冒頭(2023年1月25日時点)

『さあ、今シーズンも決勝まで残すところ今日を含めて三日となりました! 本日は二連続で優勝しているグリードさんにインタビューをしてその様子を配信していきます! さて、グリードさん。三連覇がかかっていますが自信の程は?』

 マイクを向ける進行役の女性アバター。

 グリードと呼ばれた大柄で筋肉質な男性アバターは、木製の大ジョッキに入っている酒を一気に飲み干すと、

『自信だぁ? 誰に向かって言ってんだよ! 今回もオレ様に決まってんだろ! 貯まりにたまったジャックポットの賞金は今回もいただくぜぇ!』

 と大きく笑い、さっそく進行役の女性を困らせていた。

 フルトラッキング技術を用いた大人気剣戟VRゲーム《ソード・デュエル》ではお決まりのイベントだ。決勝進出をかけた、約一か月にわたる予選シーズンの終盤に、優勝候補プレイヤーからコメントをもらい、イベントを大いに盛り上げる。

 この配信は現実の端末からも見ることができるが、ゲーム内に仮想設置されているパブリックビューイングで見ることも可能だ。俺はウエスタン・サルーンを思わせるゲーム内の酒場の隅で、グリードを睨むように見つめていた。他にも数十人のプレイヤーが酒を飲んだりポーカーに興じながら思い思いに映像を眺めている。

 やつは調子に乗って、空っぽになった木製ジョッキを床に叩きつけると己の強さをアピールする。ジョッキは茶色いポリゴン片となって消滅した。

 進行役の女性は、グリードの乱暴な振る舞いに困り顔を見せつつも、

『グリードさんは前回の優勝者なので、今回は決勝からですよね。注目されているプレイヤーはいたりするんですか?』

『あぁん? オレ様に敵がいるってのかぁ!?』

『い、いえ、そういうわけでは……ですが今シーズンは短剣の《マインゴーシュ》を駆使した女性プレイヤーが急激にランクポイントを伸ばしてきていますよね。なんでも暗殺者みたいに忍び寄って相手を後ろから一撃!』

 進行役の女性アバターが短剣で突く動きを真似て見せると、張り詰めた空気が少しだけ緩くなる。

『短剣!? そんなクソザコに負けるわけねーだろっ!』

 リーチも短く攻撃力も低い短剣は、アイテムスロットに余裕があったら護身用に入れておく、その程度の物でしかない。

 剣で戦い頂点を目指す。それがコンセプトのこのゲームにおいて短剣は最弱だ。

 それはマインゴーシュも例外ではない。柄にガードが付いていて、利き手と逆の手に装備して攻撃をいなすように扱う程度。ゆえに主力の剣にはなり得ない。

 もしそれを自在に操るのなら、自身の存在を悟られれずに近づいて必殺級の一撃――それこそ無防備な人間を背後から仕留める《暗殺者》のようなプレイヤースキルが必要になる。

 仮に使うとしても、補助スキルをセットする程度が考えられるが、それも短剣である必要がない。

 ましてやランクポイントがリアルマネーに還元できる賞金制のこのゲームにおいて、わざわざ勝率を下げる短剣という選択は通常ならありえないのだ。

 二杯目の酒を飲み干すグリード。

 既に短剣使いのことなど忘れてしまったのか、今度は自慢気にその大きな拳で自らの防具をガンガンと叩く。

『それにこっちもガッチガチに鍛えたからよぉ! 前回より硬いぜぇ!』

 進行役の女性アバターは、コンコンと防具を叩く。

『これは相当な防御力。並の剣じゃあ刃が立ちませんね!』

 気分を良くしたのか、グリードは大きく笑いながら、

『ったりめーだろ! ためしにオレ様の大剣グレート・ブレイカーでぶっ叩いてもびくともしなかったんだからよぉ!』

『……それはすごいですね』

 グリードを持ち上げながら進行していた女性もそれには心底驚いたようだった。

 それからグリードは三杯目の酒をあおり、自分語りを加速させる。

 チラチラと時間を気にしていた進行役の女性は、話が途切れた瞬間に、

『それでは最後に。この《ソード・デュエル》の魅力を改めて視聴者にお伝えください!』

『決まってんだろ! デカい賞金に殺し放題のPVP! 無法地帯は最高だぜ! オレ様はずっと勝ち続けて大金持ちだぁ!!!』

 その後テンプレート的なあいさつでインタビューは終了した。

 前回優勝者のさらなる装備強化に、絶望する者、真剣に対策を練る者、誰が優勝するかの博打を始める者が現れ、あっという間に酒場はいつもの喧騒を取り戻した。

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