俺は打算で幼馴染の世話をしている

九傷

俺は打算で幼馴染の世話をしている

 


 俺には、長年付き合いのある幼馴染がいる。

 その幼馴染には、ドジという最大の欠点があった。


 この欠点は、子どもにとっては非常に大きな問題だ。

 具体的には、疎外されたり、イジメの標的になったりするのである。


 子どもは必ずしも純粋というワケではないが、感情に対しては大抵の場合正直だ。

 思いやりや気遣いといったものも身についていないため、クラスメートに邪魔だとか人より劣ると感じる子がいたら躊躇ためらいなく悪口を言うし、エスカレートしてくると手を出すこともある。


 俺が初めて幼馴染――日野森 梢ひのもり こずえと出会ったのは、小学二年で同じクラスになってからだが、その頃すでに梢はイジメられていた。

 そのイジメから助けたのがきっかけで懐かれ、今に至るまで関係が続いている。


 これだけ聞けば美談のように思われるだろう。

 しかし実際は、打算があって今の今まで関係を続けてきていた。

 具体的には「女子ウケ」と、「先生の印象が良くなる」という二つの狙いがあったのである。


 小学生時代の俺は、とにかく女子にモテた。

 それはもちろん、イジメから梢を守ったことで、ヒーローのように扱われたからだ。

 それ以来俺は梢の世話係のような立場になってしまったが、女子にチヤホヤされるので満更でもなかった。


 中学に上がってからは昔ほどの効果はなくなってしまったが、今でも俺を見る女子の視線は優しさに満ちている。

 告白こそされていないが、俺を好きという女子は少なくないだろう。



「キャッ!?」


「っと、大丈夫か梢」


「う、うん。ありがとう、トモ君」



 いつものように転びかけた梢を、余裕をもって受け止める。

 何もないところで梢が転ぶのはいつものことなので、俺はいつでも受け止められるよう準備をしているのだ。


 チラリ


 梢を支えながら横目で見ると、クラスで一番の美人である久川さんが、優し気な視線で俺を見ていた。

 これはポイントが高かったに違いない。ナイスドジだ梢!

 俺はわしゃわしゃと梢の頭を撫でる。



「……? え、えへへ」



 梢は何故頭を撫でられているのかわかっていないようだが、表情を緩めてにへらと笑った。

 俺に利用されているとも知らずに、幸せなヤツである。


 中学二年になってからも、俺の計画は順調に進行中である。

 梢の世話をして女子人気を稼ぎつつ、内申点も稼いでウハウハ状態だ。

 唯一計算外だったのは、梢が俺の想像以上に可愛くなってしまったことだが……これはこれで問題ない。


 梢は間違いなく俺に気がある。

 俺の目標はあくまでクラス一の美人である久川さんだが、フラれる可能性もゼロではない。

 その時のための保険として、梢はキープする価値がある。

 相変わらずのドジで手間がかかるのは確かだが、長年の世話係でいい加減慣れているため面倒とまでは思わない。

 見た目だけは良くなったので、梢で妥協するのも悪くはないだろう。



「……あの、トモ君」


「ん、なんだ?」


「昨日ね、お母さんが、アナタもそろそろ塾に通いなさいって」


「塾か……」



 中学二年にもなると、親としてはそろそろ高校受験を視野に入れて心配になる時期だ。

 梢の成績は悪くはないが良くもないので、親としては塾に入れて学力を強化したいのだろう。



「それは心配だな。よし、俺も通おう」


「え……、いいの!?」


「もちろんだ。梢を一人にはできないからな」



 俺は成績も悪くないし、別に塾に通う必要はないんだが、やはり梢を一人にするのは心配だ。

 ドジして怪我をされても嫌だし、何より悪い虫が付く恐れがある。

 コイツのドジっぷりを知ればそう簡単には寄り付かないだろうが、顔だけで女を選ぶヤツは必ずいる。

 こんなことで、俺の大事なキープ枠を失うワケにはいかない。



「嬉しい……。もしトモ君が一緒に通ってくれないなら、私、家出しようと思ってたの」


「い、家出!?」



 まさか、そんな覚悟までしていたとは思わなかった。

 というか、そこまで慕われると、流石に重い気が……



「と、ともかく、俺も一緒に通うから、家出なんか考えるんじゃないぞ」


「うん!」



 これは、なんとしてでも親を説得して塾に通わせてもらわねば……





 ◇





 経済面で断られる不安はあったが、俺が塾に通いたいと言うと親はあっさりと快諾してくれた。

 梢の名前を出したのが効いたのかもしれない。

 ウチの親は、梢のことが大好きだからな……


 そんなこんなで塾に通い始めたのだが、なんとそこには久川さんも通っていた。

 どうやら、天は俺の味方らしい。このチャンス、なんとかモノにしたい。



「へぇ、梢ちゃんて言うんだ。凄く可愛いね」


「そ、そんなこと……」



 そして案の定、梢に寄り付く虫も発生した。

 梢も、満更でもなさそうに顔を赤くしているのが腹立たしい。

 やはり男は顔なのか!



