第19話 秘密を喰らう部屋
泣くのが四六時中、常に多かったわけじゃない。
クラスの中でもよく泣く子がいたけど、傍観者の私はその子をじっと見つめているだけだった。
その子はどこへ神隠しに遭ってしまったのだろう。
その子の名前の詳細を私はあれ程印象的に残っているのにまるで、覚えていない。
どんなに蔵の中の記憶のアルバムを息切れしながら探っても見つからない。
私の中の菫色のダイアリーをめくってもその子の名前は発見できない。
たった十何年しか生きていない、世間知らずの覚束ない、体たらくの少女がこんな些細な事象で悩んで何になるのだろう。世の中にはもっと傷ついている弱者がたくさんいるのになぜ、私は悔やんだり、胸が張り裂けそうになったりするのだろう。
気付いたとき、私は再び、彼の心の中に沈んでいる、あの湖心の小部屋の中に佇んでいた。
誰の気配も感じられない、深更と絡まる手綱のように握手している、秘密を食らう小部屋だ。
若葉が茂る、照葉樹林から青葉木菟が啼く未明、怪しい色彩の月影が窓辺から滲んでいる。
残光は名刀の抜き身のように斜線を描いて、たくさんの古書が無造作に置いてある、机をこっそりと照らしている。
月明かりが机の上にある、青象牙の万年筆を動かしそうだった。
誰もいない。誰もいない。
だからこそ、この異空間に神隠しに遭った私が、怖い、すごく怖いんだ。
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