第4話 客とスタッフとしてではなく

「田山さん、先週もちょっと思ったけど、なんか元気ないね。」


影山さんにそう言われて、私は自分の顔から笑顔が消えていることに気付きハッとした。


影山さんは有言実行の人だったらしく、初めて「リリー」に来店した日から毎週金曜日に欠かさず店に通ってきてくれるようになった。


そして必ず私を指名し、一番料金の高い桜コースを選んでくれた。


マッサージをしている2時間ちょっとの間、影山さんとは色々な話をした。


影山さんは、最近ハマっている趣味はボルダリングだということや、友人と行った旅行先でのハプニングなどを面白可笑しく話してくれた。


私と同じミュージシャンが好きだということも分かり、そのミュージシャンの新曲の話で盛り上がったりもした。


ただ脚本家の仕事のことを聞くと、とたんに口が重くなった。


もしかしたら仕事関係の話は禁句なのかもしれないと思い、最近は話題に出すのを止めた。


私にとって影山さんを施術する時間は、仕事と言っては申し訳ないくらいとても楽しい。


けれど、今日は心の不安が隠し切れず、影山さんにマッサージしながらも、心ここにあらずになってしまった。


お客様第一の商売なのに笑顔を忘れてぼんやりし、しかもお客様に心配されてしまうなんて、プロ失格だ。


「ごめんなさいっ!大丈夫です。」


「そう?俺には全然大丈夫そうに見えないけど。」


「・・・・・・。」


「何か悩みがあるなら、俺、聞くし。つってもこんなトコじゃ話せないか。」


「・・・すみません。ご心配おかけしちゃって。」


全ての施術が終わると、支度を終えた影山さんは帰り間際、私にそっと小さなメモを手渡した。


そこには影山さんの携帯番号が書かれてあった。


「気が向いたら電話してよ。俺、しばらくは店の近くにいるから。」


影山さんは周りに聞こえないように、私にそう囁いた。


「・・・でも、ご迷惑では」


「全然。俺が勝手に君を心配しているだけだから。」


そう言ってニッと笑うと、影山さんはいつものように小さく手を振って店を出た。


プライベートでお客様と会ってもいいのだろうか?


たしか店の規約ではNGでは無かったはずだけど・・・。


しかしそれよりも、今自分が抱えている不安を、誰かに聞いてもらいたい気持ちの方が強かった。




仕事が終わり店を出た私は、少しの躊躇いを打ち消し、思い切って影山さんに電話をした。


影山さんはすぐに電話に出てくれた。


「仕事終わった?」


優しい影山さんの声に、私は震える声で「はい。」と答えるのが精一杯だった。


「俺、今西武新宿駅の近くにあるマックにいるんだけど、わかるかな?来れそう?」


「わかります。」


「じゃあ待ってるから。急がなくてもいいから。ゆっくりでいいからね。」


「はい。」


ビルの自動ドアを開け、外に出ると重い雲が空を暗い紫色に染めていた。


雪が降るんじゃないかと思うくらい空気が冷たい。


冷えた手に手袋をはめて、自転車に乗り、新宿駅の東口方面へ向かった。


西武新宿駅が入っているレンガ色の建物を通り過ぎる。


目指すマクドナルドに到着すると店内に入り、影山さんの姿を探した。


影山さんは一番奥のテーブル席で、小さなパソコン画面を睨み、難しい顔をしていた。


「お待たせしてしまってすみません。」


私が声を掛けると、影山さんはあわててパソコンを閉じ、大きなバッグに仕舞った後、私を自分の前の席に座るように促した。


「お疲れ。何か食わない?夕飯まだだよね?」


「はい・・・でも何だか食欲がなくて。」


私は椅子に腰かけると、愛想笑いのひとつも出来ずにそうつぶやいた。


「じゃあ飲み物だけでもどう?俺、買ってくるから。」


そう言って影山さんは椅子から立ち上がった。


「・・・じゃあホットコーヒーをお願いしてもいいですか?」


「了解。」


影山さんはスマホを持って注文カウンターへ向かい、しばらくするとコーヒーとフライドポテトを載せたトレーを持って席へ戻って来た。


「こんな所でゴメン。でもあまり静かな所じゃ、逆に話しにくいかもしれないかなと思って。」


「いえ。大丈夫です。」


確かにこういった騒がしい場所の方が、深刻にならなくていいかもしれない。


「コーヒー、おいくらですか?」


「いいよ。電子マネーで払ったから。こんなはした金で言うのもなんだけど、俺におごらせて。」


「ありがとうございます。」


私は素直にその言葉に従った。


「とりあえずコーヒー飲もうか。落ち着くから。」


「・・・はい。」


紙コップを両手で持ち、熱いコーヒーに口を付けると、じんわりと温かさが体中に染み渡った。


心に巣くう不安の塊が少しだけ溶けたような気がした。


そんな私を、影山さんはコーヒーを飲みながらじっとみつめていた。


「ごめんなさい。テンション低くて。本当の私はそんなに明るくないんです。」


私の言葉に影山さんは口元だけでフッと笑った。


「そんなの気にしてないよ。店での元気な君も可愛いけど、今向かい合ってる自然な君と話せることの方が俺は嬉しい。それにプライベートで会ってるのに、ありがとうございまぁす!なんて他人行儀に言われたら、そっちの方が傷つくよ。今は店の外だし客とスタッフでもない。だから無理して笑わなくていいんだ。」


「ありがとうございます。」


それでも私は小さく笑顔を作ってみせた。


「パソコンで何か作業をしていたみたいですけど・・・大丈夫ですか?」


「ああ。気にしないで。」


もしかして脚本を書いてる最中だったのでは・・・と躊躇していると、影山さんは私の考えを見抜いたように肩をすくめた。


「今度やる劇の脚本書いてるんだけど、なかなか進まなくてさ。」


「そう・・・だったんですね。大変ですね。」


「まあ金になんないんだけどね。・・・田山さんはあの店の給料だけで食っていけてんの?」


「やりくりしてなんとかやってます。」


本当はセラピストの給料と今までの貯金を切り崩してギリギリの生活だった。


「で、何があったの?」


影山さんに促されて、私はひとつ大きなため息をつくと、何から話していいのかと、最初の言葉を頭の中で探していた。





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