突然同居する年の差姉妹百合
川木
同居生活
「え? 美玖が? っと」
晩御飯を作りながら電話に出た私は、母からの唐突な命令に素っ頓狂な声をあげてしまった。大学生になると同時に一人暮らしを始め、料理もなれたものだけど危うく箸をひっくり返してしまうところだった。
私は一旦火をとめてお箸をフライパンにひっかけた状態で、キッチンの端に置いておいたスマホを手に取った。
『そうよ、何その反応。嫌なの? たった一人の妹なんだから、可愛がってあげなきゃ駄目でしょ』
「いや、嫌ってことはないけど、でも避けられてたのお母さんも知ってるでしょ? 美玖自身が絶対嫌がってるでしょ」
私が家をでてから、こまめに帰っていたとはとても言えないけど、お盆と年末年始は帰っていた。だと言うのにお盆のお墓参り以外で妹と顔を合わせることはなく、美玖はすぐに外出してしまっていて、露骨に避けられているのを感じていた。だからこそ余計に足が遠のいてしまっていたのに。
なのにそんな妹と、今更一緒に住めだなんて。いくら母親と言えど、めちゃくちゃを言ってくれる。
『何言ってるのよ、あんただってしょっちゅう外泊してたでしょ。そう言う時期だったのよ。美玖から言い出したんだから、いい機会なんだし仲直りしなさい』
「美玖から?」
断ろうと思ったのだけど、美玖が言い出したと聞いて、私は言葉をとめる。親の言いつけで美玖もいやいや私の家に来るのだろうと思っていたけれど、そうなると話が変わってしまう。
美玖のことが嫌ではないと言った手前、美玖自身が言い出したとなれば断る理由がなくなってしまう。
『そうよ。それとも恋人と住んでるとでもいうの? それならさすがにやめさせるけれど』
「いや、今はいないけど」
『じゃあ問題ないでしょ。そう言うことだから、詳細は文字で送るけど、とにかくよろしくね』
まだ明確な返事をしていないにもかかわらず、私の態度が脈ありだと思ったのか母はそう言って強引に通話を切った。相変わらず勢いのいい人だ。
私が言うのもなんだけど、妹はとても可愛い子で、年が離れているのもあって可愛がっていたし、昔は仲のいい姉妹だったと思う。
高校くらいまでよく可愛がっていた。いやまあ、段々私も成長して家族外の交友関係を優先したりして怒られたり拗ねられることもあったけど、家をでるまではまだ普通に顔を合わせていたし、普通に話したりもしてた。
私が大学生になり、美玖が中学生になってからのことなので、美玖の交友関係が広がってのことだと言うなら、母が言うように避けられているのは私の被害妄想である可能性もなくはない。
私としては本当に避けられていたとしても、美玖の気が変わって私と仲良くやる気があると言うなら、妹と仲良くなることはやぶさかではない。ただ私の中ではほとんど小学生で止まっているのだ。大学生の美玖といきなり同居生活と言うのは、なんとも気の進まない話だ。
「うーん」
スマホを置いて料理を再開し、お皿に盛り付けてテーブルに運びながらも、つい口からは不満な声がもれてしまった。
美玖の大学が私と同じところなら元々そのつもりで住んだだけあってこの家は立地は完璧だ。駅からちょっと遠いし、セキュリティ面だけリノベされただけで、内装はちょっと古いのでお値段お安めだった。なので一人暮らしだけど広さは十分だ。
とは言え、個室をわけるほどはない。寝室が一つと、ちょっと広めのリビングダイニングキッチンがある1LDKだ。寝室はクローゼットが大きい分ちょっと狭いけど寝るだけにしてるから、ベッドだけなら二つ置けなくもない。
寝る場所さえ目をつぶれば、リビングテーブルも四人で使えるサイズだし、その横のくつろぐエリアのソファも二人掛けだしスペースは十分にある。なんなら普段来客時はソファで寝てもらっていたくらいだ。
まあ毎日リビングで寝起きって言うのは落ち着かないだろうし、やっぱり寝室をカーテンで仕切るのが無難だろう。まあとにかく、寝室以外は二人で過ごすのに十分な広さだ。
……でも、その相手が美玖なんだよね。美玖と寝ている間も同じ部屋と言うのは不安しかない。
「ま、しゃーない」
なるようにしかならない。私は席についてビール缶を開けながら、そう前向きに独り言ちた。
○
「……ひさしぶり。えっと、お世話になります」
「いらっしゃい。ひさしぶり。まあ、あがってよ」
週末。妹がやってきた。正面から見る美玖は私とそう身長も変わらなくなっていた。成長しているとは思っていたけど、こうして正面から見ると本当に、何と言うか、他人のような気さえして少し緊張してしまう。
去年のお盆にも見たし、髪も伸びているのはわかっていたけど、いざこうやって見ると自分の妹と思えない。
