第14話「あの、エルのおかげだと思うんですけど」
「辺境の村が突然、異様なモンスターに襲われると聞いたことがあるが」
ガズがまさかという顔になった。
「ありえるわね」
とエルが認める。
「この付近の土、初めて見るくらいおかしな魔力になってるわよ」
エルが珍しく真顔になる。
「うぇええ」
アイリの口から変な声が漏れた。
妖精が初めて見るというのはやばい。
理屈じゃなくて本能で直感する。
ガズが驚いて、彼女を見つめた。
「いまならまだ平気よ?」
エルは笑みを殺して、彼女をなだめる。
「だ、大丈夫なの?」
わたわたとアイリは聞き返す。
「ええ、任せて」
しょうがない子だなぁという表情でエルはうなずき、
「わが同胞よ、あるべき姿に戻りなさい」
と土に呼びかける。
するとゆっくりとだが、魔力が抜けていく。
トカゲ芋の色もすこしずつ赤くなってきた。
「おおお!」
ガズは驚きと感動の叫びをあげる。
「し、信じられない! こんな簡単に!」
「簡単じゃないです」
とアイリの小声の指摘はかき消されてしまう。
「ありがとう!}
ガズが勢いよくアイリに向き直る。
「全部君のおかげだ!」
「え? えっと、エルの力ですけど」
アイリは彼の剣幕にビビりながら訂正した。
何とかしたのはエルだし、妖精だからできた離れ業である。
リエルやサーラだってこんなあっさり解決は困難だろう。
「君がうちの村に来てくれてよかった!」
感動しているガズは明らかに聞いていない。
そんな彼の大声を聞きつけて、村人たちが集まってくる。
「どうした?」
「何事だ、ガズ?」
「お前が大声を出すなんて、明日は嵐か?」
ガズと年が近い男性が中心だが、中には女性もいた。
ガズは彼らにむっつりと畑を指さす。
つられた彼らは、彼が興奮していた理由を直視する。
「バカな⁉ 死にかけてた畑が⁉」
「元通りになるなんて、どんな魔法を使ったんだ⁉」
「信じられん」
男性たちは目を剥く者、何度も目をこする者。
そして身を乗り出して畑を凝視する者に分かれていた。
「ウソでしょ⁉」
「もうだめかと思ってた」
女性たちは涙ぐみ、顔を手で覆っている。
「そうなんだ!」
ガズは力強い声を発し、村人の注目を集めた。
「この子のおかげなんだよ! この子が解決してくれたんだ!」
とガズはアイリを示す。
「えっ? えっ? ち、違います⁉」
本人は腰を抜かさんばかりに驚く。
村人たちは困惑する。
「……どっちなんだ?」
「この子が妖精様に頼んでくれたから、解決したんだよ」
ガズが問いかけにすぐ答えた。
「ああ、なるほど!」
村人たちの視線が一瞬エルに向き、全員が納得する。
「じゃあ魔女ちゃんのおかげだな!」
「すごい!」
「ありがとう!」
村人たちは口ぐちにアイリに礼を言う。
「えええ……」
アイリとしては予想の斜め下の展開だ。
自分の手柄じゃないと伝えても聞いてもらえない。
「魔法が苦手な魔女ちゃんって聞いてたけど、すごい子じゃないか!」
「実は大丈夫なのかなって思ってたけど、申し訳なかったね!」
村人たちは自分たちの偏見を詫びてくる。
正直、アイリにとってそこはどうでもいい。
自分が不安視される人物だと自覚しているからだ。
「えっとそうじゃなくて……」
エルの力が大きいのに、どうして聞いてもらえないのか。
彼女が気にするのはそっちである。
「これで村は持ち直すかもしれないぞ!」
「全部魔女ちゃんのおかげだな!」
「みんなにも知らせないと!」
誰かの叫びに他の者がハッとした。
「おっと、うっかりしていた!」
「手分けして知らせよう!」
誰もアイリの言葉を聞いていなかった。
感謝されているのに会話が成立しない。
「あうう。そんなのって、あり?」
アイリはひとり残され、泣きたくなってくる。
「まあまあ」
そんな彼女の肩をエルが優しく叩く。
「あなたの頼みじゃなかったらやらなかったという意味で、あの人たちは間違ってないわよ?」
と笑顔で言う。
「何のなぐさめにもなってない」
アイリはがっくりと肩を落とす。
「すごいのはエルなのに」
彼女はぽつりと言う。
「……そこがあなたの美点よね」
エルの返事には含みがある。
「???」
察したものの、アイリは理解できなかった。
「わかんないならこのままね」
とエルはニヤッとする。
「え……助けて」
アイリは悲鳴をあげたくなった。
「無理じゃない? 村をあっさり助けたんだもの」
と妖精は言う。
からかわれていることは理解できる。
けど、どう返せばいいのかわからない。
「でも、村が助かったならよかったわ」
アイリは無理にいいことを考える。
村人たちの表情が明るくなったのは素敵だ。
「そうね。お礼がすごそう」
とエルがにやにやと現実を提示してくる。
「あう、やめて。い、胃が」
アイリは本当に胃の部分を抑えた。
彼女は褒められてないし、感謝され慣れていない。
「……いまから慣れたほうがいいんじゃない?」
というエルの言葉は真摯な響きがあったが、
「苦手だなぁ」
アイリは本気で受け止めなかった。
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