Phase 01 夜の顔

「おい、薫、目を覚ませ。仕事の依頼だ」


 僕は、薬研拓実やげんたくみにという男性に叩き起こされた。昼は映画館でアルバイトをしている身ではあるが、僕の夜の顔を知っているのは高校の同級生である信濃綺世しなのあやせ骨喰律ほねばみりつ、そして薬研拓実の3人しかいない。僕の夜の顔は「歌舞伎町トラブルバスターズ」という名前で歌舞伎町で発生する警視庁が匙を投げたトラブルを解決している。警視庁が匙を投げるトラブルというと、半グレ集団による犯罪や風俗店にまつわるトラブル、在留外国人を狙った殺人事件など、その種類は多岐たきに渡る。そして、そのトラブルを解決するのが僕たち「歌舞伎町トラブルバスターズ」の役目である。


「薫、いいか。これが今回の依頼人だ」

 拓実が僕に紹介した女性は、今にも死にそうな顔をしていた。拓実の話によると、どうやら彼女は違法薬物を使用している疑いがあるとのことである。

「あなたが、『歌舞伎町トラブルバスターズ』のリーダーである鯰尾なまずおかおるさんですね。私は三笘直子みとまなおこと言います。歌舞伎町でキャバ嬢をやっています」

「そうですか。確かに僕の名前は鯰尾薫と言います。三笘さん、僕たちが解決出来る事件には限りがあります。そして、薬物を使ってしまった以上君はなります。それでもいいんですか?」

「いいんです。どうせ私はキャバ嬢失格ですから」

「そうか。なら、交渉は成立だ。ところで、君は何歳だ」

「あの、18歳ですけど……」

「18歳でキャバ嬢か。随分と訳ありのようだな。まあいい、僕たちに任せてくれ」

「ありがとうございます!」

 こうして、僕は厄介な依頼を受けるようになった。まあ、僕たちが受ける依頼に厄介もクソもないのは分かっているんだけれど。


「それにしても、あんな依頼を受けて良かったのか」

「あの、鯰尾さん。弱ってる人を助けるのが僕たちの役割じゃないですか」

「そんな事を言われても、彼女はすでに薬物に手を出している。だから、手遅れである可能性も高い。もしも尿検査等で薬物を利用している事が分かったら彼女は豚箱行きだ」

「まったく、鯰尾君は分かっていないなぁ」

「あぁ、律か。一体何の用だ」

「トラブル依頼システムの改修を任せたこと、もう忘れたんですか? つい1週間前のことですよ?」

「すまない。僕は2。だから、事件の依頼を受けるときも拓実にメモを取るように頼んでいる」

「そういえば、そうでしたね」

「律、その話はもうしないでくれ」

「はいはい、分かっていますよ」


 僕は幼い頃から前頭葉ぜんとうように障害を持っている。2日間しか記憶を保つことが出来ないのだ。なぜそうなってしまったのかはよく分からないけれども、厭な記憶を保つぐらいなら忘れたほうがマシなのかもしれない。だから、人一倍勉強したし、人一倍何かを覚えるように努力もした。けれども、ダメだった。ダメなものはダメだと実感させられたのだ。僕は映画監督になるのが夢だった。それは僕の記憶を忘れないように覚えておくためでもあるのだけれど、子供の頃から怪獣映画が好きだったのもある。特に『大怪獣ガゼラ』というシリーズが好きだった。ガゼラという怪獣が宇宙から来る怪獣に対抗するために戦うというよくある怪獣映画なのだが、失われた記憶の中でもなぜか『大怪獣ガゼラ』に関する記憶だけは抜け落ちていない。それは自分でもよく分かっている。その証拠に、シリーズ最終作である『ガゼラvsスペースガゼラ』という作品は冒頭からラストシーンまで全て説明できるぐらいだ。

 しかし、それ以外の記憶は覚えていない。だから、僕は映画監督になることをてて映画館でポップコーン売りのアルバイトをすることにした。しかし、それは僕の表の顔に過ぎないのだけれど。


「拓実、今回の依頼と依頼者の名前はメモを取ったのか」

「もちろん、取ってありますよ。依頼者は三笘直子。年齢は18歳で、職業はキャバ嬢。恐らく歌舞伎町で働いているものと思われます。依頼としては『変な薬を使ってしまったから薬の成分を調べてほしい』とのこと」

「なるほど。しかし、錠剤を見ると恐らくMDMAである可能性が高いな」

「鯰尾さん、見ただけで分かるんですか?」

「ああ。これは飽くまでも直感だが、彼女はMDMA可能性が高い。どこで薬を入手したか、ルートを調べる事は出来ないのか」

「それなら僕に任せて下さい」

「律か。君なら何かを掴めるかもしれない」

「鯰尾君。実は、僕の元にこんな依頼が寄せられたことがあるんですよ」

「どんな依頼なんだ」

「なんか隠語を使っていてよく分からないんですけど、確かウェディングケーキがどうたらこうたらと言っていたような。そして『手押し』という単語が頻繁に出てきたんですよ。要は、その『手押し』と呼ばれる業者を突き止めてほしいという依頼でした」

「そうか。もしかしたら、律が追っている依頼と今回の依頼は可能性が高い」

「鯰尾君、それはどういうことなんですか!?」

「要するに、『手押し』と呼ばれる業者が三笘直子にMDMAを売りさばいた可能性が高い」

「そ、それは拙い! 一刻も早く何とかしなければ」

「そうだな。しかし、まずは情報収集だ。拓実、僕は2日間しか記憶が保持できないから君が頼りだ」

「鯰尾さん、分かってますよ。とにかく、僕に任せて下さい!」


 こうして、僕たちは歌舞伎町に蔓延る薬物汚染を突き止めることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る