色白でロングヘアで、清純と言う言葉が似合う可憐な感じの女の子だ。昔はもっと元気いっぱいで髪も短くて、気に食わないとすぐお尻を叩いてくるような子だったのに。
美玖も見るからに緊張して固くなっているから、私から馴染ませてあげるべきだと思うけど、どうしよ。ほんとに初対面の他人ならまだやりようはあるけど、美玖だからこそやりにくい。
「お邪魔します」
「あー、美玖。これから住むんだし、ただいまでいいよ」
もしかしたらすぐ嫌になって出ていくかも、とは思うけど、だからってお邪魔しますはないでしょ。私の言葉に美玖は少しだけほっとしたように表情をゆるめた。
「う、うん。じゃあ、ただいま」
「うん」
ちょっとふにゃっとしたように笑った顔は記憶の幼い頃の美玖と重なって、私もちょっとほっとしながら美玖を招いた。
荷物を置いてもらい、軽く案内する。ソファに座らせた美玖はいまだ緊張しているのか背もたれにももたれない。その姿にちょっと笑ってしまいそうになるのをこらえる。
そうだ、美玖は昔から緊張しいで、変なところ真面目な子だった。思い出してきた。
「お昼、何食べる?」
「えっと、お姉ちゃんの好きな物で」
「! いやそんな気をつかわなくていいって。ほら、折角なんだし美玖の好きな物にしようよ。美玖はカレーが好きだったよね。どこがいい? 引っ越し祝いってことだし、お姉ちゃん、奮発しちゃうよ」
美玖の久しぶりの『お姉ちゃん』呼びは、距離をはかりかねていた私の心を、昔の美玖のことが大好きだった頃に一気に引き寄せた。
そうだ、私はこの子のお姉ちゃんで、この子は私の妹だ。だから思うままに妹として接すればいいんだ。
「カレーって、まあ、好きだけど」
「私も好きだしね」
「……近所に、お姉ちゃんのおすすめのお店とかあるの?」
「あるある」
何故かちょっと不満げだったけど、特に文句はないみたいで頷いてくれた。
小学生の時はカレーはいつもおかわりしてたくらい好きだったはずだけど、子供の時だし今はもっと好物とかあるのかとだけど、だからってカレーが嫌いな人なんていないしね。斯く言う私も好き。自分でもお手軽だから独り暮らしでよくつくるけど、たまに無性にお店でも食べたくなるんだよね。
というわけで近所のカレー屋さんへ。駅まではちょっと歩くけど、駅近をうたう飲食店までは近いので外食にはそう困らない。このお店はチーズナンが最高に美味しいんだよね。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「ふふふ、でしょー」
「……なんでお姉ちゃんが得意気なの。ほんと、そう言うとこあるよね」
少し呆れられてしまったけど、自覚はしてる。私は自分が良いと思ったものを人にすすめずにはいられないし認められると自分のように嬉しい。出版社で働いているのだけど、それが高じて今はレポ記事作成もお仕事のうちになっている。
学生時代はよく友達に業者の回し者かよ、と言われてたのが本当に回し者になってしまったがちょっと面白い。
一緒にご飯を食べたことでぐっと距離感が縮まったのをお互い感じたのだろう。美玖も力を抜いたように話をしてくれるようになった。これなら同じ部屋で寝起きするのも問題なさそうだ。
午後には郵送で届いた美玖の荷物を受け取り、衣類などを片付けていく。今のところは春服と上着くらいなので、新たに購入したハンガーラックと三段ボックスにちゃんと収まった。
私は結構ずぼらでついつい服が増えてしまうタイプなので、着ていないものなら私の服を着てもらう分には大丈夫だ。
「時間余裕あるし、ここから大学への下見もしてみる? ついでに晩御飯も外で食べよ」
「えっと、下見はするけど、ご飯、なんなら私がするけど?」
ちょっとソファに座ってお茶を飲んで休憩していたのだけど、私は夕方前くらいだしちょうどいいかなと思いながらそう提案すると、隣に座っていた美玖はカップを置いてちらっと私を上目づかいに見ながらそう言った。
「え、美玖、できるの?」
「……できなきゃ言わないでしょ。いつまでも子供扱いしないで。私、もう大学生なんだよ」
思わず尋ねるとむっとしたように睨まれた。大学生は社会的にはまだ子供、と言うのは置いといて、別に今のは子供扱いのつもりじゃなかったのだけど。
「ごめんごめん。でも私なんか大学生になってから初めて料理はじめたし、すごいなってこと。実家で練習してきたの?」
「ん……子供扱いじゃないならいいけど。まあ、そう。お姉ちゃんの家にお世話になるわけだし、ご飯くらいはって思って」
「えー、えらーい!」
い、いい子すぎる! 私のところにお世話になるから料理できるようにしたってこと!? 勉強だけでも大変だったろうに、そんな……。うちの妹健気すぎない? 好き!
