青春脳共は、隣の芝生の青さを知る
SAhyogo
第1話 門出
桜舞い散る季節。彼らの括りを説明するのであれば、たまたま図書室で出会ったとしか言いようがない。
学年のマドンナ・大江(おおえ)朱里(あかり)、孤高のヤンキー・田嶋(たじま)省吾(しょうご)、陰キャ女子・新見(にいみ)楓(かえで)、がり勉男子・国府田(こうだ)隆(たかし)、そしてバンド活動に憧れる女子・峰(みね)圭子(けいこ)。それぞれで理由は異なるものの、学校における辺境の地である図書室に行きついたのは等しく人気を避けたからだ。
今日も今日とて、彼らは交わることなく個々のやりたいことを行っている。大江であればスマホを弄り、田嶋であれば机に突っ伏し、新見であれば活字を目で追い、国府田は言うまでもなくカリカリとペンを走らせる。しかし、唯一峰がいつもと様子が違っていた。何だかソワソワと周りを窺い、落ち着きがない。それが視界に入り、国府田も気が散って集中できず、貧乏揺すりが絶えなかった。田嶋も田嶋でその擦れる音が耳障りで、入眠できず徐々に苛立ちが込み上げてくる。
それは今まで無関心を貫いてきた者達が交わる瞬間だった。
「静かにしてくれないか、こっちは貴重な時間なんだよ」
煮えを切らした田嶋が愚痴を溢すが、その見た目に反して口調は穏やかである。だからなのか。国府田にも反論を許してしまう。
「仕方ないだろ、彼女のせいで集中できないんだから」
国府田の視線の先には峰。視線に怯え、思わず顔を手元にあったノートで隠していた。
両者の声が静寂を切り裂き、それを皮切りに各々で回転していた歯車が噛み合い始める。
「どうして今日はそんなに落ち着きがないんだよ。昨日まではそんなことなかったのに。気が散って勉強に集中できないじゃないか」
「ゴメンなさい。でも、居ても立っても居られなくて……」
突然意気揚々と語り出す峰は、机に乗り出していた。そして、慌ただしく駆け出すと、国府田の机へと猛進。勢いそのままに、手のノートを机の上に広げると瞳を輝かせながら言った。
「ほら見てよ」
嬉々として語る峰。その狂気の沙汰に国府田も息を呑んだ。
「……見てよと言われても、何がなんだか分からないんだけど?」
「えっ、あー、ごめんごめん。私の悪い癖。説明なしに突っ走っちゃうんだよね。この歌詞で今年の文化祭、バンド演奏しようと思ってるんだけど、ちょっと読んでみてよ」
「なんで俺が?」
そうは言っても思春期真っ只中の国府田であるから、女子に擦り寄られて嫌な気分ではなかった。そして、ダメ押しの「いいからいいから」の言葉にまんまと籠絡された。
路地裏で膝を抱えていたある日 君は笑顔で手を差し伸べてくれた
でも誰にも頼りたくなくて 手を払ってしまう
「話そう」と言って隣に座った次の日 変わらない笑顔で語っていたね
昨日見た夜空のことを 学のない僕に教えてくれた
一等星が一番輝いていると 語る君の瞳も眩しくて目を背けたくなる
羨ましくて 羨ましくて 幼稚な僕は君を遠ざけた
誰も知らない心の叫び やり場のない怒り 見下げる聴衆
君は言った 理不尽に抗えと
Don’t stop even for a moment, please ran through.
僕らは旅の途中 途方もない暗闇だとしても
思い描く光のさきへ 君が語ったあの場所へ
僕は駆け出す
君の面影に思いを馳せる夕方 記憶にある君はいつも笑顔だった
路地裏に僕はもういない でも満たされない
「行こう」と手を引いてくれたあの日 眉を顰めて払ってしまった
それでも君は笑っている ムキになって僕は
傷つく言葉を投げかけた 君の頬に伝う一筋のしずくに胸がざわつく
謝りたくて 謝りたくて 幼稚だった僕は口を紡ぐ
伝えたかった心の嘆き 満たされることのない渇き 失われた笑顔
君は言った それでも世界は素晴らしいと
Be yourself, I love you as it is.
