第46話 騎士
翌日、ウォルフはサヤカの部屋を訪ねた。
「ウォルフ!来てくれたのね」
サヤカは彼を出迎えてはしゃいだ。
「フフッ、あんなこと言って、やっぱり私が忘れらんなかったんだね」
細い肩紐の黒いキャミソールドレスを着た彼女は、ウォルフに駆け寄って抱きつこうとした。
だがサヤカの手は、彼に肩を押さえ込まれて空を切った。
不満そうな顔のサヤカを見て、ウォルフは抑揚のない声で言った。
「…昨夜、サラさんを襲わせましたね?」
「何のこと?」
「しらばっくれても無駄ですよ。サラさんがあなたを目撃していたんですから」
「知らない。見間違いでしょ?昨夜は寝てたもん」
「サラさんに何をしたんです?」
「何よ…!なんでサラなんかのカタ持つの?」
ウォルフは彼女の両肩を掴んだ手に力を込めた。
「答えなさい」
「まさかもうあいつとヤったの?」
「サヤカさん、私はいつまでもあなたを甘やかしたりはしないんですよ」
そう言うと突然、彼はサヤカの両腕を後ろ手に掴み、革紐ですばやく両手首をひとまとめに縛り上げた。
「きゃあっ!」
サヤカはウォルフを振り向いて叫んだ。
「ちょっと!何すんのよ!?」
「こうして両手を拘束してしまえば、あなたはただの小娘です」
「冗談やめてよ!これ外して!」
「あなたはちっとも反省しませんね。今度ばかりはさすがに私も呆れましたよ」
「ちょっと、腕痛い。ねえ、お願い。外して?」
サヤカは甘えた声を出した。
「サラさんに何をしたんです」
「あー、もう~うるさいなあ。警備の連中が暇そうだったから、この塔の中にサラっていう黒髪の娼婦がいて客を待ってるって教えてやっただけよ。本当のことなんだから別にいいじゃん」
「それで、サラさんを襲うように仕向けたんですか」
「私は襲えなんて言ってないもん。あいつらが勝手にそう思い込んだんじゃん」
「どうやってサラさんを外へ誘い出したんです?」
「警備の奴ら、新兵みたいでさ。なんかサボってたみたいで外に出た時、あいつの部屋の前にいなかったんだよ。だからあいつの部屋の扉に石ぶつけてやったんだ。でも出てきたのはあいつの勝手だよ?私出て来いなんて一言も言ってないもん」
「…そのために、若い命が二つも失われたんですよ」
「は?何それ。どういうこと?」
「あなたが嘘を吹き込んだために殺された二人の警備兵のことです」
「へえ、あいつら死んだんだ?自業自得ってヤツ?」
「サラさんがどうなったのかも、知らないんですか?」
「知るわけないじゃん、そんなの。私部屋に戻ってたもん」
ウォルフは後ろ手に縛られたサヤカの両肩を掴んで、彼女を正面から見つめた。
「では教えてあげましょう。サラさんは偶然通りかかった皇帝陛下に助けられたのです。サラさんを襲った二人の警備兵は、皇帝陛下に一刀のもとに殺されました」
「へえ~そうなんだ?あいつ運いいね」
「彼らのしたことは許されることではありませんが、あなたがそのような嘘を吹き込まなければ、このような悲劇は起こらなかったんですよ」
「そんなの知らないよ。あいつらがわるいんじゃん?私には関係ないもん!」
サヤカは首を左右に振った。
「罪の意識すらないんですね」
「私は悪くない。あいつらが勝手にやったことじゃん」
「あなたはサラさんが襲われるところを笑って見ていたそうですね」
「…知らない、見てない。あいつが私を陥れようとして嘘ついてんだよ!」
ウォルフは冷たい目でサヤカを見た。
「性根が腐っている上に嘘つきとは救いようがない」
「何だよ!だいたい、ウォルフが悪いんじゃない!私を捨ててあんな奴のとこへ行くって言うからじゃん!」
「…へえ、今度は私のせいにするんですか」
ウォルフはそう言うと、彼女をソファへ突き飛ばした。
「きゃあ!」
「そうやって人のせいにしてばかりいて、自分のやったことに責任を感じないんですか」
彼女は勢いよくソファに仰向けに倒れた。
「何すんのよ!あんた、騎士でしょ?私にこんな乱暴して許されると思ってんの?」
サヤカはソファに倒れ込んだまま、ウォルフを睨みつけた。
ウォルフは冷徹な目でサヤカを見下ろした。
「サラさんはもっと酷い目に遭ったんですよ」
「やっぱりあいつとヤったんだ?そうじゃなきゃこんなこと…」
「ハッキリ言いましょうか。私はあなたが大嫌いでした。あなたは自己中心的で何の努力もしようとしない。それだけならまだしも、他人を陥れることばかり考えて、自分より弱い立場の者を思いやる心もない。私の忠告にも耳を貸さず、言い訳ばかりしては快楽に溺れ、責任逃れをする。傍にいるのも苦痛でしたよ」
「何よ今更。あんただって私の体、さんざん楽しんだくせに何カッコつけてんだよ!」
「我慢して付き合ってやっていたんです。本当はとても嫌でしたよ」
「ふざけんな!何回もヤったくせに!あんただっていい目みただろーが!」
興奮するサヤカは、その後もウォルフが顔をしかめるような下品な言葉を連発して彼を罵倒した。
彼はそれを黙って聞いていた。
「…気が済みましたか?」
「こんの…クソ男…」
ウォルフは大きくため息をついた。
「あなたがクズで良かった。これで躊躇なく送り出せます」
「はぁ?」