「大学生活楽しんでほしいけど、その気持ちは本当に嬉しい! 折角だから今日は一緒に晩御飯つくろっか」
「そ、それはいいけど、子ども扱いやめてってばっ」
思わず感動したので軽く抱き着くようにしながら頭を撫でたのだけど拒絶されてしまった。ちょっと乱暴に肩を押されて美玖を見ると顔を赤くして怒っている。
確かに二回目だけど、そんな怒らなくても。と言うか子供扱いって言うか、うーん。まあ言うて、世間の大学生をこんな風に扱ったら子供扱いかも知れないけど、私としては普通に妹扱いのつもりなんだけどなぁ。
ま、微妙なお年頃ってことだよね。今まで避けてたくらいだし、美玖も反省して私と仲良くやっていこうって思ってくれてるからって、いくらなんでも初日からなかよしこよしの昔と同じに元通りってわけにはいかないよね。
「ごめんね、つい」
「ついって、お姉ちゃんは子供と見たら誰にでも抱き着くわけ?」
「そんなわけないって、子供だからって言うより、可愛い美玖だからだよ。美玖が可愛すぎるのが悪いんだから、そう怒らないでよ」
「……」
相当ご機嫌斜めなようなのでおどけて弁明したのだけど、余計に怒らせてしまったようでめっちゃ冷たい視線が返ってきた。そう言えば昔に美玖との約束を忘れて怒らせてしまった時もこんなことあったな。私、成長してない。反省しよ。
「……冷蔵庫、あけていい? 食材のチェックしたいから」
「あ、はい」
そんな私とは裏腹に美玖は成長しているようで、顔は明らかに真っ赤なしかめっ面だけど、顔をそらして立ち上がりながら話題を戻してくれた。冷蔵庫の中身を見ないと料理のしようがないもんね。
私もその背中をおいかけて冷蔵庫に向かった。今日明日と休日なので、冷蔵庫の中身はかなり寂しくなっている。
美玖は冷蔵庫の中を上から下まで吟味して、怒りを沈めて冷静に私の普段の食事レベルを聞きだすと、買い物リストを作成しだした。どうやら美玖は計画的に料理をするタイプらしい。私は週末に特売商品を買いこんで3日分くらいは計画をたて、後半二日は残り物を適当に組み合わせるタイプなので、これ以上怒らせないように気を付けないと。姉の尊厳がなくなってはいけない。
それから大学に行った。美玖は六歳下なので年が離れていると言う印象しかなかったけど、私もまだ大学に通っていた記憶はそれほど昔ではない。
ちょっと懐かしの母校にこれから美玖が通うのだと思うと、なんだか急に美玖と年が近くなった気さえした。
「思ったより、ずっと近いね」
「でしょ。講義30分前までに起きれば余裕だからね」
「それはギリギリすぎでしょ……。朝ごはん、ちゃんと食べてる?」
「……いや、食べてはいるよ」
いい家でしょ、と自慢のつもりで言ったのにジト目をもらってしまった。大学生の朝なんて買い置きのパンを食べるだけで十分でしょ。今はちゃんと毎日白米食べてるし。
大学からスーパーによると大回りになるけど、このまま買い物をして家に帰って晩御飯を作るのにちょうどいい距離感だ。美玖は思った以上になれた態度で次々と物を買っていく。
調理だけじゃなくて、買い物もちゃんとお母さんと行ったりしていたのかな。そう思うと、たまに帰る私だけ避けられてもお母さんがそういう時期で流していたのも妥当なのか。私は家に居ても積極的に手伝いしていたわけじゃないし。
やる気満々なようなので、美玖に任せることにして私は黙って荷物持ちに徹した。二人分、となると私もどのくらいの量かなれていないし、春休み中は美玖が一日家にいるしね。
家に帰ると美玖はてきぱきと冷蔵庫に翌日分を片づけて、そのまま調理にとりかかった。
じっと見守っていたけど、そんな必要がないくらいには包丁の扱いも不安はなく、鍋に火をかけながらまな板を洗ったりと手際がよかった。ていうか、今日来たばかりの家なのに馴染みすぎでは? まあ遠慮しなくていいよとは言ったけどさ。
美玖は手際よく汁物にメインのおかず、サラダに副菜の和え物とバランスのいい食事を作ってくれた。いや、私だってやろうと思ったらできるよ? 一品一品はつくれるものだ。でも少なくとも学生時代にこんなバランスとか考えなかったし、そんなやる気もなかった。
「美玖……めっちゃ料理上手だね。美味しいよ」
「ありがとう……なんかちょっと不満げじゃない? その、好みじゃないとかなら言ってくれていいけど?」
「いや、できすぎる妹に驚愕してる顔だから、大丈夫。好みも私そのものだよ」
「そ? ならよかった」
なんていうか、本当に卒が無いと言うか、そもそも大学だって自分で言うけど結構偏差値高めだし、花嫁修業しながら片手間に受かるものじゃないんだけど。美玖の成績、小学校以降知らないけど中高もよかったのかな。
普通に私の上位互換すぎて、やだ、姉の威厳が……最初からないか。あったら避けられないよね。でもほんと、私のどこが駄目だったんだろ。ちゃんと帰省の度に手土産も用意していたのに。
「ねえ、美玖」
「なに? あとは別に私一人でするけど?」
「いやいや、お手伝いさせていただきますとも。じゃなくてさ」
洗い物もする気満々で、まあずっとやる気が続くものじゃないだろうし春休みの間くらいは甘えるにしても、さすがに何もしないと言うのはね。
私は洗ってくれている美玖のところに食器を運び、テーブルを拭きながら美玖に何気なさを装って声をかける。
「私が大学に進学してからさ、美玖ちょっと私のこと避けてたでしょ? なんでかなーって。私なんかしちゃってた?」
「……お姉ちゃんの、そう言うところ」
「えっ」
そ、そう言うところ? お姉ちゃん、そう言う風に言うのよくないと思うな。要は全然気づいてなかったってことがそうって言いたいのかもだけど、全然わかんないし、気づかないってことはその大元もあったわけだし。もっと話し合おうよ。人間じゃない。
と頭の中では言い訳が流れたけど、怒らせそうだから口に出さなかった。
言うて、年が離れた妹なわけで、私が気づいてあげてしかるべきだって言われたらその通りなんだろう。気付かなかったと責めるのは、つまり私ならわかってくれるって甘えてたってことだし。
それに私の方だって歩み寄りが足りなかったとこあるよね。私自身、恋人ができてからは調子に乗ってしょっちゅう外泊したりしてたし、美玖を邪険にしたつもりはないけど、それまでと比べるとやっぱり遊ぶ頻度は減ってたし。
「あの、これからは一緒に住むわけだし、できたら次に嫌なことあったら、言ってね?」
「……うん。言うよ。その為に、私はここに来たんだから」
「そ、そうだったんだ」
え、なんか、すごい、言い方重くない? もしかして自覚なかったけど相当なことを私やらかして、それをめちゃくちゃ根に持ってるの?