僕らは旅の途中 途方もない暗闇だとしても
思い描く光のさきへ 君が語ったあの場所へ
僕は駆け出す
満天下の葉桜 耳に感じる潮騒 通りを抜ける爽籟 街頭に照らされる雪花
君の背中を追いかけて 君のようになりたくて
でも届かなくてだから
With determination, I ran out of the back alley.
僕らは旅の途中 途方もない暗闇だとしても
思い描く光のさきへ 君が語ったあの場所へ
僕は駆け出す
「これをひとりで?」
「そうだよ」
誇らしげな峰は、胸を隆起させた。その魅惑の膨らみに年頃の国府田も意識を向けざるを得ないが、一方で簡単な男と覚られたくないという意地もある。視線を外す国府田の脳裏には、まざまざと光景が刻まれていた。
「俺にはない感覚だ。素直にすごいと思うよ」
「えっ、ホント。ありがとう」
パッと表情に花を咲かせる峰は、次いで国府田の手を握った。
「じゃあ、一緒に頑張ろうね」
ツンと鼻孔に刺激を感じた国府田は、その香りがミントだと気付く。眼前には瞳を輝かせる峰。そんな彼女に、国府田も困惑が隠し切れなかった。
「えっと、まったく言っている意味が分からないんだけど」
「もう。そんなじゃ、この先が思いやられるよ。一緒にバンドを組むんだって⁉」
「誰が?」
「あなたが」
「誰と?」
「私と」
「なんで?」
「だって、賛同してくれたじゃん」
「賛同はしてない。賞賛(しょうさん)しただけだよ」
あたかもそうであると信じて止まない峰に、国府田は()禍根を残すまいとキッパリと言い切る。しかしそれがまずかったようで、先ほどまでの勢いは息を顰め、峰は表情に影を落とした。
「散々期待をさせておいて、いきなり梯子を外すなんて酷いよ」
俯き加減に言う峰の表情は窺えない。散々というワードが気掛かりではあるものの、純粋な国府田の良心が疼いた。一に勉強、二に勉強、三を飛ばして、四も勉強。何よりも勉学に注力していた国府田であるから、当然女子からのアプローチなどあるはずがなかった。故に、持て余す事案でもあった。
「そんなこと言われたって仕方ないじゃないか。楽器なんて触ったことないし、出来っこない」
「出来る出来ないで語らないで、やるかやらないかで語ってよ。私たちまだ高校生なんだよ」
語気は弱々しい。しかし、言葉には力があった。
ぐうの音も出ず、押し黙る国府田。突っぱねても良かったが、予(かね)()てより胸に秘めたしこりもあった。周りが笑顔でスクールライフを送るなかで、国府田はひとり教室の端でノートと睨めっこ。ほんとうに人生一度きりの高校生活を、勉学だけで済ませていいのか。頭の端に追いやっていた物がチラつき、思考を鈍らす。手中にある希望を強く握り締めて、「俺もやりたい」と懇願すれば、教室にいる彼ら彼女らのように輝けるのだろうか。思考は堂々巡りした。
結論に至らぬ国府田は、口を紡ぎ一言も発さない。遠くから鳴る昼休みの喧騒が図書室にまで届いている。
歪み合っていた田嶋はいつの間にか着席しており、顔まで伏せて我関さずという体だ。大江は大江で相も変わらずスマホを弄っており、新見だけである。ことの顛末を眺めていたのは。それも、瞳を輝かせて。
そして、響き渡りもこだましたりもしない。蚊の鳴くような声であるから、新見が言葉にならない声を上げたところで気に掛ける者などいるはずもなかった。
「あ、あの」
再度試みるが、その声はやはり喧騒に紛れて行き場を失った。
元来、新見という女子生徒は目立つことを好まない。だから、一連の行動はなけなしの勇気によるものであることは言うまでもなく、それが無惨に散ってしまった今。三度(みたび)奮い起こすことは新見にとって、ペンギンが空を飛ぶぐらい至難の業であった。しかし、人間誰しも生きていれば一世一代の大仕事という時がやってくる。新見にとって、本日昼休みの今が、その時だったようだ。
「あ、あの」
ボブカットに黒縁メガネ。ブレザーのボタンは上から下まできっちりと留められている。見るからに真面目そうな出で立ちであるから、轟く新見の声にその他一同が視線を向けるのは当然だった。
