Phase 04 取引

 多摩川沿いの河川敷かせんじきに向かうと、スキンヘッドの男性が複数の男性になぶられていた。西谷和義を嬲っているのは恐らく祖露門ソロモンのメンバーで間違いないだろう。僕と律は、急いで輪の方へと向かう。

「鯰尾さん、骨喰さん、ここに来ちゃダメだ」

「それは分かっていたんだけどな。どうしても西谷さんを助けたくて」

「来たか。身代金は持ってきただろうな」

「いや、持ってきていない。その代わり、僕たちと祖露門の間でをしてほしい」

「取引? 何を巫山戯ふざけた事を言っているんだ」

「祖露門のメンバーに信濃綺世という人物がいるよな。彼にこのUSBメモリを渡して欲しい」

「ちょっと、鯰尾君!? そのUSBメモリは西谷さんに渡すヤツですよ!?」

「いや、律は黙っていろ。とにかく、このUSBメモリを信濃綺世という人物に渡すんだ」

「ああ、分かった。確かに、このUSBメモリは信濃綺世に渡しておく。そして、西谷和義は解放してやるよ」

「ところで、君はさっき電話に出たメンバーと違うみたいだな」

「そうだ。俺は江坂周作ではない。僕が祖露門のリーダー、酒井任さかいあたるだ。覚えておけ」

「分かった。覚えておく。ただし僕の記憶は2週間しか持たない」

「それで善く探偵ごっこが務まるな。何様のつもりだ」

「何様も仏様もない。僕はただ単に歌舞伎町のトラブルを解決しているだけだ」

「そうか。無駄話はこれでおしまいだ。引き上げるぞッ!」

「オウ!」

 こうして、祖露門のメンバーと思しき男性は一斉に引き上げた。アジトに戻った僕は、西谷和義になぜ捕まってしまったのかを聞くことにした。

「西谷さん、どうして祖露門のメンバーに捕まったんだ」

「本村准二以外にもあの事務所のアイドルの特ダネが欲しくて、歌舞伎町を嗅ぎ回っていたんです。そうしたら、後ろから何者かに金属バットで殴られて……。そこからの記憶はよく覚えていない。気付いたら多摩川の河川敷の下にいたんです」

「そうか。具体的に、誰が怪しいと思っていたんだ」

「本村准二と同じく『プリティ・プリンス』のメンバーである猪垣快彦いのがきよしひこです。彼は女癖と酒癖が悪いことで有名で、度々歌舞伎町でも騒動を起こしていました」

「それ、聞いたことあります」

「律、どうしたんだ」

「ネット上の噂なんですけど、猪垣さんは祖露門がバックに付いているクラブで泥酔して祖露門のメンバーを殴って、乱闘騒ぎを巻き起こしたという噂です。当然、事務所側からの圧力でこの事は『無かったこと』にされています」

「骨喰さんでしたっけ。正解です。確かに猪垣快彦は祖露門と乱闘騒ぎを起こしています。一時期彼に対するバッシングが絶えなかったのもご存知ですよね」

「はい。猪垣快彦のアンチが一斉にバッシングをしていたのは覚えています。彼って、確か朝の情報番組でMCを務めていましたよね。改編期でもないのに突然降板してしまったのをリアルタイムで見ていました」

「律、そういうのにも詳しいんだな」

「『スッキリ朝一番』っていう国営放送の朝ドラの後に放送されている情報番組なんですけど、『国民的朝の顔』として有名な彼が突然降板してしまいましたからね。僕の母親がショックを受けていました」

「まあ、朝ドラの後に放送されている国営放送の情報番組だったらコンプライアンス的にも拙いな」

「でも、それって確か10年前のスキャンダルでしたよね。西谷さん、なんで今更蒸し返そうとしたんですか?」

「それは、今回の本村准二のオンラインカジノの件にも繋がるんだ」

「つまり、『プリティ・プリンス』と祖露門自体が10ということか」

「まあ、そうなりますね。10年前といえば祖露門が半グレ集団として勃興ぼっこうした頃です。僕が芸能マネージャーを務めている頃からプリティ・プリンスに対して『祖露門には近づくな』と言っていたんですけど、猪垣さんは言うことを聞かなかったんです。それで発生したのがあの乱闘騒ぎです」

「そうか。そういう事情があったのか。逆を返せば、という線は考えられないのか」

「なるほど。鯰尾さん、鋭いですね。」

「まあ、僕の直感だからあまりアテにはしないでほしいが……。そうか、猪垣快彦の『何か』に触れたら映像が見えるかもしれない」

「鯰尾君、その発想はなかった」

「そういえば、今、猪垣快彦の映画が公開されているんだった。僕もパンフレットを貰った」

「あぁ、確か東大卒の天才ボクサーがスーパーフェザー級のチャンピオンを目指すという映画ですよね。タイトルは『黄金のこぶし』だったような」

「そうそう。人気漫画が原作の映画だ。梅竹映画が社運を賭けて制作した映画で、先週の金曜日に封切られたばかりだ。矢張りプリティ・プリンスのメンバーが主演ということもあって、映画館も連日満席だ。パンフレットに触れたら、『何か』が分かるかもしれない」

「鯰尾さん、それで本当に分かるのか」

「確率は五分五分だ」

「じゃあ、善い方の五分に賭けます」

「好きにしろ」


 ――こうして、僕は『黄金の拳』のパンフレットに手を触れた。

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