私がした嫌なことを言うためにここに来たの? ……いや、そんな。フツーに考えたら、次にあった時って私言ったし、これからははっきり言いあって仲直りしようってこと、だよね?
声のやたら重いトーンとシリアスな言い回しが気になりすぎるけど、もしかして中二病引きずってるのかな?
「うん。よし、終わり。お風呂沸いてたよね。もう入るの?」
「あ、うん。ご飯食べたらすぐ入る派だから」
恐々様子を見ていたけど、最後のお皿を乾燥機に入れて顔をあげた美玖はご飯の時と変わらない普通の表情で、特に真面目な感じではない。
もしかしてちょっとノリよくふざけた感じだったのかな? ううん。妹の美玖だってわかってるんだけど、やっぱりあんまり会話もしてなかったせいで、いまいち距離感がはかりきれないな。
「実家の時も一番風呂好きだったよね。もちろんお姉ちゃんの家だしいいんだけど、食べてすぐ入るの疲れない?」
「むしろダラダラしていると入る気なくなるし、さっさと入りたいかな」
「そ。お風呂洗っておくよ」
「んー、そうだね。それに関しては後に入った方が洗うってことで」
「はいはい。いいよ」
お風呂と言うのは朝に洗うのがとてもめんどくさい。夏は汗をかくし、湿気で髪が乱れたりするし、冬は寒いし、とにかく朝洗うのはなしだ。そして一番風呂が好きなのも事実。美玖がいいなら、二番風呂を任せたい。ご飯とかは全然、無理のない範囲でいいからね。
と言う訳でお風呂に入る。お風呂からあがると美玖はソファに座ってスマホをポチポチしていた。全然何もおかしくないのだけど、当たり前なのだけど、美玖はもう子供じゃなくて自分用のスマホを持ってて、普通に一人前に使ってるんだなぁ。
スマホを無表情に見ているその大人びた横顔を見ると、昨日までに比べて圧倒的に近いはずなのに、どうしてか急に距離を感じてしまった。もう、私の後をついてきた小さい美玖はいないんだ。
もちろんそれは当たり前だ。今まで距離があったから気付かず無視をしていただけで、本当はとっくにいなかったんだ。そしてこれから改めて二人の関係を作るんだし、いいことだらけのはずなのに。
「ん、どうかした?」
お風呂場から出てきたのを音で気付いていただろう美玖は、近づいても何も言わない私に顔をあげた。
「ううん。大きくなったなぁって思って」
思わず言ってしまってから、また子供扱いして、そんな風にいわれるかなって思ったけど、そうじゃなかった。
「……そうだよ、もう、子供じゃないんだから」
美玖ははにかんだように微笑みながらそう言った。私の頭の中の美玖イメージと全然違う、その大人びた笑みに思わずドキッとしてしまった。
「じゃ、お風呂もらうね」
「う、うん」
私の不審さに気づくことなく、美玖はお風呂に向かった。
こ、これはちょっとまずいかもしれない。妹だからと何にも考えてなかったけど、もしかして、年頃の女の子と同居するって言うことじゃない?
社会人になって疎遠になって別れてから恋人はいない。だから逆にまあ美玖が住むのもいいかなって感じだったのだけど、冷静に考えて、妹と言うのを除けば美玖は結構私のタイプなのでは?