「あなたと縁が切れると思うと、こんな嬉しいことはありません」
「何…言ってんの…?」
サヤカは理解できないといった表情をした。
「あなたは罰を受けるべきです」
「罰って何よ…!」
「サラさんにしようとしたことを身をもって体験してみるといいですよ」
「ねえ、ちょっと…意味わかんないんだけど?」
「少しは被害者の立場になって、反省してみるといい。まあ、あなたのような者にはこれもご褒美になってしまうかもしれませんが」
「意味わかんないっていってんじゃん!はやくこれ解いてよ!」
サヤカに構わず、ウォルフは部屋の扉に向かって声を掛けた。
「良いぞ。入って来い」
すると部屋の扉がおもむろに開いて、そこから黒いマントにフードを被った大男が入ってきた。
その身長は、2メートル以上あると思われた。
マントの下からのぞく裸の胸は筋肉隆々で、腕は丸太のように太かった。
「誰…?」
「紹介しましょう、あなたの新しい騎士ですよ」
「はあ?コイツが騎士?」
ウォルフはクック、と笑った。
サヤカは怪しげな黒いフードの男を見て、顔をしかめた。
「自己紹介してやれ」
「はい、ウォルフ様」
黒マントの男はそのフードを取った。
「ひっ…!」
サヤカは短い悲鳴を上げた。
フードの下から現れたのは禿げ上がった頭と醜くひしゃげた魔物のような顔だった。
その恐ろしい顔と筋骨逞しい肉体が相まって、余計に人間離れした印象を与えた。
「冗談でしょ…こんなのが騎士なわけないじゃん…」
サヤカの顔は恐怖でひきつった。
「初めまして。私は地下牢の管理人ブールと申します」
「地下牢って…何?あんた何なの?」
「私の仕事は、罪人や不服従奴隷を拷問して素直にさせることです」
「ご、拷問!?」
「もちろん、調教も得意です」
「何言ってんの?調教って何?ねえ、ウォルフ、どういうこと?なんでこんな奴私の部屋に呼んだの?」
ウォルフはサヤカの問いにも答えず、目も合わせようとしなかった。
ブールはサヤカを舐めまわすように見ると、くぐもった低い声で言った。
「この娘、綺麗な体をしていますが…本当にいいんですか?」
「皇太后様の許可は得ている。おまえの好きにして良い」
「承知いたしました」
「それと例の件、人選は済んでいる。あとでリストと測定器をそちらへ回す」
「かしこまりました」
二人の男が自分のわからない話をしていることに、サヤカはムッとして叫んだ。
「ちょっと、無視すんな!ちゃんと説明しろよ!」
ウォルフは冷ややかな目でサヤカを見下ろした。
「サヤカさん、これからはこのブールがあなたのお世話係を務めます。あなたの邪な望みを叶えてくれますよ」
「ちょっと、何言ってんの?こんな奴やだよ!行かないでよ、ウォルフ!」
「適当に遊んだら連れて行ってくれ。ただし、決して腕の拘束は外すな」
「心得ております」
「ではサヤカさん、私はこれで失礼します。どうか彼と仲良くやってください」
「やだよ!こんなヤツ、絶対嫌!」
ウォルフは振り向きもせず部屋を出て行った。
代わりにブールがサヤカに向かってにこやかに語りかけた。
「サヤカさんとおっしゃるんですね。今日から私があなたのお世話をすることになりました。よろしくお願いします」
「冗談きついって!」
その男と二人きりにされたサヤカはソファから立ち上がって逃げようとした。
「おや、どこへ行くんです?」
ブールは大きな手を伸ばしてサヤカの拘束されている腕を掴んだ。
「やだ、離せよ、このブサイク!」
「ホホ、生きのいい奴隷だ」
「誰が奴隷だよ!」
「あなたは今日から奴隷になったんですよ。それらしく調教しなければいけませんねえ」
「何言ってんだ、この!」
サヤカは振り向きざまに片足を上げてブールを蹴ろうとした。
だがブールは、その足を掴んで彼女を逆さまに持ち上げた。
「きゃああ!」
「ホホ、まあいい恰好」
逆さに持ち上げられたサヤカは、着ていたキャミソールがペロンとめくれ、下着も露わな無様な格好になった。
「止めて、変態!降ろせ!」
「よく吠えること。躾がなっていませんねえ」
ブールはそのまま彼女をソファへ乱暴に放り投げた。
「きゃあ!」
「クククッ、私はね、あなたのような生意気で反抗的な奴隷を教育しなおすのが仕事なのですよ。どうやらあなたは調教のしがいがありそうですねえ」
ブールは彼女の上にのしかかるようにソファに手をついた。
「く、来るな、バカデカ男!」
「まずは自分の立場を理解させる必要がありますねえ」
彼はめくれ上がったドレスから露わになった下半身に指を這わせた。
「さ、触んないでよ!」
その指が下着の上から股間を執拗になぞると嫌がっていたはずのサヤカの口から甘い吐息が漏れ始めた。
それを見たブールは唇を歪めて笑った。
「安心しましたよ。あなた、見どころがあります」
「何、言って…」
「さて、続きは地下のお部屋でしましょうかね。ホホ、あなたが泣いて喜ぶ色んな道具がありますよ。どうやって遊びましょうかねえ?」
「ひっ…!や、嫌だ…!!」
ブールは暴れるサヤカを軽々と肩に担いで、そのまま部屋を後にした。
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