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その日、椿は和真と並んで二番町を歩いていた。
「ねえ、和真。一体どこに行くの? 縁談の準備もあるし、屋敷にいたほうがいいのではなくて?」
先ほどから椿は和真にそう訴えかけてはいるのだが、まあまあもう少しだけ、となだめられつつ気付けば町外れまできていた。
ここまでくると人の往来は少なく、日も傾き始めたこともあって少々不安を覚え始めた椿である。
「ねえ、和真ったら。もう帰りましょうよ。そろそろ日も暮れるわ」
椿が和真の袖をくいくいと引くも、和真の歩みは止まらない。仕方なく後をついていくと、和真はまわりをフェンスでぐるりと覆われ緑が鬱蒼と生い茂った敷地の前でふと足を止めた。
「着きましたよ。今ここに、熱帯の国にしかない珍しい花が咲いているらしいんですよ。それを見て帰りましょう」
和真は門番らしき男に小銭を渡し何かチケットのようなものを受け取ると、椿が止めるのも聞かずに迷うことなく中へ入っていく。
「どうして急に花なんて……。ここは一体何なの? ちょっと和真ったら、聞いてるの?」
慌てて和真を追いかける。
植物の名前や特徴が書かれた立て札や順路の案内などが示されているところを見ると、有料で見学できる場所のようだった。見たこともない珍しい植物がいくつも植えられ、そのいくつかは布などで覆われ、温度管理もなされているらしい。
「和真って、こういうの好きだった?」
和真が植物にそれほど興味関心があったとは知らなかった。けれど、その和真はどの植物にも目を向けるふうもなく、ぐんぐんと奥へと進んでいく。
しばらく進んだところで和真がふいに足を止め、それに驚いた椿は和真の背中に顔を打ち付けそうになった。思わず抗議の声を上げようと口を開きかけたところを、和真の手がふさいだ。
一体どうしたのかと和真の視線の先をたどった椿は、その先にあった光景に声を上げそうになり、慌てて飲み込んだ。
「……っ?」
そこにいたのは雪園家の令嬢、美琴だった。そしてその向かいにはーー。
椿は目の前にある光景に、足を止めたまま固まった。
この辺りは雪園家の屋敷のある本町からは、それなりに離れた場所にある。
そもそも二番町は日々汗水垂らして泥だらけになって働く労働者たちが集まる町で、良家の令嬢が一人で立ち寄るような一帯ではない。この植物園だってそれなりに管理されてはいるようだが、令嬢が花を愛でにくるような整然と整えられた庭園とは違う。
なのになぜこんな場所に、使用人と二人きりでしかもあんなに至近距離で向かい合っているのか。
いくら色恋にうとい椿にでも、その理由はわかる気がした。
驚きに目を見開いていると、和真が袖をくいくいと引っ張る。
「椿。静かにして、こっちへ」
和真に誘導され、椿は声も出せず和真とともにそっと物音を立てないようにして近くの木陰に身を潜めた。
和真とともに椿は、そっと二人の様子を伺った。
雪園家のご令嬢である美琴と屋敷の前で仲睦まじそうに立ち話をしていたあの青年を。
とぎれとぎれに二人の会話が聞こえてくる。
盗み聞きなんていけないことだと思いつつも、その断片から二人が和真との縁談について話していることは分かった。
「……でもっ、遠山家には……お父様が……だのよ。私はあなたと……、……のに、どうして! ……たはそれで、平気なの?」
「……んだ。それに私は……で、お嬢様とは……身分が……。……無理……、許してもらえるはず……」
美琴の声が、時折感情を昂らせたように大きくなる。相手の青年はこちらに背を向けているために表情は伺えないが、美琴に対しどこか遠慮気味に見えた。
何かを言い争うようなその会話に、椿は不安になり和真を振り返った。
「和真……」
「……何でしょうか」
「あなた……知っていたの?」
椿は困惑していた。と同時に、絶望もしていた。
だってこれはつまり、この縁談は――。
「先日二人で雪園家の屋敷を見に行ったでしょう。あの時に二人の様子が気になってちょっと調べたんです。そうしたら今日ここで落ち合うことを知り、確認のために」
「それで私をここまで連れてきたの? ……私に、この縁談もやっぱりだめだと分からせるために?」
自分の声がかすかに震えたのが分かった。
もはや何と言えばいいのかも分からず、椿は視線の先で互いを愛おしそうに見つめ合う美琴と当矢を絶望的な気持ちで見つめるしかなかった。
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