いやいや、落ち着け私。私はソファに座ってテレビのチャンネルをまわしながら心を落ち着かせる。
変に意識するからいけない。人間見た目じゃない。確かに今まで付き合ってきた三人の恋人は全員ロングヘアで色白の女の子だけど、それだけじゃない。美玖はそもそも私のこと好きじゃないしね。落ち着こう。
これが赤の他人でただルームシェアするのだとして、好みの容姿だって言うだけで意識するのはまずいでしょ。極力意識しないようにしないと。
私は適当なチャンネルで手をとめる。これでいいか。
そもそも私って今まで付き合った相手はいずれも相手から私の事好きだなって感じからはじまってる。普段ははっきり物を言うけど、私を前にすると口下手になったりして私のことが大好きなのがにじみ出ている感じがぐっとくるのだ。
向こうが何とも思ってなかったら私も何とも思わないでしょ。ちょっとまだ馴染んでなくて他人感があるから一瞬ドキッとしただけだ。数日もすれば見慣れるだろう。
そのまましばらくテレビを見ていると美玖が髪をぬぐいながら脱衣所から出てきた。洗濯機の音がしていないからまだみたいだ。いつもはお風呂をでてすぐ回しているけど、そう言えば洗濯機について何も言ってなかった。
「ん、お姉ちゃん、その番組好きなの?」
「あ、ううん。適当につけてるだけ。見たいのあるなら変えてもいいけど」
美玖はフェイスタイルで毛先を挟むように優しく拭いていて、思わずどきっとしてしまいそうになる。こういうお風呂上がりの仕草、いいよね。ちょっとえっちで。いやいや。妹をそう言う目で見るのはいけない。
「じゃあちょっと貸して」
美玖は自然に私の隣に座ってリモコン操作し始める。落ち着け私。
ちょうど時間の切り替えでドラマが始まるところだったようで、美玖は手をとめた。
新ドラマが始まる前の微妙な時期だからチェックできてなかったけど、どうやらちょっと話題になってた探偵ものスペシャルドラマみたいだ。お嬢様とメイドのコンビが謎を解いていくやつで、連続ドラマだった時は一話完結で何回か見たことがある。
「美玖これ好きなの?」
「まあ。一話完結で見やすかったし」
「それあるよね。ついつい見逃したりするし。これは私も何回か見たけど面白いよね」
シリアスな展開が続いて一話見逃すともうわけわからない、とかだと見る気なくなったりして、結局最後まで見るのはこういうのだったりするよね。
「この、主役二人、美人だよね」
「あ、わかるー。特にメイドさんとか、可愛いよね」
「だよね。そう言うと思った」
「え? うん」
主役二人が美人で二人並んでる姿も実に絵になるし、ちょっとお転婆いけいけ探偵お嬢様と、おしとやかで世話焼き助手メイドさんの組み合わせもいいよね。私もこんなメイドさんにおはようからお休みまでお世話されたい、なんて一時話題になったんだよね。
どうやら私と美玖の好みは一緒だったらしい。同じタイプだったのか。ていうか、美玖と恋バナしたことないよね。恋人いるー? って一回聞いてめっちゃ冷たい態度されてからそう言う話ふったことない。
そうか。美玖は私と好みが一緒か。なんかちょっと嬉しい。考えたら私、距離が空くと疎遠になるタイプだからそう言う話する相手いないし。絶対恋人にならない相手なら逆に安心では?
「あ、今回の依頼人も結構可愛いね」
「んー、そう? 私はメイドの方がいいと思うけど」
やだ、楽しい。ちょっと一瞬びびっちゃったけど、何だか楽しく仲良し姉妹やれそう。よかったよかった。
私は美玖とやいやい言いながら仲良くドラマを見たことで、さっき感じた気の迷いも振り切ることができた。よかったよかった。
ちょっと見慣れない大学生じゃなくて、美玖は可愛い妹で家族。ちゃんとそう言う風に見ないとね。
「さて、じゃあそろそろ寝よっか。あれ、そう言えば寝具出してたっけ?」
「いや、さすがに布団は送るにも大きいし、ベッド買おうと思ってるから。それまでソファで寝ればいいでしょ」
「えぇ、早く言ってよ」
「別に、今日買いに行っても自分で運べないし、今日は寝れないでしょ。大学はじまるまでに生活整えばいいし」
いや、確かにこのソファも寝れないことはないけどさ。でも普段から座ってるから寝るにはちょっとへたってきて片寄りがあるし。過去の来客もあくまで突発的に泊まる時に床で寝るよりはって感じで、掛布団としてつかってもらってたのも普段お昼寝用にしているブランケット一枚だけだ。電気式だから寝られなくはないけど、まだ夜は寒い。何日もそれで寝るのはさすがに体によくない。
「しょうがない、私と一緒に寝ればいいよ」
「えっ? な、何言ってんの!?」
なんかびっくりしてるけど、いや、そんな驚く? 一人用だけどセミダブルだし、恋人がいる時は一緒に寝てたけど問題なかったしね。
私は眠くなってきたのであくびを一つしてから、まだびっくり顔の美玖の手を引いて寝室に向かう。
「いや、狭いし、いいって!」
「数日くらい大丈夫。ほら、はいって」
美玖を布団に強引に押し込んで、私もはいる。お。二人だとあったかい。それにしても、こうして密着すると本当に成長してるな。うん。余計なことは考えないようにして、と。
「狭いでしょ? いいって。ねぇ、ソファ用の掛布団とかないの?」
「あるけど、お昼寝用だし、毎日は寒いって。いいじゃん。美玖がちっちゃい頃はよく寝かしつけてたんだよ。ほらほら」
私以外にこの布団に人がはいっているのは恋人しかいなくて、なんだかちょっと思い出してしまいそうで落ち着かない。
眠気もちょっと引いたし、先に寝かしつけてしまおう。それからゆっくり寝るとしよう。腕を掛布団からだして、ベッドサイドのリモコンで部屋の明かりを暗くする。
姿勢を戻してじっと私を半目で睨み付けてくる美玖に苦笑しながら、ぽんぽんと掛布団の上からたたく。
「子守歌でも歌おうか?」
「っ! いい加減にして! 私はもう、子供じゃない!」
ばっと、手を振り払うようにして布団が跳ね除けられた。美玖は怒りの形相で上体を起こしている。
「ご、ごめん」
確かに今はちょっとふざけたけど、まさかそこまで怒るとは。言っても私の方だって急に言われたし、ベッド貸すのも善意なのに。そんなに一緒に寝るの嫌って、え、もしかして私変な匂いとかする?