注意されると思い、息を呑む峰と国府田。視線を一挙に担う新見は、胸の辺りで両手を組み神妙な面持ちを浮かべている。それが一層二人に緊張感を募らせていたが、待てど暮らせど新見は話を進めようとしない。しまいには視線を泳がせる始末で、峰には耐え切れなかった。
「ゴメンね。うるさかったよね。静かにするから」
峰は謝罪を済ますと、早々に視線を国府田へと移す。今峰の胸の内にあるのはただ一つ。バンドへの執着のみ。それ以外にリソースを割く余裕はなかった。それが感じ悪いと思われるかもしれない。そう脳裏をかすめるが、峰にも一物ある。
今日こそは、誰かひとりにでも声を掛けるのだと。今朝起きてカーテンを開けた時、降り注ぐ陽光に向けて宣言していた。念願であり、願望であった。どうしてもやりたかったこと、やらなくてはいけないことだから峰も譲ることができなかった。
振り返った次には、いっそう決意に満ちた眼差しの峰である。そんな彼女を前にして、国府田の表情が強張ってしまうのも頷けた。
「そんな顔されても首は縦に振らんぞ。今年は受験の年なんだからな。見るに峰さんも3年だろ。大丈夫なのか、悠長にやってて? よもや受験はしないからなんて言わないよな」
「い、言わないよ」
「なんだよ、今の動揺は」
「動揺なんてしてないって。ちょっと噛んじゃっただけ」
「どうだかな」
何としてでも断りたい国府田は、ここぞとばかりに上げ足を取る。態度が態度なだけに、国府田も嫌悪感を示されてもおかしくないが、本日に至っては峰の意気込みも違ったようで、眼差しに変化はなかった。
「わかった⁉ じゃあこうしようよ。くにふだ? こくふだ……」
「こうだだ」
「あっ、これ。こうだって言うんだ。ふりがなも欲しいよね、この名札——。要するに国府田君はあれでしょ。私が学業そっちのけでバンド活動をするんじゃないかってことが言いたいんでしょ」
「そうだ」
「だったら、いい考えがあるよ。私も国府田君と同じ大学を受験して、合格する。それなら文句ないでしょ?」
「まあ……」
と言って、国府田は以後を濁す。それが気になり峰は問いただそうとするも、終始視界の端で肩を揺らす人物に気を取られてならない。誤魔化そうと口元を押さえているが、笑っているのは明白だった。そのせいで気がそぞろな峰は、勧誘に集中することができない。最終的な要員数は5人であるがゆえに、峰はあくまでも冷静かつ慎重に事を進めるのだった。
「楽しそうだね。どうかしたの?」
口角を上げ、峰は言葉に他意がないことを示した。
くすくすと肩を揺らすのはただ一人であったが、当人は気付いていない様子で辺りを見渡す。そして、ようやく気付いたところで、自らを指差した。「私に言っている?」というふうに。それに対して峰は、返事をすることなく首を縦に振ることで名答の意を示した。
「あー、ごめんごめん。もしかして、気悪くしちゃった?」
これが所謂、意思疎通の不一致である。しばしば言葉というものは発言者と受取り手の間で齟齬が生じることは、18年間の生涯で峰も理解していた。しかしながら、ここまで如実に表れたことは今までになく、却って峰の方が恐縮してしまう。
「峰ちゃんがあまりにも無謀なこと言うもんだから、つい……」
「私にそんなつもりはなかったけどね」
峰は目を細め相手の胸元を窺うも、角度が悪く名札は見えない。その視線の先を知ってか知らずか、強引に名札を手繰り寄せると峰にも見えるように向けるのだった。
「大江よ⁉︎ よろしくね」
洗練された笑みを浮かべる大江は、次いで「でも」と続けた。含蓄のある声音で。
「ざんねん。この学校ではそれなりの知名度を誇っていると思ってたけど、まだまだみたいね」
「あー、それは仕方ないよ。だって私、今年度からこの学校に転校してきたんだから」
「そうなんだ。だからか——」
合点が入った大江は、声を弾ませる。