「オホン!」


「?」



 俺がワザトらしく咳をすると、声をかけてきた男が不思議そうな顔で見てくる。



「君は?」


「俺は澤村 朋さわむら とも。梢の世話係だ」


「世話係?」


「そうだ」


「……よくわからないけど、よろしく澤村君。僕は嘉納 吉嗣かのう よしつぐっていいます」



 笑顔でそう名乗る男。

 その甘いマスクは男でもドキリとさせられるレベルであった。

 しかし、俺は騙されんぞ!



 嘉納と名乗った男は、どうやら久川さんとも仲が良いらしい。

 完全な面食いである。メチャクチャ気に入らない。

 久川さんもヤツと話しているときは楽しそうなので、増々気に入らない。



(このままでは、俺の計画が破綻してしまう!)



 危機感を持った俺は、二人の会話に割り込むため行動を開始……しようとしたところで梢が椅子から落ちそうになる。



(チッ!)



 心の中で舌打ちしつつも、俺は梢の体を支えることに成功する。



「……何故いきなり椅子から落ちるんだ」


「き、緊張しちゃったからかな……。ありがと、トモ君」



 一体どんな行動をしたら椅子から落ちそうになるのか謎だが、梢ならしかたがないと思える。これだから目を離せないのだ。

 久川さん達は気になるが、梢のことも放っておけないため、妨害工策は断念する。



(……って、俺は何故梢の方を優先してるのだ!)



 俺の狙いは久川さんなのに、ここで梢を優先してどうする!

 俺は思い直し、再び久川さん達のもとへ向かおうと腰を上げる。しかし……



「トモ君……? どうしたの?」



 その声に反応して、俺は梢と目を合わせてしまった。



「……なんでもない」



 結局俺は、上げかけた腰を下ろしてしまう。

 いつもこうなのだ。

 梢のあの子犬のような目を見ると、どうしても離れられなくなってしまうのである。

 くそぅ……





 ◇





 そんなモヤモヤする日々を繰り返していくうちに、一つわかったことがある。

 どうやら、嘉納の本命は梢のようだ。

 嘉納のヤツは可愛い女には大体粉をかけているが、その比率が梢に少し傾いている気がする。

 久川さんは嘉納に惹かれているっぽいが、これを利用しない手はない。

 俺はなるべく、嘉納が梢に接触することに対して干渉しないことにした。



「梢ちゃんはどの問題がわからないの?」


「えっと、この問題とか……」


「あ、それなら俺わかるよ。教えてあげるね」


「で、でも、私はトモ君に……」


「いや、俺より嘉納の方が成績優秀だ。教えてもらうといい」


「え……」


「世話係さんの許可も得られたし、ホラ」



 梢が少し悲しそうな目で俺を見てくるが、心を鬼にしてそれに耐える。

 そして俺は、久川さんに積極的に話しかけることにした。



「澤村君って頭いいんだね」


「まあ、それなりには」


「良かったらでいいんだけど、終わってから私の勉強見てくれない?」


「っ! もちろんいいとも!」



 チャンス到来!

 一気に距離を近づけるイベントが発生したぞ!

 こんなことを頼んでくるってことは、脈も十分ありそうだ。

 これは、イケる……!





 ………………………………


 ……………………


 …………





「それで、この問題は……」


「ねえ、澤村君」


「ん?」


「澤村君って、私のこと、好き?」


「っ!」



 キ、キターーーーーー!

 これは告白イベントというヤツだぞ!

 俺の返答はもちろん……



「…………」



 好きだと答えようとしたのに、何故か声が出ない。

 なんだ、これは……



「……ごめん。好意を抱いてもらっているのは気付いていたんだけど、実際どうなのかなって気になっちゃって。だって、澤村君には日野森さんがいるじゃない?」


「ちがっ……、梢はそんなんじゃ……」



 梢はあくまでキープだ。

 キープなのだが……、ないという言葉をどうしても声に出せなかった。



「日野森さんはどう見ても澤村君のこと好きだし、澤村君も日野森さんのことが好きっぽい。それなのに、なんで私にアプローチかけるのかなって。ひょっとして、私ってもしかしてキープ用だったり?」


「そんなことはない!」



 むしろ、その逆だというのに……!