「あの、ふざけたのはごめん。でもそんな嫌がらなくても。そこまで狭くないでしょ? ソファよりは快適だし」
「……怒鳴ったのは、ごめん。でも……私、そんなに子供っぽい? 私、まだ、お姉ちゃんの目には、子供でしかないかな?」
真面目に謝ると、美玖もしゅんとした様子でそう謝罪してきた。
うう、そう素直に謝られると、私こそ悪かったよね。子供扱いしないでって昼間にも言われたのに、お腹ぽんぽんして子守歌は調子に乗りすぎた。
「そんなことないよ。むしろ大人っぽくてびっくりしたって言うか。あの、ごめんね。その、美玖が大人っぽくなりすぎてちょっと妹じゃないみたいで、距離感計りかねてたって言うか。ほんと、不愉快だったらごめん」
私も座ってちゃんと謝る。初日だからこそすり合わせが大事だけど、まさか初日からこんな風に地雷を踏んでしまうなんて。仲良くなれそうと思っただけに、自分の迂闊さが恨めしいよ。
私の真摯な態度に美玖は何か言いたげに手を合わせてもじもじしだした。
「……大人っぽいって、思ってくれた?」
「うん。その、顔は見てたし、大きくなったって思ってはいたけど、やっぱり正面から顔合わせて見たら違うって言うか。その、美人さんになったよね」
フォローとして言ってるはずなのに、その、言いながらちょっと照れてしまう。ふざけて妹に美人さんと言うのはなんてことないはずなのに、ちょっと、普通に本気で言ってしまってる。
だってさっきの怒り顔からの落ち込んだ態度と言い、今の照れつつ期待したように上目遣いで見てくる顔と言い、いや、ほんと、可愛くなったよね。
「ほんとに……? 本当に、そう、思ってくれてる?」
「う、うん」
嬉しかったのか顔を寄せて聞き返してくれるのはその、素直に可愛いんだけど、あの、ちょっと、近くないですかね?
「じゃあ、あの……私のこと、その……恋愛対象として、見れる?」
「えっ、その……」
こ、これ、どういう意図の質問!? まるで私の事好きみたいな、今までの恋人みたいなキラキラした目をしてる気がしてくるんだけど。いや、でもそれは私の都合のいい妄想で、単純にさっき私が意識しちゃってたのを察して変な目で見ていないよねって釘刺しに来てる可能性も。
「はっきり言って」
……ここで誤魔化した方が、絶対平和に暮らせる。そう頭では思うけど、でもこんなに真剣な美玖に、いい加減に誤魔化すのは違う。それは妹を意識しちゃう駄目な姉とかじゃなくて、人として私自身が私を許さない。
「見れるか見れないかなら、見れるよ。どうしても昔と違うし、距離とってた時間が長いから、やっぱどうしても私の中の美玖のイメージが子供のまますぎて、全然知らない女の子みたいに思っちゃうから」
「っ」
美玖は薄暗い中でもわかるくらいはっきりと、顔を真っ赤にさせた。でもそれは怒りじゃなくて、明らかに顔を緩ませていた。それを見ればいくら姉妹でも、さっき私が感じた美玖からの思いが私の勘違いなんかじゃないってことがわかってしまう。
「み、美玖……」
「……ん。わかったと思うけど、そういうこと。私、お姉ちゃんの事、好きだから。だから、子供としてじゃなくて、今の私のこと、見てほしい」
美玖はとろけるようなはにかんだ笑顔で、熱い吐息をもらしながらそう言った。そんな風に真正面から言われて、妹じゃん、と思えるほど私はまだ美玖になれていなくて、普通に、めっちゃドキドキしてきてしまう。
駄目、私、そう言う好き好きオーラにめっちゃ弱いんだよ。好きって言われると、私も好きになっちゃうんだよ。いやでも、妹だよ? 美玖だよ? そんな急に言われても。
「……」
「ごめん、急に言って。でもこういうの、最初に言わなきゃ意味ないと思って。だから、一緒には寝れない。私、ソファで寝るから」
美玖は言葉がでない私にそう言ってから、途中で恥ずかしくなったみたいで立ち上がってベッドからおりた。さすがにもうそれをとめることはできない。
「う、うん。あの、ソファ下の引き出しに電気毛布はいってるから」
「ありがと。じゃあ……」
美玖は私の言葉に振り向いて、照れくさそうに頷いてから不意に戻ってきた。あ、枕かな? ソファのとこクッションあるけど、一個じゃ不安だよね。私はちょっと慌てながら、元々二個並べていた枕を一つとって美玖を振り向いた。
美玖はさっきのがよっぽど恥ずかしかったのか表情をこわばらせていて、私も緊張してきてしまう。俯いて枕だけ差し出すと、美玖が私の手に重ねる様にした。
「……あ、ぅっ」
何故かそのまま動かないので顔をあげたとたん、目の前に美玖がいた。ちゅっと、軽く唇が合わせられた。
ほんの一瞬のことで、すぐに美玖がはにかんでいる顔が視界に入る。
「ごめん。でも、この大学行ってる間にお姉ちゃんの事、落とすつもりだから。覚悟してね。おやすみ」
「…………おやすみ……」
美玖はそのまま枕を私から奪い取り、あっさりと部屋を出ていった。固まってしまった私の遅すぎる返事は、美玖の背中に届いたのか分からないままドアが閉まった。
「……」
……いや、いや、いやー! もう、そんな、大学中って言うペースじゃないでしょ! 押せ押せにもほどがあるでしょ! やば。やばいって。だって、もう、こんなの、ほぼ落ちてるでしょ。私ちょろすぎる!