「国府田くんに無謀な取引きを持ち掛けられたのは。だったら、尚更謝る必要があるよ。だって、知らなかったわけでしょ? 国府田くんが成績、学年一位ってこと」
「……」
唖然とする峰。視線を戻し、国府田を見つめた。その眼差しに込められているのは真実か否か。視線によって一頻り問い質された国府田は、耐え兼ねてそっぽを向いてしまうが、余程真偽が知りたい峰である。その横顔に投げ掛けた。震えた声で。
「ほ、本当?」
瞳だけを峰に向け、国府田はこくりと頷いた。
「まあ国府田くんが頭脳明晰ということは分かったよ」
声は上擦り、分かりやすく狼狽える峰。それでも虚勢を張り、突き進むのは性分ゆえであろう。
「でも、それが必ずしも志望大学とは結び付かないよね。ちなみになんだけど。国府田くんはどこの大学に進学しようとしてるか聞かせてもらっていい?」
一縷の期待を込めて尋ねる峰。浮かない表情の国府田は言い淀んでいる。一瞬の間に光を見出す峰であったが、かけた望みは瞬く間に糠喜びに終わるのだった。
「この国で最高峰と言われている大学だけど。関西と関東に同レベルの大学があるから、そこは悩み中だけど、関西の方が近いからそっちになると思う」
無慈悲に現実を突きつけた国府田。その身長差、数センチ。然程変わらないにも関わらず、圧倒的な格差に遥か頭上から言われたと峰は錯覚する。
否、それは錯覚ではない。
衝撃に峰は思いがけず崩れ込んでしまっていた。国府田の顔は頭上。物理的な差異は手の届く範囲であるが、取り沙汰されているのは学業における成績云々である。それがどうかと言われれば、峰も顔を伏せざるを得ない。峰という女子生徒は至って平凡な人間である。幾ら頑張ったとしても到達地点は平均を出るぐらいで、最高峰には到底及ばなかった。
ゆえに成すすべ無しと一層表情を曇らす峰。そんな彼女に助け船を出したのが大江だった。
「まあまあ、峰ちゃん。気を落とさないで。バンド活動ってことは、二人じゃできないんでしょ。面白そうじゃん」
「えっ、それって」
パッと峰の表情が晴れる。
「私も仲間に加えてよ」
「ホント⁉ ありがとう。大江さんがいてくれたら百人抜きだよ」
「そうねそうね。そうでしょうとも」
頻りに頷き、自身に酔い痴れる大江は続けた。
「でも、ごめんね。峰ちゃんの期待には応えられないと思う。何しろ私、友達いないから」
口角を上げ、清々しい笑顔を見せる大江。悲しい言葉とは裏腹に、あっけらかんとしていた。峰にとっても耳が痛い言葉で気後れするが、大江の人柄に助けられる。
「大江さんの見た目だと、黙っていても人が寄って来そうなものだけど……。でも、今言いたいのはそういうことじゃないよ」
「そうなの。てっきり、友達を紹介してって言われるのかと……」
「安心してよ。他人を当てにするほど、志は低くないから」
それは持ち前の虚勢からくるものではなく、かと言って確固たるものでもない。若さ特有の根拠のない自信と言われればそれまでであるが、術を持たない峰は見えているのに掴めない雲へも初な理屈を並べて手を伸ばしてしまうのだった。
「大江さんがいてくれたら、話題性には困らないってはなし」
「なるほど、そういうことね。それなら任せて」
「本当に助かる。ありがとう」
頬を綻ばせて語る峰は、「これで二人」と人差し指と中指を立てている。そんな無邪気な表情を浮かべる彼女を眼前に、大江は尋ねた。
「何だかいいね」
「ん? 何が」
表情そのままに峰は顔を大江に向けた。
「夢があって」
「まあ小さな夢だけどね」
「そんなことないって。『ボーカリスト』だなんて大きな夢じゃない」
あくまでも大江は背中を押すつもりだった。だから、てっきり変わらぬ表情で、「ありがとう」の一言で済まされる、そう思った。しかし、実際は……。
「えーっと」
口を真一文字に結び、眉を顰める峰は、大江を窺う。
「もしかして大江さん⁉︎ 私が大きな夢を描いているから、手を差し伸べてくれたの?」
至って切実な峰。一方の大江は飄々としていた。
「いやっ、決してそういうわけじゃないよ。言ったじゃん、面白そうだって」
