第21話「彼女は人見知り」

「ティターニア⁉」

 紹介された村人たちはひとり残らず仰天した。

 無理もないとアイリは思う。

 この国では知らない人と言えそうなくらい有名だ。

「ど、どうして、こ、この村に?」 

 村長はエルのとき以上に動揺している。

「まったく、ニンゲンどもめ」

 とエルが悪態をつく。

 それを聞いた村人がビクッとする。

 本気で怒っているわけじゃないとアイリは思う。

「珍しい花にひかれてきたのです」

 とティターニアは笑顔で語る。

「そうしたら久しぶりに友に会えました」

 彼女は言ってエルに目をやった。

「イーッ」

 舌を出すのがエルの返事だった。

「仲、よいのですか?」

 若い女性がおそるおそる聞く。

「きらいなら、彼女は無視しますよ」

 とティターニアは落ち着いた笑みで応じる。

 村人たちはホッとした。

 その間、エルがアイリに小声で聞く。

「そんな差があるの?」

「ティターニアって、子守歌にも出てくるし、旅をする吟遊詩人もよく歌うの」

 アイリは正直に答える。

「てことはオベロンのやつも?」

「うん」

 エルはいやそうな顔をした。

「妖精王夫婦ってなってるけど」

 とアイリが言うと、

「は?」

 エルは固まる。

「ありがたや!」

「魔女ちゃん様、ありがたや」

 彼女たちが話している間にどういうやりとりがあったのか。

 村人たちがこぞってアイリを拝みだす。

 子どもたちまで大人の真似をしている。

「ふぇっ? ちょっ? な、何で?」

 アイリは思わぬ状況にパニックだ。

「わたしが来たのはフェアリーアークが咲いたから、ですよ?」

つまり彼女のおかげだとティターニアは微笑む。

「そ、それってエルの力じゃ?」

 アイリはちらりとエルを見る。

「こういう子なんだよね」

 エルはティターニアに向かって肩をすくめた。

「なるほど、苦労しそうですね」

 ティターニアは愉快そうに笑い声を立てる。

 何が何だかわからない。

 アイリはぽかんとする。

「とりあえずわたしも滞在しますね」

 とティターニアは彼女に告げた。

「え、あ、はい……?」

 アイリは返事をする。

同時に何で自分に言うのだろうと思う。

「そりゃ受け入れ先なんて、アイリだけじゃん?」

 とエルが現実を指摘する。

「ほかの方は難しいでしょうね」

 ティターニアはきれいな笑みのままだ。

「……あ、うん、はい」

 その通りなのでアイリは反論しない。

 ただ、念のため確認する。

「いいんですか? 彼女がいても」

「も、もちろんだ!」

 村長が震えながら即答した。

「気の毒かも」

 妖精が二体も現れるなんて、前代未聞だろう。

 村人たちの心労をアイリが察していると、

「あら、どこが?」

 とエルがニヤッとする。

「わたしたちってニンゲンさんにとっては喜ばしいのでは?」

 ティターニアも彼女と同種の笑みだ。

「もしかして同類?」

 アイリはいやな予感がする。

 ティターニアはたおやかな乙女だと思ってたのに。

「そりゃあたしの友達だよ?」

 エルが何を言ってるのという顔。

「説得力がありすぎてつらい」

 アイリは肩を落とす。

「ごめんなさい。がっかりさせてしまいましたか」

 ティターニアは謝るが、美しい微笑が浮かんでいる。

 あ、たしかに同じ。

 アイリは納得した。

「とりあえずアイリの家に行こ?」

 エルが提案する。

「そうね」

 アイリは同意した。

 妖精たちが外にいると村人たちが落ち着かない。

 彼らに日常を戻すためにそれがいいと判断する。

「ふう」

 家のドアを閉めてアイリは息を吐き出す。

夢心地のような顔つきの村人たちの目を遮断できたのは、彼女にとってもありがたい。

「お疲れー」

 エルの邪気のない笑みと声にアイリは脱力する。

「ほんとよ」

 実感をたっぷりと込めて言葉にした。

「ニンゲンさんの反応って面白いですよね」

 ティターニアはクスクス笑う。

「娯楽あつかいはやめてあげて」

 アイリは人間のひとりとして抗議する。

 無駄かもしれないけど。

「ほどほどにしますよ」

 ティターニアは譲歩の姿勢を見せる。

「ありがとう?」

 とアイリは言ってから礼が必要かと首をかしげた。

「どういたしまして」

 エルが笑いながら応じる。

「エルには言ってない」

 アイリはジト目になったが、彼女は意に介さない。

「あたしとティターニアは友達だもんねー」

「関係ないですよね?」

 ティターニアにまで言われたが、やはりエルは気にしなかった。

「エルってこういう性格なのよね?」

 とアイリが聞く。

「ええ。本当にあなたがいやがることならやらないでしょう」

 ティターニアは言う。

「たしかに」

 アイリは思い返してすんなりと受け入れる。

 エルの言動はすべて苦笑ですむ範疇だ。

「もう、からかえなくなるでしょ」

 とエルがティターニアに抗議する。

「さすがに気の毒でしょう」

 ティターニアがまともな答えを返す。

「よかった」

 とアイリはホッとする。

 ティターニアは同類のようだがだいぶ良心的だ。

 エルが二倍だったら彼女の胃がもたないかもしれない。

「ところであれはどうする?」

 とエルが窓を指さす。

「えっ?」

 アイリが見ると、興味津々の子どもたちの顔が並んでいる。

「ようせいがほんとに増えてる」

「すごいね」

「お姉ちゃんって本当に魔女だったんだ」

 最後の言葉は失礼だとアイリは思わない。

 魔女ならできることを彼女はできないのは事実だから。

「まあ、こうなるわよね」

エルのときのことを考えれば当然だとアイリは思う。

「あら可愛い子たちですね」

 とティターニアが目を細める。

「子どもは好き?」

 アイリの問いに、

「きらいじゃないですよ」

 やわらかい微笑で答えた。

「あ、好きな人の反応だ」

 とアイリが反射的に言っても彼女は否定しない。

「この子はきらいなものがすくないよ。人見知りだけど」

 と彼女の友達が話す。

「人見知り?」

 アイリが意外に思ってティターニアを見た。

「ええ。なにぶん、有名になってしまいましたし……」

 ティターニアはうつむいて髪を指でいじる。

「この子が加護を与えた人たちなら平気かもと思いまして」

「……そう」

 たしかに彼女が子ども好きだという話をアイリは知らない。

 ティターニアは有名だけに苦労も多いかも。

「なら、うちでのんびりして──できるかな?」

 アイリは声をかけすぐに疑問が勝つ。

 村人たちの反応はただごとじゃない。

 妖精たちの期は休まるのか。

「できると思いますよ」

 ティターニアはニコリと笑う。

「わたしの声を無視しない人たちのようですし」

 闇がありそうな発言だ。

 アイリは直感したが踏み込まない。

 妖精たちの事情なんて手に負える気がしないので。

「ならいいけど」

 と言ったアイリの顔は明るくない。

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