私はベッドに倒れてもう一つの枕を抱きしめながら声が出ないように顔を押し付ける。
ただ唇合わせるだけのキスでこんなドキドキしちゃうとか、あー! もー! 明日からどんな顔すればいいの!
○
「っ……!」
やっっってしまった!!!! だって、だってなんか、めっちゃ無防備で可愛かったんだもん!
あああ、キスしちゃった! だって、ずっとしたかったんだもん!!!
あああああああ、もう無理。
「はぁ……」
枕を抱きしめてソファに寝転がって一息ついてみたけど、心臓がバクバクしておさまらない。
お姉ちゃんと、キスしちゃった。
お姉ちゃんのこと、大好きだった。いつでも優しくて一緒にいてくれたお姉ちゃん。でも私が小学五年生の時、お姉ちゃんは友達と遊ぶからと休日に家に居ることが減っていった。
私はそれが不満だったけど、私もお姉ちゃんより友達と遊びたい時もあるし、仕方ないかなって思っていた。でもあの日、お姉ちゃんが家の前で女の人とキスしてるのを見てから全部変わってしまった。
ただ普通にお姉ちゃんのことが好きだったはずなのに、あんな風に熱い目で私だけを見てほしくて、私とキスをしてほしいって、恋人になりたい好きになってしまった。
でもその人は私と違って大人っぽくて全然違う。私がお姉ちゃんへの恋心に戸惑って今まで通り振る舞えない時も、どーしたのー? 恥ずかしがっちゃってかわいーねー、なんて言って膝に乗せてほっぺにちゅーしてきた。
お姉ちゃんも私のこと大好きだけど、全然その気持ちは違うって、たとえお願いしてキスしてもらってもどこまでいっても子供にしか思われないってわからされてしまう。
だから私はお姉ちゃんと距離をとった。ずっと一緒に今まで通りの距離感でいたら、きっと私はいつまでたってもお姉ちゃんの中で子供のままだから。
大人になった時、ちゃんと大人って思ってもらえるように、子供の私を忘れてほしくて。
でも本当に悔しいのが、お姉ちゃんがそのことを全然気にしてもいないこと。お姉ちゃんが大学で家を出るまで、私が避けても全然気にしないどころか、気づいてもいないみたいだった。
実際、今日、大学行ってから避けてたよねとか言われた。その前から避けてたのに! お姉ちゃんの馬鹿! わかってる。当時のお姉ちゃんは恋人に夢中で私に全然興味がなかった。
でもいくら鈍感なお姉ちゃんでも、それからは気付いてくれたけど、でもだからってお姉ちゃんと仲良くしたら意味がない。私は極力お姉ちゃんと顔を合わさないようにした。
それでいてお母さんからお姉ちゃんのことをいきなり聞いたら不審なので時間をかけて少しずつ聞いておいた。
どうやらお姉ちゃんは昔からちょっと距離ができるとすぐ疎遠になるらしい。小学生の頃は年が変わってクラスが別れるだけ友達をがらっと変えて泣かれたこともあるらしい。
高校生になると中学の友達と連絡すらとってないと聞いて引いたけど、どうやらそんな薄情なおかげでお姉ちゃんは大学に行って無事あの彼女さんとは別れてるらしいのでそれはよかった。
と言うか、私も見ちゃったけどお姉ちゃん、めちゃくちゃバレバレだったけどあれ本人いいのかな?
まあとにかく、だから私も遠慮なく自分磨きを頑張った。お姉ちゃんの恋人さんみたいに髪を伸ばして、女らしくなるようにした。性格までは分からないけど、それは仕方ない。
見た目とこの計画で一人の女の子として意識してもらえるようになったら、そこからは私の中身でちゃんと勝負しなきゃならない。
そしてついに、無理やり一緒に住まわせてもらってチャンスを作った。でもこれで黙って一緒にいるのはフェアじゃない。せっかくお姉ちゃんが私が大きくなったと戸惑っている内に、女の子として意識してもらうためにできるだけ早く告白しなきゃいけない。
そう思っていたのに、中々勇気が出なかった。荷物の片づけがひと段落ついた時だって、ご飯を食べた時だって、お風呂上がりだって、何回でもチャンスはあったのに。
お姉ちゃんに拒絶されて、今すぐ出ていけって言われたらどうしよう。大学にはここから通うことになってるし、そうなると親にも私の気持ちがばれてしまう。
そう思うとどうしても言い出す勇気がなかった。
だけどさすがお姉ちゃんと言うべきか、全然空気読まずに私を子供扱いするからキレてしまって、その勢いで告白できた。
その場で拒絶しないどころか、お姉ちゃんは真っ赤になりながら恋愛対象として見れるって言ってくれて、めちゃくちゃ脈ありな気がする。
でもだからって、嬉しすぎて調子に乗って、ついキスまでしてしまうのはやりすぎだろう。
あああ、お姉ちゃん、どう思ったかな。最後顔見れなかったし。
引いてたかな。引いてたよね。だって、いくら脈ありって言ったからってキスは先走りすぎでしょ。お姉ちゃんからしたら私はだたの妹なのに。
うう、だって、だってそもそも久しぶりに真正面からしっかりみてお話したお姉ちゃん、好きすぎるんだもん!