「フフッ♪ わかってるよ。澤村君、そんなことする人じゃないもんね」



 久川さんは楽しそうに笑っている。

 もしかして、俺はからかわれたのだろうか……



「私、仲良さそうにしている二人を見るのが好きなの。だから、ついつい目で追っちゃってたんだけど……」


「っ!」



 久川さんはよく俺を見て優し気に微笑んでいると思っていたが、アレは俺ではなく、俺達・・を見ていた?

 じゃあ、彼女は俺に好意を抱いていたワケじゃなく……



「でも、最近は冷たくされる日野森さんを見てて、ちょっと可哀そうだなって思ってたの。だから、ちょっとイタズラしちゃおうかなって」


「……イタズラ?」


「うん。私が澤村君を誘えば、日野森さんは一人で帰ることになるでしょ? だからチャンスだよって、嘉納君に教えてあげたんだ」


「っ!?」


「嘉納君ね……、日野森さんをカラオケに誘って、そこでキメるって」



 キメる……?

 どういうことだ?

 まさか、告白……?

 いや、もしかして、それ以上のことを?


 俺はいてもたってもいられず、鞄を掴んで飛び出そうとする。



「澤村君、私の勉強を見てくれるんじゃないの?」



 それを引き留めるように、久川さんが楽しそうな顔で俺の手を掴んだ。

 その柔らかな手のひらの感触に思わずドキッとしたが、俺は迷わず丁寧にその手を引きはがした。



「ゴメン、久川さん。俺、急用ができた」


「急用か~。それじゃあ、仕方ないね♪」



 ニヤニヤと笑う久川さんを少し睨みつけてから、俺は教室を飛び出す。





「ふふ~ん♪ 嘉納君も、これでちょっと痛い目見ればいいんだ」





 ◇





 塾を飛び出したはいいが、どこに向かえばいいのかわからない。

 梢に電話することも考えたが、なんとなくそれは躊躇ためらわれる。



(確か、カラオケって言ってたな……)



 この近くのカラオケと言えば、駅近くの『カラオケ会館』しかない。

 迷っていてもしかたないので、俺は走って『カラオケ会館』に向かった。


 およそ5分程で『カラオケ会館』近くまでたどり着いた俺は、慌てて建物の影に身を隠す。

『カラオケ会館』前に、梢と嘉納のヤツがいたからだ。



「ね、カラオケ入ろうよ」


「いや、私は……」


「今日は世話係の澤村君もいないんだし、少しは遊んだっていいんじゃない?」


「でも……」



 嘉納のヤツは顔に笑顔を浮かべながらも、少しじれったそうな仕草をしている。

 辛抱足りない男だと思ったが、ヤツのことだから自分が誘って乗ってこない女子なんて今までいなかったのかもしれない。

 ザマーミロだ。



「やっぱり私、塾に戻ります。トモ君を待つんで……」


「そう言わずに、さぁ!」



 痺れを切らしたのか、嘉納が少し強引に梢の腕を引っ張る。



(バカ野郎! そんな風に引っ張ったら、梢はコケるぞ!)



