り討ちに遭って顔をボコボコにされました。しかし、ジョニーズ事務所側が『この事がバレたら拙いことになる』ということでなかったことにされました。それから、僕は『プリティ・プリンス』としてメジャーデビュー。人気絶頂のまま現在まで至っています」


【猪くんがヤンキーだったなんて、サイテー!】

【あまり好きじゃなかったけど、これでヤツの裏の顔を知ることができた。ざまぁみやがれ!】

【プリティ・プリンスがいなかったら、日本のアイドルはどうなっちゃうのよ!】

 コメント欄が、罵声で埋まっている。そして、液晶画面の向こう側には薫くんがいる。きっとあの「作戦」の術中に、プリティ・プリンスが嵌っているのだろう。薫くんと律くん、そして西谷さんの連携プレーが、功を奏しているのだろう。しかし、この中継はいつまで続くのだろうか。記者会見が始まったのが午後2時頃で、今は午後5時である。それだけ、会見が紛糾しているのだろう。やがて、進行役が「次の質問で最後にさせてもらいます」と発言する。最後に質問を投げかけるのは、一体誰なんだろうか。

「最後に、質問させて下さい」


 ――最後の質問者は、薫くんだった。

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