ミスはリードする

千子

第1話

ミス・リザステラは探偵である。

誰もが侯爵令嬢のお遊びと付き合ってはくれないが、本人は探偵のつもりであるし、多少なりとも実績もある。




今日も今日とて事件があると聞きつけ呼んでもいないのに颯爽と馬車で殺人事件があった子爵邸に乗り付けた。

「ごきげんよう。警部、警察の皆様。事件解読はお進みかしら?」

居丈高に上から目線で言われるも文句なんてつけようがない。

警察官は平民が多く、相手は侯爵令嬢。

悲しくも明確な格差社会があった。


「……ミス・リザステラ。何度も言うようにそうそう一般人が事件現場に来られては困ります。しかもあなたは侯爵令嬢。悪い噂が立ちますよ」

警部も何度も注意をするが、このわがままお嬢様もといミス・リザステラは余程のことがない限りなんでも自分の思い通りになると思っている節があり、事実権力も財力もあった。

そして、ミス・リザステラは警部に想いを寄せていた。

本人は気付かれていないと思っているが、周囲にはバレバレなうえに意中の警部にも察せられている。

それでもなんの返事も態度も変えないことで警部のミス・リザステラへの返答は決まっているようなものだった。

知らぬは本人ばかり…。

初めての恋に浮かれて警部の役に立ちたくて、でも警察官にはなれないので探偵として事件を解決に導くことにしたのである。

誰にも頼まれてもいないのに。




「ここの子爵と夫人ではとてもおしどり夫婦で仲の良いことで有名だとか。わたくしもいつか警部とそうなりたいものですわ!」

「そう仰っていただけて光栄ですわ、ミス・リザステラ」

ミス・リザステラが現場到着早々いつもの一方的な惚気を披露したのを受け止めたのは被害者である子爵の妻でありこの家の夫人であった。

子爵は虚弱体質気味で背の小さい男性であり、夫人は少々ふくよかなところが魅力的な女性であった。

「まあ!夫人、この度は御愁傷様でございますわ。……顔色が悪いですわ。どうぞこちらのソファにでもお掛けになって」

「ありがとうございます、ミス・リザステラ」

もう一度言おう。ここはミス・リザステラの自宅ではなく子爵と夫人の自宅である。

なのにもうすでに我が物顔であちらこちらへ紅茶の用意だとかを命令している。

身分差はあれど他人の家であるのにこの始末。

侯爵家であるのに貰い手が未だにいないのも納得ではある。


夫人は事件から一夜明けても顔色が悪く、子爵が亡くなったというショックから抜け出せないでいた。

しかし、ミス・リザステラは他人の心情を慮らず、夫人の前で堂々と捜査を始めた。

「それで、第一発見者はどなたですの?」

空気は吸うものとしか認識していないミス・リザステラは傍にいた警察官に訊ねた。

訊ねられた警察官は周囲に助けを求めて目配せしたが、誰もが目を逸らした。

誰もがミス・リザステラに関わりたくないのである。

「第一発見者は御者であります」

仕方がなく警察官は答えた。

「現場はどちら?」

「この屋敷の馬車の中です。しかし、刺殺のわりに血液が少ないのです」

「なるほど。現場に行ってみましょう」

ここまできたらミス・リザステラの独壇場である。

警部と警察官達は諦めた。




子爵家の馬車はそれなりに広く出来ていた。

不用意に血液には触らないように気をつけてあらかた見るとミス・リザステラは警部や夫人のいるリビングに戻り、質問を再開した。

「昨夜は男爵家のパーティーにご夫婦で参加なさったとか」

「ええ、そうですわ」

夫人は頷いて肯定した。

「わたくしが最後に主人とお会いしたとき、主人は知らない男性と一緒でしたわ。あれはパーティーの中頃でした。わたくしが気分が優れないので先に帰らせていただきたいと申し上げると、その方の馬車に乗せていただくので先に帰って安静にした方がいいと優しく会場で見送ってくださいましたわ。わたくしが一人で先に帰ったのは他の方にも証人になっていただいております」

