Phase 03 すれ違いと誤差

「被害者は鎌田かまだ美沙斗みさと。年齢は21歳で、職業は不詳。桜庭紫苑の話によると、彼女もまた『Official Huge Dandy』のホストに対して多額の金を貢いでいたらしい」

「なるほど。つまり新たなホス狂いの遺体ってことか」

「そうなりますね。ただ、彼女は堂安亜由美と違って精神を病んでいた形跡が見当たらない」

「言われてみれば、自傷行為リストカットの痕が無いな。安らかに眠っているところからも、生前の彼女が元気な女性だったことが伺える。恐らく、他殺で間違いないだろう」

 鎌田美沙斗だったモノが、ビニールシートの上に横たわっている。もちろん、打撲の痕が見当たらなければ索条痕も見当たらない。それにしても、堂安亜由美といい、鎌田美沙斗といい、何のためにホス狂いの女性を殺す必要があるのだろうか。他のホス狂いの怨恨による犯行なのか。それとも、2人が通っていたホストクラブのホストによる犯行なのだろうか。冷たい頸動脈に指を当てて、改めて鎌田美沙斗の脈がないことを実感した。これ以上、死体が増えたら警察沙汰になってしまう。その前に、僕たちで事件を解決しなければ。そう思いつつ、僕はスマホで鎌田美沙斗だったモノを撮影する。当然、全裸なので撮影には勇気が必要だった。飽くまでも事件の証拠を掴むための撮影であって、卑猥ひわいな意味で撮影している訳ではない。碧に誤解されないためにも、死体の撮影は慎重に行った。


 アジトに戻ると、碧がコーヒーを飲みながらパソコンを触っていた。碧は少し元気がなさそうだった。

「薫くん、おかえり。何か証拠は掴めたの?」

「いや、全く掴めてない。むしろ、死体には何の痕跡も無かった」

「露草玲央が犯人という可能性は無いよね?」

「それは分からない」

「そっか。今、動画サイトで見つけた堂安亜由美の動画チャンネルを見ていたところなんだけど、彼女ってSNSや動画サイトで有名なインフルエンサーだったらしいね」

「そうか。僕はそういうのには興味が無いからな」

「なんでも、ホス狂い系のインフルエンサーとして一部の界隈かいわいで人気を博していたらしいの。もしかしたら、彼女は所謂『スパチャ』でホスト代を稼いでいたんじゃないかなって思って」

「スパチャ? 何だそれ? お茶の種類か?」

「ああ、分かりやすく言うと『お布施ふせ』かな? 動画のコメント上で配信者に対して寄付をするわけ。1円から寄付できるんだけど、彼女の動画のアーカイブを見ていると10万円のスパチャが飛び交うことも日常茶飯事にちじょうさはんじだったみたい」

「なるほど。しかし、最近の動画サイトの動向はよく分からないな。僕は一度『バーチャルアイドル』と呼ばれるアニメ絵のキャラクターがゲーム実況をしている動画を見たことがあるが、何が面白いのかが分からない。普通に声だけでゲーム実況していればいいのに」

「そうね。アタシもそういう『バーチャルアイドル』には否定的だけど、最近のバーチャルアイドルは経済効果が凄いって聞くよ。もちろん、トラブルも絶えないんだけどさ」

「トラブル?」

「最近、告発系の有名なインフルエンサーがとあるイケメン系バーチャルアイドルのゲス不倫を告発したらしいの。それから、そのバーチャルアイドルは活動を自粛。彼のチャンネルを見ていると、事実上の引退と言っても過言じゃない状態だわね」

「そうか……。動画サイトで稼ぐのも一苦労だな」

「最近はメディアの影響力もテレビより動画サイトの方が強いらしいけど、矢っ張りアタシはそういうのはあまり好きじゃないな。所詮、アタシは古いタイプの人間なのかな」

「碧、君は僕と同じでまだ24歳だろ。そういうことを言うには早いじゃないか」

「アタシは写真投稿サイトにもショート動画投稿サイトにも馴染めなかった人間だからね。同世代の子から考えると人とズレてるのかなって思って」

「そんな事はない。感覚をどう捉えるかは人それぞれだ」

「薫くんがそう言ってくれると、なんか嬉しいな」

「そうか。それは結構。話を例の連続殺人事件に戻そう。堂安亜由美の動画サイトには、誰か気になるホストは映ってなかったか?」

「よく見たら、アタシが引っ掛けたホストの露草玲央は堂安亜由美からも結構貢がれていたみたい。桜庭紫苑にはかなわないけれども、彼もかなり稼いでいたんじゃないのかなって思うの」

「なるほど。しかし、彼は殺人を犯す風には見えない。もしかしたら、露草玲央はシロかもしれないな。碧、他に怪しい人物はいないか」

「うーん、アタシじゃ分からないなぁ。力になれなくてゴメン」

「いいんだ。飽くまでも碧は情報収集係だ。引き続きあの店に潜入するように頼む」

「分かっているわよ。それがアタシの『歌舞伎町トラブルバスターズ』での仕事なんでしょ」

「そうだ。その心意気だ」

「ふぁーあ。なんか眠くなっちゃった。アタシ、もう寝る」

「寝るって、もうちょっと場所を考えろ」

「すぅ……、すぅ……」

「仕方ないな。今ソファーに運んでやるから待っていろ」

 こうして、僕は碧をアジトのソファーに運んだ。碧の体温は、ほんの少しだけ冷たく感じた。僕が碧と知り合ったきっかけなんて、とうの昔に忘れてしまったけれども、僕がいつも身につけているシルバーの十字架のネックレスは碧が僕にプレゼントしてくれたものだ。そういえば、この間このネックレスを握り締めたら、忘れていた記憶がフラッシュバックしたな。もしかしたら、また何か思い出すかもしれない。そう思って、僕はネックレスを握り締めた。


「――碧、今助けるから待っていろ!」

 校舎の屋上で、少女が飛び降りようとしている。僕は、それを止めている。碧が、飛び降り自殺? そんな事、考えたくもない。

「――ごめん、薫くん」

 碧の家の浴室なんだろうか。血溜まりが、床に広がっている。裸の碧が、自傷行為をしている。まさか、碧も自傷行為の常習者だったのか。確かに、彼女は夏でも長袖の服を愛用している。それに、肌を露出させる事は滅多になかった。もしかしたら、彼女も心に傷を抱えていたのだろうか。やがて、僕はへ引き戻された。現実に戻ると、碧はすやすやと眠っていた。よく見ると、碧の上着うわぎがテーブルに置きっぱなしになっている。寝る時に脱いだのだろうか。そして、中々見ることの出来ない碧の白い腕を見る。そこには、自傷行為の傷痕が生々しく残っていた。その傷痕を見て、僕の心臓の鼓動が高鳴る。何かを思い出そうとしているのだろうか。しかし、「それ」を思い出そうとしてもノイズが乗ってしまう。頭が痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


 ――そして、僕は気を失った。

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