「ホントかな?」
「なによ、疑い深いなー。それで言えば、私も峰ちゃんに聞きたいよ? 歌手にならないのなら、どうしてバンド活動なんてしようと思ったの?」
なんて(・・・)という言葉に僅かな引っ掛かりを覚えた峰であるが、そこを糾弾するのは話の腰を折り兼ねない。とりあえず頭の端に追いやるのだった。
「どうしてって——。叫ぶのに大義名分がほしかったんだよ。世の中の不条理や官僚の汚職、終わらない戦争。そんな世界に一石を投じたかったの」
それが冗談であると分かるのは国府田のみで、依然として矢面に立っている彼が疑いの目を向けているのだから、何も知らない大江が言葉を失うのも頷けた。
まさに活動家のそれに、危機管理能力を働かせているのか大江は整った顔を歪め、額には脂汗を滲ませている。少しでも懇意になりたくての言葉であったが、ジョークが過ぎたようだ。引かれるのは峰の本意ではない。修正しようと口を開くものの、発声するより先に大江に遮られてしまった。
「時代錯誤も甚だしいね。でも」
と改める大江の口許は笑っている。
「面白そうじゃん。丁度私も、最近の政府の為体には物申したかったから。やっちゃおうよ」
「……」
眼光をギラつかせる大江を目の前に、峰は息を呑む。狂気じみた雰囲気に友達がいない理由を見出すも、それでも手放すには惜しい人材ではあった。
「期待させて申し訳ないけど、冗談だから。ごめんね」
刺激することなく、峰は合掌をして見せる。一方の大江は心底肩を落としていた。
「でも、叫びたいって言うのはホントだから。大江さんにもない? どうしようもなくフラストレーションが溜まって、大声を上げたくなる時って」
「無いことも無いけど。それだったら、路上で歌えばいいじゃん?」
「それが出来ればそれでもいいんだけど、そうは問屋が卸さない。路上でライブするのに申請も必要だし、音も気にしないといけないの」
「へー、そうなんだ。知らなかった。てっきり私、ロックを掲げて好き勝手に路上ライブをやっているものかと思ってた」
おそらく大江の脳裏にあるのは飲んだ水を客席に吹き掛けたり、ギターを叩きつけて壊したりと言ったイメージなのだろう。破天荒をロックと形容することは分からなくもないが、峰の目指すところではなかった。
「いくらロックと言えども、司法の名の下には平等だからね。勝手にやると怒られちゃうの、国家権力に」
「お固くて、嫌ね」
「治安維持のためだから仕様が無いよ——。っていうかこんな話、もう止めにしない。いよいよ思想犯って言われかねないよ」
「それもそうね」
遥か彼方に渡航していた話がようやく帰還。大江は何食わぬ顔で話を続けた。
「私と峰ちゃん。これで二人だけど、最終的に何人必要なの?」
「えーっと。ギターでしょ、ベースにドラム、キーボードとボーカルの5人かな」
「5人か。難しい数じゃないと思うけど。ボーカルは兼任でもいいんじゃない?」
「最悪それでもいいんだけど。未来のメンバーには、できるだけ一つのパートに集中してもらいたいんだよね」
「そうね。言って素人の集まりだから、演奏しながら歌うのは流石に難しいものね。なら、あと3人か——。よしっ」
膝を叩き、勢いよく大江は立ち上がる。
「頑張って見つけよう。オー」
拳を高らかに掲げてのシュプレヒコール。最早、言い出しっぺである峰よりも意欲があると言っても過言ではなく、及び腰になってしまう。一呼吸置いて峰も乗るが、やはり間の抜けた声になってしまった。
「じゃあ、善は急げ。メンバー候補を探しに行きましょ。休み時間はまだあるわ」
立案者さながら陣頭指揮をとる大江は踏み出す。それに連なる峰であるが、去り際、国府田に耳打ちした。「またね」と。油断しきっていた国府田は肩を揺らすが、峰は気にも留めない。構わず歩を進めるのだった。
始まる。まだ名もなき者達のストーリーが。そして、挫かれる。弱々しい「あの」という言葉で。
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