夫人は青い顔のまま当時の子細を思い出そうと懸命だ。

「なるほど。では、夫人が子爵と最後にいたのを見たのはその男性なんですね?」

そこでようやく警部が口をはさんだ。

「その通り、何人もの参列客が子爵が誰かと話しているのを見ているのです。だが、誰も名乗り出ない。それに、その男性の馬車で帰宅しているはずが何故自宅の馬車の中で死んでいたのかわからないのです…」

「証人は何人もいるわけね。そして殺害現場の謎」

ミス・リザステラは顎に手をやり考える。

「その男性はコートも帽子も受付に預けることなく身に付けたまま会場入りしたとかで、コートに帽子は覚えられていても顔は誰も見えていないんです。なんせ立て襟で顔を隠すようにしてパーティーの終わりまで壁際にいたものですから」

「子爵と?」

「恐らくですが、子爵とです。子爵一人ならともかく、パーティー会場でコートに帽子のままなんて目立ち過ぎる相手がいたので証人には事欠きませんでした。惜しむらくはコートの男が背が高く、子爵は失礼ながら高い方ではないため影になって姿が見えなかったことかと」

「それでも、そのコートの相手がどこの誰かも分からないと」

ミス・リザステラは手を叩いた。

「つまり、子爵は幻の男と一緒だったというわけね」

ミス・リザステラが不審な男性に大層な名前を付けた。

これもいつものことだ。

「そういえば夫人」

ミス・リザステラの質問は夫人に移った。

「その男爵家は子爵家と懇意にしているとか。給仕やメイドとも多少なりとも面識はありますわよね。いいえ、それどろか子爵家で負債が出てしまい男爵家で下働きを数名雇ってもらえないか紹介状を書いたとか」

そんな情報、俺達はまだ入手していないぞ!と警部は部下に叱責したが、これも貴族の情報のうち。

市民警官が知るよしもない。

「ええ…そうですわ。ですが、そのことが今回の事件と関係がありまして?」

突然自身の家の負債や家庭の事情を持ち出され、夫人は怒ったが、ミス・リザステラは夫人の感情を気にしない。


何故なら、犯人が分かったのですべてを警部のために捧げることが最重要課題になってしまい、気にする余裕もないのである。


「謎の男の正体は給仕よ。その会場に入れ込ませておいた子爵の息のかかった、最近男爵家に雇わせた給仕に大金を渡して男爵家のご主人のコートと帽子を拝借させて謎の男を作り上げたの。あとは簡単よ。子爵が帰るときに借りていた男爵家のご主人のコートを元に戻せばいいんだから。そして、パーティーの最中には一人でいたのに子爵といたように芝居をしていたの。背の高い給仕なら背の低い子爵が隠れると思ってね」

ミス・リザステラは得意気に言い切った。

「あー、ミス・リザステラ。子爵はその男性と帰ると夫人に申し出たんだ。同じ馬車で帰るはずがない。それに、男爵家で男爵の帽子とコートを着用すれば男爵本人か家のものが気付くだろう?」

「いいえ、警部。あそこの男爵は着衣に無頓着で既製品の量産品の洋服しか着ていなかったわ。仕立てていない帽子もコートも、下級貴族ではありふれたものよ。男爵が気付かずにいても無理はないわ」

そう言われるとそういう考えになるものだ。

それに、一般市民の多い警察官には服を自分専用に仕立てるということもなく既製品が多く、誰某と服が被ったなどということは多々あり得る。

警察官に警部が納得すると、夫人はミス・リザステラに訊ねた。

「では、主人は?主人はどの馬車で誰と帰ってきたというのです?」

ミス・リザステラは再び得意気に言い切った。


「子爵は夫人と共に帰ってきたのよ」


警部も夫人も警察官も目をパチクリしてミス・リザステラを見た。

「しかし、馬車にはわたくしひとり。夫の姿はありませんでしたわ」

夫人はそう証言する。

「そうでしょう、そうでしょう。それが子爵が仕組んだトリックなのだから。こちらへ着いてきてください」

「子爵が仕組んだトリック?」

警部の疑問符にミス・リザステラは頷いて答えた。

ミス・リザステラが問題の馬車の椅子の天板を外すと、人ひとりが入れるスペースになっていた。そして、明らかに殺害現場だと思われる量の血液がこびりついていた。

「子爵はこの中に隠れていたの」

「こんな中に…なんでまた子爵は隠れたんですか?それにこの血液は…」

警部が首を捻る。

「順を追って説明しますわ、警部。子爵はコートの男性を目立たせ喋っているとアリバイを作り夫人が帰りの挨拶を他のご婦人方にしている最中に急いで馬車に来てこちらへ隠れて夫人の殺害を企てていたのです」

