皇太子を隣で見ていたけど、色々無理だから見限ることにする
あんとんぱんこ
第1話 出会いからして…
僕は、とある国のとある領主の次男として、このとある世界に転生してきた。
ここは、剣と魔法と冒険が存在する世界。お決まりの不運からのチートみたいな能力も何もなく、女神さまや神様に会うことも無く、ぬるっと平凡にこの世界に生まれ落ちた。
そんな僕は今、この国の皇太子の側近となるべく学友として側仕えの立場にいる。正直、これがとんでもなく…めんどくさい。
僕と彼の出会いからして、僕的には忘れたい一生の出来事のトップ10に入ると思っている。
あれは、この世界で10歳になった3日後の事…
僕は父さんに連れられて、王城に来ていた。
この国の国王陛下の学生時代からの親友で爵位を持っている父さんは、「王剣」の称号を持つ国王陛下の右腕と言われている。
3つ年上の兄さんは、母さん譲りの魔力を認められて飛び級で高等魔術院に入学し、将来は王国魔術師団の幹部クラスになるのではないかと言われて天狗になっている。
僕は、可もなく不可もなく学問を学び、剣術を習い、魔法を使用しながら最低限の護身術を日々父さんと我が家直属の騎士たちに叩きこまれている。
あと二年もすれば貴族の子は全員漏れなく強制的に入学させられる3年制の初等魔術院か初等武術院に入学するのだし、今ぐらいはのんびりした平凡な幸せを享受したって罰は当たらないだろうと思っているのだけど…
今日は、父さんの機嫌が良すぎることが逆に怖い。
普段から仲が良くも悪くもない適度な距離を保った関係の我が家なのに、ここ数日父さんの機嫌は右肩上がりだ。
母さんにしても浮かれているし、滅多に会話しない兄さんですらにっこりと不気味に笑って肩を叩いてくる始末。気持ち悪いったら、ありゃしない。
そして、僕の不安は的中した。
連れてこられた先は、我が国の唯一の王子である皇太子「レオンハルト様」のお住まいになられている離宮。
玄関ドアの数メートル手前で足を止めた僕を、先を歩いていた父さんが振り返る。
「どうした?皇太子様を待たせるな。恐れ多いか?当たり前だ。だが、お前は行かねばならぬ。早く来い」
有無を言わさぬ何かの圧力に負けて渋々歩き出した僕に、父さんはそれ以上何も言わなかった。
「シルバリオ・グランツ、次男マルセル・グランツと共に、参りました」
辿り着いてしまった大きなドアの前で、武人らしい大声で名を言う父さん。デカすぎだろ…と、耳を押さえたい衝動を我慢して待っていると初老の執事服にグレーアッシュの髪という如何にも「セバスチャン」な男性が、音もなくドアを開いてくれる。
「お待ちしておりました。どうぞ」
仮称セバスチャンさんの落ち着いた低めの声に、胸に手を当て頭を下げ手で道を示す仕草の見事なセバスチャンぶりに僕は密かに感動してブルッと震えてしまった。
父さんは、うむと言うや否や歩き出して慣れた様に仮称セバスチャンさんの手で示された先の階段を上がっていく。
僕は大股で歩く父さんに遅れないように、平静を装いながら必死の速足でついていく。貴族の子女子息は、親の地位に劣らぬ装いと行動を義務付けられている。
正直、この教育は元日本人高校生の僕には、衝撃的過ぎた。とってもとっても、大変なんです。色々と…
辿り着いたのは、豪華な彫りの入った一枚板の扉の前。ドアノッカーの様なものを父さんは2回鳴らすと、姿勢を正して待つ。僕もそれに倣って、待つ。
すぐに「入れ」と短い言葉が聞こえて、父さんは扉を開いた。
そこに待っていたのは、これまた如何にもな「王子様」だった。転生前に姉ちゃんが読んでいた漫画に出てくる様な、サラサラの金髪にスカイブルーの瞳に金の糸で刺繍がしてある白いズボンと同じく金糸の刺繍の赤いジャケット。
「王子様…だ…」
ボソッとうっかり呟いた僕の言葉を、父さんは聞き逃さない。当たり前だろうがと訝し気な目で睨みつけてくる。しっかりしろと言いたいのかもしれないけど、元日本人には本物の王子さまは希少価値の付いたレア物なんですよ。
「いかにも、私は王子だな。見てわかるだろうがな」
王子様らしい少し高めのイラついた声が、僕の方に向けられた。
僕はハッとして、貴族式のカテーシー(今世の幼少期から超スパルタで叩き込まれたやつ)で挨拶を行い顔を上げた。
「で?あなたの息子とは思えないほど冴えない顔の冴えなさそうな彼が、私の側仕えですか?」
「殿下、その冴えない顔の息子が殿下の側仕えです。確かに平凡な子ですが、でしゃばることもしないでしょうし、殿下の邪魔になるようなことも無いはずです。どうぞ、よろしくお願い致します」
父さん、少しはピクリと眉毛でも動かしてくれてもいいんじゃないかと僕は思うよ?仮にも貴方の息子なんですけど?
「まぁ、いいけどね。どうせ、ある程度爵位の有る貴族の子息なら誰でもいい訳だし。マルセル…だっけ?君も適当に頑張っててよ。どうせ、僕は王位継承がほぼ確約されている身だから。王位を継ぐまで自由にさせてもらえたらいいさ」
こうして僕はこの日このテキトーな王子様の従者となり、気付かない振りをしていた父さんの僕への無関心に強引に気付かされるという、忘れたい思い出を一つ作り上げた。
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