第5話 こんなに可愛い子が女の子なわけがない。
さて、今日も今日とて町のガキどもとバッドコミュニケーションを図った所で、先程あのクソガキ共が群がっていた木陰へと向かうと、予想通りその存在はいつものように地面の上で丸まるようにして、そこに居るのは、僕の唯一の友達と呼べる存在であった。
「……また、随分と汚されたものだなぁ」
いつものようにその小さな人影は僕の存在を視界の隅に入れるや否や、びくりと体を震わせたが、近寄ってきたのが僕だとわかるとわずかに怯えを残したままの琥珀色の双眸をこちらに向けた。
「ぁう……。あ、ぁりがと……」
「うん。まぁ、気にすることでもないさ」
今すぐにでも消えてしまいそうなか細い声をなんとか絞り出す目の前の存在は、もう居ないはずの驚異から身を隠そうとしているのか、両手を頭頂部に置いてその場から動こうとはしない。
「ほら、そのままだと余計に汚れるだろう?」
「あぅ……」
先程まで多数に囲まれて居たのだから、その行動は至極当然と言えるだろうが、このままでは埒が明かない。
だから多少強引ではあるが、その手を引いて顔にこびり付いている泥を指で削って、ハンカチで拭ってやると、幼いながらに将来性を感じざるを得ない可愛らしい容姿が顕になると同時に、その頭頂部から飛び出すように
「み、見ちゃだめ……っ!」
「おぉっと、すまないな」
……そう、今僕の眼前に居る
彼にとって、コンプレックスの象徴でしかないそのケモミミをじっと見つめられるのは気分のいいものではないだろうし、此処は素直に謝罪すると彼は、そんな反応を予想していなかったらしく、盛大に吃ってから気落ちしたようにまたどんよりと下を向いて頭頂部に手を置いた。
いつ見ても保護欲と嗜虐心を擽られる行動に少々思う所を感じつつも、僕は少年の手の上に被せるように頭を撫でてやる。
「なに、気にすることはないさ。ウチにだって君と同じような人はいるし、寧ろ可愛らしいと思うぐらいだ」
「ほ、ほんとぅ……?」
「あぁ、本当さ。だから少なくとも、僕の前で隠す必要はないよ」
彼にとっては気休めにもならないような詭弁に過ぎないだろうが、この言葉は僕の偽らざる本心。
こんなに可愛いケモミミがコンプレックスだなんてちゃんちゃらおかしい話で、チャームポイントだと言われたほうが納得できるぐらいなのに、あのクソガキどもはどいつもこいつもちょっと自分と違うだけで差別しやがるからな……!
……失礼、少々本音が漏れたが、確かに彼は半獣人―――人間と獣人とのハーフであり、他に比べ厄介というか面倒な事情を抱えていたりするが、言ってしまえばそれだけだ。
ていうか、亜人種は基本的に顔面偏差値高めであり、なおかつ種族的には人間よりも優れているというのに、その総数の差で色々不遇な境遇にあるという、わかりやすい理不尽を受けていたりする。
特にハーフとなるとまぁ、面倒くさい。
半分獣人の血を引いているもんだから獣人の特徴たる、ケモミミとしっぽ……獣人のハーフは、どちらか片方だけ受け継ぐらしく、彼の場合はケモミミだけ……が生えており、それにより人間に差別され、獣人からは半端者だと差別を受ける。
本当にどうしろとと言いたくなるような環境ではあるが、それでも彼らを受け入れてくれる地域は存在しており、ウチの「ティーツァ領」も積極的に亜人の移民を受けいれている領土の一つ。
とはいえ、古くから続いている価値観や先入観は簡単に埋めることは出来ないというのが現状であり、そして実態は彼のように爪弾きにされる事が多い。
(ホント、嘆かわしいことだよ。チクショウ)
だから、彼を始め助けたのはただの義務感からだった。
領主の息子として、そんな横暴を許してはならないと憤慨した。
……ぶっちゃけ、今の僕ならあのクソガキどもがどれだけ束になってこようがどうにでも出来るという打算がなければ見て見ぬ振りでも決め込んでいたかも知れない。
だけれど、やはり身内に同じような境遇の人間が居る僕にとって、自分が領主の息子とかそういう理由とは関係なく許せないことであったのは間違いない。
結局、僕は後先考えずその場に飛び込み……まぁ、おおよそ今と同じような事を繰り返し、その度にこうやって地道にコミュニケーションを積み重ね、漸くこうして会話が発生するぐらいには仲良くなれた。
「うん。やっぱり僕はそのままの君のほうが好きだな!」
「ぅ、ぁ……」
恐る恐るといった感じに自分のケモミミをさらけ出した彼に、お世辞抜きの称賛を送ってやると、彼は色白の頬をピンク色に染めて、必死に照れ隠しをしようと俯く姿は非常に可愛らしく、そしてあざとい。
だが忘れてはならない。
この子は「男」であると言うことを……!
