第11話 魔女の工芸品って素敵でしょう?

 関所の街の市場はとても賑やかだ。

 交易の街としても有名なこの街の市は、国内外を問わずにあらゆる物の流通があり、それが日毎に変わっていく。今日などは、白夜砂漠を唯一渡れる不死鳥の商隊と呼ばれるキャラバンが砂漠から帰ってきたという話を聞きつけた仲買人が、街のあちこちから集まってきていてさらなる活気が生まれていた。


 そんな人波の中を、エルネストがネリーの手を引いて歩いて行く。

 ネリーはぽっぽっと口から飛び出しそうな雲の文字を必死に留めることに忙しい。手甲の裏のグローブ越しに、大きな指がネリーの手を握ってる感触は、何回触れられても慣れやしない。ネリーじゃない誰かが、ネリーの身体に触れていることが、とても恥ずかしくて。


「大丈夫ですか、ネリーさん」


 後ろを振り返って、ネリーの様子を気にしてくれるエルネスト。頭二つ分は上にあるエルネストの兜へ向けて大丈夫だと伝えてあげたいけれど、空いている手は口元の雲の文字を隠すことで忙しい。うんうんと、ネリーは首を縦に振って頷いた。


 街の一番大きな市場は、ネリーたちがいた場所からとても近かった。ジーニアスたちの馴染みの宿は、その市場を基点に取っているので、当然といえば当然なのだけれど。

 いざ市場に足を踏み入れると、関所やそこらの通りなんて目じゃないくらい、沢山の人と、物と、色が、ぶわっとネリーの前に現れた。


「さーてよってらっしゃい見てらっしゃい! 勇猛果敢に白夜砂漠を越えて舞い戻ってきた、フェニックス商会の掘り出し物だよー!」


「これなんかどうだい? 白夜砂漠の向こうでしか取れない特別な植物で作った、万能湿布薬だ。頭痛肩こり腰痛足のむくみ、なんでもこれ一つで解消する医者いらずの秘薬だよ!」


「お兄さん、可愛い彼女にこちらはいかが? 魔女の森でしか取れない、情熱的な色をしたこのルビー! インクルージョンを見てご覧? チカチカと星が瞬いているだろう? この星一つ一つが精霊の卵だ。精霊の卵が孵ったら、きっといいことが起こるかも!」


 賑々しい声や音に紛れて、ジーニアスのキャラバンの隊員たちがあちこちに散らばるように天幕を張り、商品を売っている姿が見えた。

 あれはラァラの湿布薬。ココナッツアロエから抽出した成分で作る。ネリーも森の中を転がっていくココナッツアロエを捕まえるお手伝いをした。あっちでおすすめしているルビーは錬金が得意な魔女が三日三晩かけて錬金したもので、インクルージョンには不幸を変わりに受け持ってくれる妖精が眠っている。

 ネリーが魔女の集落で見ていた魔女の秘薬や工芸品が、次々と人々の手に渡っていく。

 ネリーが心を震わせながら、エルネストの歩みにつられるように市場を歩いていくと、また一つ、ジーニアスのキャラバンの天幕を見つけて。


「お姉さん、親孝行にこの反物は如何かね。白地に金糸で刺繍したこれは、祝いの日のカーテンに使うと、きっと良いことがありますよ」


 ネリーは思わずエルネストの手を引いて、止まった。

 見覚えのある生地。

 華やかな金糸で刺繍された真白のシルク。

 ネリーはあの布に刺繍された花の模様をすべて言える。

 希望を込めたアイリス、ガーベラ、胡蝶蘭。勇気を与えるエーデルワイス。元気が出るようにポーチュラカ。実りのある日々を送るためのブルーベリー。幸せを運ぶポインセチアとフクジュソウ。

 沢山の祈りをこめたシルクが、一人の女性の手に渡った。


「素敵な布ね。カーテンなんか勿体ないわ。せっかくなら、花嫁衣装に仕立てたいわよ」

「おや、お姉さん、ご結婚されるご予定が?」

「ええ。この間プロポーズをされたばかりなの。それで、せっかくだから嫁入り道具を見繕いに今日は来たのよ」

「それは目出度い! なれば余計にこの反物は買うべきだ! 見てご覧よこの刺繍。描かれた花の花言葉を知ってるかね?」

「さぁ……でも、ガーベラが希望、というのは知っているわ」

「これはね、正しく門出を祝い、幸福を願う花言葉を持つ花たちの刺繍なんだよ。しかもフェニックス商会ならでは、白夜砂漠の向こうでしか手に入らない絹と糸を使ってると来た! どうだい? 幸運の花嫁さん!」


 キャラバンの商人におだてられた女性は、値段を気にしつつも、最終的にはそのシルクを一巻き買っていった。

 その横顔はとても嬉しそうで、幸せそうで、ネリーの胸の中に、むくむくと湧き上がるこの気持ちは。

 ネリーはたまらなくなって、エルネストの手を引いた。

 パッと駆け出して、布を売っていたキャラバンの商人の天幕の奥に匿ってもらう。身振り手振りで天幕の奥を貸してほしいと訴えたネリーに、商人はびっくりしたようだったけれど、優しく笑って二人を天幕の奥に入れてくれて、目隠しの布もおろしてくれた。

 ネリーはパッと抑えていた口元から手を離す。

 変身薬の効果も解除して、雲の文字を大噴火させた。


【嬉しいわ! 嬉しいわ! あの生地はわたしが作ったのよ! ミルクで育てた蚕の妖精から紡いだ糸を丹念に織って、金の鯉のヒゲをたくさん集めて刺繍したのよ!】

「こ、鯉のヒゲ……?」


 戸惑ったようなエルネストの声にお構いなく、ネリーはこの胸の中のうずうずをどうにかしたくてたまらない。言葉にするのももどかしくて、ぽっふんぽっふんと、ネリーの興奮だけが雲になる。

 そんなネリーの気持ちが落ち着くまで、エルネストは何も言わなかった。彼女に手を握られたまま、静かにネリーが落ち着くのを待ってくれた。金の鯉のヒゲは、気になるようだったけれど。

 ようやく胸の奥に生まれた、くすぐったいようなうずうずが落ち着くと、ネリーはエルネストの手を引いて、ちょこんと天幕の絨毯の上に腰を落ち着けた。エルネストも腰を落として、会話がしやすいような態勢を取る。

 ネリーはふぅ、と息をつくように一度、首から揺らぐ雲の流れを整えると、改めてエルネストと向き合った。さり気なく握っていた手は、正座した自分のお膝の上にちょこんと添えておく。


【エルネストさん。さっきわたしに言ったわよね。ここを見れば、わたしが聞いた答えが見つかるって】

「はい」

【分からないわ、分からないわ。この国の人達は、魔女の工芸品を喜んでくれているように見えるわ。それなのに魔女を憎んでいるの? 矛盾してるわ!】


 ネリーの主張は、天幕の天井にあたって霧散した。


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