 梢が転ぶビジョンが浮かび、俺は思わず建物の影から飛び出す。

 しかし、俺の予想に反して、梢は転ばなかった。

 それどころか……



「えい!」


「なっ!?」



 掴まれた腕をひねったかと思うと、次の瞬間、嘉納は投げ飛ばされていた。



「……こ、梢?」


「っ!? ト、トモ君!? なんでここに……?」





 ◇





「…………」



 現在、俺は梢と一緒に公園のベンチに座っている。

 誘ってきたのは梢なのだが、何故だか5分以上も無言のままだ。


 ちなみに、嘉納のヤツは「ひぃっ!」と情けない声を上げて走ってあの場から逃げだした。

 逃げるだけの余力があったということは、随分と加減して投げられたようである。



「……なあ、アレって、合気道の技か?」


「……うん」



 梢の家は合気道の道場を開いている。

 その娘である梢が合気道を習っていたのは知っていたのだが、彼女の両親からはてんで才能がないと聞いていた。

 だから、まさか梢があんな投げ技ができるとは思ってもいなかった。



「びっくりしたよ。まさか梢にあんな投げ技ができるなんて、思わなかった」



 いや、その前に、嘉納に手を引かれて転ばなかったこと自体に驚いている。

 そして、この公園に辿り着くまで、梢はまったくつまづくことなく歩いてきた。

 驚きの連続である。



「……ごめんなさい」


「そのごめんは、なんのごめんだ?」


「騙していて、ごめんなさい」



 いい加減俺も気づいていた。

 梢は、ドジ・・なんかじゃないのだと。



「……なんで」



 聞きたいことは色々あったが、それしか口にすることができなかった。

 俺の頭の中は、絶賛混乱中である。



「私がドジだったのは、本当だよ? ……でも、成長して、体が大きくなって、段々とバランスが取れてきて……」


「……それは、いつからだ?」


「小学5年生、くらいかな……」



 数年以上前のことだ。

 それだけの間気づけなかったとは、とんだ間抜けである。



「なんで、そんなことを?」



 俺は改めて疑問をぶつける。

 梢はしばらく黙っていたが、ポツポツと絞り出すように声を出す。



「トモ君に、構ってもらえなくなると思ったから……」


「…………」



 つまり俺は、打算で梢を助けていたつもりで、実は逆に騙されていたと。

 梢の策略にハマっていたと、そういうことか。



「トモ君は、ずっと私のことを助けてくれていた。でも、私がドジじゃなくなったら、トモ君は離れて行っちゃうって……。そう思ったら、怖くて……」



 それを聞いて、俺は胸が締め付けられる思いだった。

 そこまで思われていたのにバカげた打算をしていたということが、とても苦々しく感じる。

 同時に、自分の気持ちに気付いてしまった。


 ……いや、梢を追いかけた時点で気付いていたのだ。

 俺はただ、気付かないフリをしていただけである。



「そんなワケないだろ」


「でも、トモ君は、久川さんのことが好きなんでしょ? 私がドジじゃなくなったら、絶対もう相手にしてくれないって……」



 泣き始めてしまった梢の頬を、両手で優しく包んでコチラを向かせる。



「久川さんは確かに可愛いし、好意を抱いていたのも否定しない。でも、俺が本当に好きなのは……梢、お前だよ」


「っ!?」


「勘違いさせて、悪かったと思う。俺も、自分の気持ちがわからなかったんだ。いや、少なくとも途中までは、本当にお前を利用していただけだった」



 少なくとも最初のうちは、間違いなく梢を利用していたつもりだった。

 しかし、いつしか俺の中で、梢はほっておけない存在になっていた。

 思い返せば、俺はあらゆることより優先して梢のことを構うようになっていたように思う。

 きっと俺はその時から、梢のことを好いていたのだ。



「……利用?」


「ああ。悪いが、俺は梢のことを利用して、いいカッコしいをしてたんだよ」


「あ、うん、それは知ってたけど……」


「なっ!? 知ってたのか!」



 これも完全に想定外である。

 まさか、俺の策略がバレていた? 一体いつから……?



「うん。小学校のとき、トモ君私を助けて、いつもドヤ顔してたから」


「うっ……、じゃ、じゃあ、なんでそんな俺を好きに?」


「だって、それでもトモ君は私のこと助けてくれたし、それからもずーっと、私のこと構ってくれたから」



 たったそれだけで?

 流石にそれはチョロいと言われるレベルでは……



「トモ君は大したことじゃないって思ってるかもしれないけど、私にとっては凄く嬉しいことだったんだよ? だから、それが打算だろうとなんだろうと、どうでも良かったの。全部含めて、トモ君が好き」


「っ!」



 改めて口に出されると、恥ずかしさで顔が熱くなってくる。

 そんな俺の状態を知ってか知らずか、梢が胸に飛び込んでくる。



「トモ君、大好き! 私のことを好きって言ってくれて本当に嬉しい!」


「お、おう……」



 今まで打算で行動していたのが嘘だったかのように、俺は梢の行動にタジタジであった。

 胸に飛び込んできた梢を抱きしめることもできず、両手は宙をさまよっている。



「と、と、とりあえず! ドジはもう卒業ってことでいいよな?」



 そんな自分を誤魔化すために、強がりのようにそんなことを言ってみる。

 しかし――



「ううん、これからもいーっぱいお世話して欲しいから、ドジはまだ卒業しない♪」



 涙を浮かべながら、満面の笑顔で梢はそう言う。

 俺にはなんだか、そんな梢のことが、可愛く笑う小悪魔のように見えてしまった。




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