僕がなぜそうやって断定できるのか不思議に思うものも居るだろうが、そんなのは簡単だ。
―――だって、こんなに可愛い子が女の子なわけがないから!!!!!!
いや、流石にそれは半分……3割ぐらい冗談だが、実は彼は『FW』に登場していたNPCの一人であり、公式が彼の性別は「男」であると明言したことで一躍話題となったキャラクターであったからである。
===
彼……「アル」は、
なぜなら、彼との邂逅条件は「探索者ギルドを訪問する」事であり、活動拠点となるギルドを訪れない者はおらず、
そうして、定石通り、
登録のためギルドに訪れた
「―――せっかくですから、一緒にパーティーを組んでみたらどうでしょう?」
恐らく、そう言われた
……が、
彼は過去の経験から【人間不信】である上に、生粋の【人嫌い】だ。
そんな彼の返答は「拒否」一択であり、初っ端から、
故に、この場での正答は沈黙。
なにせ自分が答えずとも彼の答えはもう出ているのだから、これ以外の選択肢は彼の心象を悪くするだけなので、選ぶ必要はない。
さて、そんなこんなあって、
これ以外を選択すると彼とのイベントは今後進行することがなくなってしまうからなのだが……問題はここからだ。
このクエストを選んだ
そうして、こんな事を何度も繰り返していく内に彼の好感度は漸く徐々に上がっていき、ついにはパーティー結成の打診も受けてくれるだろう。
そうなれば、こっちのものだ。
後はグズグズに甘やかして、ドロドロにデレさせる。
すると彼の好感度はあっという間にカンストし、自分の言うことであれば何でもいいなりになるヤンデレケモショタが出来上がる。
ただし彼はとても嫉妬深く、独占欲が強い。
そのため、他のキャラクターと交友を深めようものなら眠薬を盛られ、監禁されるとかいうエロゲでよくある展開になり、ゲームオーバーとなる。
そう、何もこのゲームは死亡することだけがゲームオーバーではないのだ。
……は?それじゃあわざわざ面倒な手順で地雷踏んでるだけじゃん。
そう思う兄貴もいることだろうが、これはあくまで初見プレイヤーの回想である点をご了承願いたい。
そんな彼の地雷は、とあるメインシナリオをトゥルーエンディングで終えることによって解除されるので、それまではごく普通の友達、もしくは仲間ぐらいの距離感を保ちつつ、その後関係を深めていくのが正しい攻略法となっている。
当然、こんなに面倒な手順を踏んでやっと仲間になる彼は【技能適正】に優れ、有用なスキルを多数覚えているため「真の仲間」候補にも上がるほど優秀であり、その優れたビジュアルもあって非常に人気のあるキャラクターだった。
好感度が上がるまでの間、彼はフードを被ってなかなか素顔を見せないが、心開いてくれた時点で彼はプレイヤーの前だけはその素顔をさらけ出してくれるようになり、そうして漸く見られる彼の容姿は、白磁のように滑らかな肌に、小さくも精密に、そして大胆に散りばめられた顔のパーツは、あどけなさと可愛らしさを同居させる完璧なバランスで成り立ち、そして年代物の蒸留酒のように輝くように透き通る琥珀色の双眸は伏し目がちに下がっており、庇護欲と加虐心を擽ってくる。
そしてなんと言っても、ショートヘアに切りそろえられたシルバーブロンドの頭頂部にそびえ立つ2つのケモミミ……考察班によると狐耳らしい……は、彼の感情に比例するようにみょこみょこ動き、嬉しければぴんと立ち、悲しければぺったりと項垂れる。
そんな彼を一言で表すなら「クッソかわいい」である。
しかも何が罪深いってこの子、同性であろうと攻略可能であり、その凄まじいデレっぷりで数々のプレイヤーの性癖を破壊してきた。
そりゃあもう、こんな属性もりもりのゲボかわケモショタいろんな界隈から目ぇ付けられますわといった具合だが、
……まぁ、MODとかになればまた話は変わってくるが。
そんなアルくんだが、僕が彼と出会ったのは本当に偶然であった。
そもそも『FW』本編が開始時点で彼は18歳だが、今の彼は恐らくその半分もいっていないぐらいであり、本編開始直後ならまだしも、彼の
『FW』には【幸運】はないのだが……まぁ、せっかく
それならば僕がすることは―――
「よし、キレイになった。さて、こんな所で蹲っていても仕方ないよ。あぁ、そうだ、今日は
「……ぇ?ぃ、いい、の……?」
予めこういう展開を予想していたのにも関わらず、あくまでも偶然を装いながら、白々しくもそう言ってのけると、子どもらしく菓子という単語に釣られたらしいアルくんは、わずかに期待を含んだ声色でこちらを探るようにしながら、相変わらず消え入りそうな声を絞り出した。
「もちろんだとも!」
そんな彼に僕がしてやれるのは、彼の中にある疑念を晴らしてやるように、努めて明るい声で微笑むことである。
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