「夫人の殺害!?」

警部が驚いて声が大きくなる。

夫人も驚いたように目を大きく開いた。

ミス・リザステラは得意気に警部を見てから夫人に向き返りふんぞり返った。

「そうです。夫人、あなたを殺害するためですわ」

事も無げにミス・リザステラは言った。

「子爵は男爵家に給仕を入れ込ませておいてアリバイまで作ってこの椅子の天板の中に潜んだ。そして、夫人を殺害したときにはパーティー会場にいたと思わせておいたのですわ」

ふんぞり返ったままとんでもないことを言ったミス・リザステラに警部が訊ねた。

「しかし、その推理が事実だとしても亡くなったのは子爵です。何故犯人になるはずだった子爵が被害者になるのですか?」

その言葉にミス・リザステラは夫人に向かい楽し気に笑った。


「犯人側がアリバイを作ってくださったんですもの。さぞ楽な殺人でしたわね」


「どういうことですか?」

警部はまだわからないようだ。

ミス・リザステラは警部のそんなところもかわいいと思って真実を話す。

「簡単な話ですわ。夫人を殺そうとした子爵を、夫人が逆に殺害したのですわ。計画を先に知っていれば子爵の計画を逆手に利用すればいいんですもの」

そしてころころと楽しそうに笑い出して夫人に言い突ける。

さすがに警部が「不謹慎です」と注意をすれば止めたが、ミス・リザステラはまだ楽しそうに夫人を追い詰めようと爪を出している。

「そして、殺害したときには多少なりとも声が出るはずです。ですが、馬車の御者が夫人の共犯者であれば黙っているだけですみます」

集められていた関係者から御者一斉に注目が集まった。

御者は所在なさげにキョロキョロと辺りを見回している。

「夫人と子爵を乗せた馬車が邸宅に辿り着き、椅子の天板から腰を浮かせると子爵は夫人を殺害するために飛び出ようとしたはずです。しかし、狭い椅子の中にいる子爵よりは自由の効く夫人の方が有利だったんでしょうね。刃物で一突きかしら?子爵が亡くなったのは椅子の中ですわ。あの血液は子爵のもので間違いありません。そして、遺体を取り出し椅子に座らせたのですわ」

ミス・リザステラの言葉に夫人と御者の顔は白くなっている。

「警部、夫人と御者からお話を詳しく聞いた方がよろしいんではなくて?」

「そう思っていたところですよ、ミス・リザステラ」

今日も今日とて事件解決の手柄を取られて警部は面白くないが、ミス・リザステラは愛する警部の役に立ててご満悦だ。

「ちなみにそちらの御者には他に若くて美しい恋人がいらっしゃるだとか。あなたが貢いでいたお金もその女性に流れているそうですわ」

「なんですって!?」

夫人が鬼のような表情で御者を見た。

御者は震え上がった。

「家の者が調べあげたので間違いはありません」

こんな短時間で調べあげるとは、警察より有能である。




警部が警官達と共に夫人と御者を連行するときにミス・リザステラは声を掛けた。

「本日もわたくしの方が先に解決してしまいましたわね。警部」

ミス・リザステラはウィンクをした。

警部は苦虫を噛み潰したかのような表情だが、恋は盲目なミス・リザステラはそんな警部も素敵ですわ、と警部が知ったらまた怒りそうなことを考えていた。




こうして、今日もミス・リザステラはこの地の警察ををリードした。




―――――――――――――――――――

「ミスはリードする」というタイトルで「ミスリードがあるかもしれない」と思われたら成功です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミスはリードする 千子 @flanche

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説