距離とってたし内心美化してるかなとか思ってたけど、実際思ってた以上すごいあれもこれも全部好き!! ってなって一日ずっと浮ついてたし。
お姉ちゃんに頼りになる大人って思われたくて家事はできる様になったし、実際一緒に住むことでのメリットと思ってもらいたくて色々したけど、押しつけがましくなかったかな。初日から仕切るとかわがもの顔って思われなかったかな。
不安になるとあれもこれも不安になってきた。
「……」
ううん。ダメダメ! こんな弱気じゃ駄目。絶対、お姉ちゃんに私を好きになってもらうんだから。だって、私にはお姉ちゃん以上好きな人なんてきっと一生見つからないし、それにお姉ちゃんだって今恋人いないんだし、私なら年下だからお姉ちゃんの介護だってする覚悟あるし、なんなら全部のお世話だってしてあげるし、全然、お姉ちゃんにだって損する話じゃないはずなんだから!
私は明日からもお姉ちゃんにアピールして頑張るよう自分を鼓舞し、今日のところは寝ることにした。
言われたとおり、ソファの下部分の引き出しをあけるとブランケットがでてきた。手触りもいい。電源線をさしつつ、とりあえずONにせずに枕をセットして寝転がりブランケットをかぶる。
「!?」
え、やば。なんか、めっちゃお姉ちゃんの匂いする。いい匂い。収まったドキドキがぶり返してきた。毛布からもだし、枕も。
さっきベッドに入った時もやばかったけど、これも十分お姉ちゃんに包まれてるみたいで、すごい。これ、寝れるかな。
○
「おはよーございまーす……」
朝起きて、そーっと部屋を出る。
昨日は勢いで美玖が部屋を出ていったけど、荷物は全部寝室においてある。なので朝になったら着替えをとりにくるはずだけどまだ来ていないので、寝ているか、昨日のが恥ずかしくて入れないのだろう。とあたりを付けた私は小さな声をかけながらそっとドアを開けたのだけど、どうやら前者だったらしい。
「……、……」
美玖はすやすやと寝ている。時間は八時過ぎ。昨日は11時半にベッドに向かったし、休日とは言えそろそろ起きてもいい時間だ。
だけど昨日美玖は引っ越してきたばかりで緊張や疲れもあるんだろう。ゆっくり寝かせてあげよう。となると、朝ごはんも用意すると水音で起きちゃうだろうし、何にもできないな。
「……ん」
美玖が寝返りをうった。その動きに、部屋に戻ろうかと思いながらボーっと見ていた私は思わずドキッとしてしまう。
かぶっていた毛布から漏れ出る様に出てきた横向きの美玖の顔は穏やかなもので、綺麗な顔をしている。唇はしっかり閉じていて、まるでキスを待つ眠り姫のように穏やかな顔つきだ。
「……」
美玖と、昨日キスしたんだ。一方的で一瞬の子供じみたキスが私の心臓をうるさくさせて、気づいたら私は美玖に近寄りそっとソファの前に座り込んでいた。座り込むとすぐ正面に美玖の顔がある。
美玖が私のことを好きなんて、想像したこともなかった。理由もわからず避けられているのは寂しいし悲しいけど、無理に引き留めても仕方ないと思っていた。でも、こんなこと、予想外すぎるよ。
ていうか、妹だし。同性なのは私もそうだしいいとして、血のつながった妹だよ? ガチで美玖のおむつ変えた記憶だってあるよ? おんぶしたり抱っこしたり、口を合わせるちゅーだっていっぱいしてた時期もある。幼稚園の頃だし美玖は覚えてないかもだけど。
なのに今更キスって、私単純すぎるでしょ。
あれ、ていうか私のこといつから好きなんだろ。距離とってたのはなんで? えー、全然意味わかんない。
「……はぁ」
意味わかんない。何にもわかんないよ。美玖を見てたら胸がいっぱいになってきて、すごい好きってことしかわかんない。もうそれ以外考えられない。
私ほんと、ちょろいな。でも仕方なくない? 好きって言われたら好きになるでしょ。あんなん、意識するでしょ。
私はたまらなくなって、衝動のままそっと美玖にキスをした。そうすると過去にも恋人にそうしていたみたいに、心が満たされるみたいに気持ちよくなる。もう、妹として、守るべき年下の子供として美玖を見るなんて無理だ。
そろそろやめないと。美玖が起きてしまう。名残惜しくて唇の表面を軽く舐めながらキスを終わる。
「あ、ごめん」
「……」
顔を離すと普通に美玖の目があいてて、ばっちり正面から合ってしまってとっさに謝った。
かーっと真っ赤になっていく美玖の顔を見て、私もとんでもないことをしちゃったことを自覚して体温があがっていった。
そうしてしばし真っ赤なまま見つめ合った私たちは、正式に付き合うまでこのあと30分もかかった。
こうして姉妹としての同居生活はたった一日で幕を閉じ、私と美玖は恋人としての同棲生活を末永く始めるのだった。
おしまい。
突然同居する年の差姉妹百合 川木 @kspan
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